第24話 勝者の報い

 僕は、することの決まっていない時間にはなるべくこの塔のなかを探索して過ごした。

 上階層への抜け道を探すため、そしてローラが下に来たとき合流するため。

 まさに今だ!


 地下1階は、地上ほどの華やかさはないが、平和で豊かな街。地上と地下にまたがる店も多い。


 地下2階。

 少しガラの良くない印象になってくる。酒場通りでは荒くれ者の罵声と怒号が昼でも聞こえる。このくらいが居心地良いと感じる人も多いだろう。


 地下3階に着いた。

 地下2階のような喧騒に加え、違法取引専門店や頭のおかしい魔術師の実験室もある。

 実力で裏社会をのし上がりたい者には悪くない環境だ……なんて言う奴はまずここの生まれではないだろう。

 有力者のコネなしには無法地帯も同然、そして僕にはない。



 あたりが騒がしい。

「更生施設から脱走者が出たぞ!」

「魔人狩りだったやつだ!刃物を持ってる」


 僕はローラの気配が濃いほうへ急ぐ。

 騒ぎの中心も近くなるのが、余計に焦りを掻き立てる。

 もと魔人狩りがいま何か知らないが、ローラに指一本触れさせるもんか!


「早く家にお入り!」

 老人が道端で遊ぶ孫たちをせきたてる。


「魔人狩りならウチらに関係ないね」

「向こうが見分けるとは限らないだろ! 逃げるよ」

 二人連れの意見が割れたが、結局手をつないで走り去る。


 あちこちで、逃げる人々と寄ってくる野次馬がすれ違う。どうでもいいが、僕も傍目には野次馬に見えるだろう。

 無関心な者がいちばん多い。


 僕はローラの気配が最も濃いあたりで走るのをやめ、彼女を探しつつ脱走者との遭遇に備える。



「言わんこっちゃない。だから『施設』なんて反対だったんだ」

 そういう耳族の小父さんは、ベンチに腰掛けて奇妙な葉を燻しながら微動だにしない。


「『用心棒』はまだ?」

「まさか誰も呼んでないなんてオチは……」

 そう囁きあう人々も、騒ぎの続きを待つかのように通りから離れない。



 この階には、魔人狩りを捕らえた者からその身柄を引き取るための施設がある。

 魔人狩りはどこにもいるが、彼らを問題視する人々の多くは殺すことを良しとしない。

 この間の山賊だって、巡り合わせ次第で今ごろ施設にいたかもしれない。……もちろん僕も。

 だいたいは金目当てなので、施設の衣食住にすぐ慣れる。職業訓練をまじめにやる者も少なからずいるとか。


 例外は、魔人を本気で憎む場合だ。

 魔力の暴走事故や邪悪な魔術師の企みに巻き込まれた被害者のなかには、魔人全般を憎むようになってしまう者がいる。

 加害者だけを狙うなら問題ないのに。

 


「更生施設だって必要でしょう」

 小父さんについ一言いった。

 魔人狩りへの憎しみを捨てた訳ではないが、ちがう生き方を選ぶ機会があってほしいと僕は思う。

「そりゃあ、どこかに作らにゃならん。上のやつらが嫌がるものは皆ここいらに来る」


 横で聞いていた女が加わった。

「更生なんてするわけないよ。

 貧しい子供が最低限の生活とセットで武器を持たされて。手柄を立てて褒められて。

 ……そうでないのは死んで。

 いずれどこかの冒険者にでも負けて。

 お情けで施設に入って、魔人の命も大切だ……なんて説教されても、ちまちまカタギの仕事なんかするかってのよ」


 違うと言いたいが、それよりローラが一向に見つからないのが問題だ。

 小父さんの燻している葉の煙のせいで感覚が鈍っているのか? 

 けれど場所を変えようにも塔の中心の柱に近づくのも良くない。推測するに、あの柱には魔力感知を妨げる仕掛けがある。

 結局ここにいるのが一番ましだ。


「暴力は金になるって味をしめた奴はもう一生暴力だよ。だから元魔人狩りを雇う奴なんかいやしねえ」

 おじさんは体の向きを変えた。ズボンの裾からチラッと見えたのは義足だった。

「……しまいにゃ英雄扱いされてたころを忘れられず、刃物を持ってうろつき回るんだ」


 こんな与太話を聞いても何にもならないのに、耳に入ってきていたたまれない。

 けれど、この言葉通りのやつがローラの近くにいるなら見過ごせない。

 


 ざわめきの中心らしき人物が、姿を現した。僕はふたりを驚かせないよう静かにナイフを鞘から抜いたが……。


 ……何だ、あれは。

 長剣を持っているが緊張感がまるでない。

 よろよろした歩き方は、まるで酔っぱらいか、寝ぼけた人か、弱ったときの亡者だ。

 

「あれが脱走者? 元魔人狩りの? ふらふらじゃないですか。なんで誰も……」

「知りたいなら、あんたが行きな!」

「ぅわっ!」

 性悪女、突き飛ばすことないじゃないか!

 もとから僕が何とかするつもりでいたけど、今のは危険な役目を人に押しつける時を待ってたってことじゃないか!


 向こうは僕に気づいた。

「あんたも魔人か!」

 僕が魔人に見えるとは、見境のない奴。

 だが誤解にしても、ローラ含め誰も巻き込まずにこいつを倒すには好都合だ。

「そうさ! やるかこの野郎!」

 こんな奴ら(野次馬含む)に再会を邪魔されてたまるか。ローラ、すぐ片付けるからな!


 返事を待たずに突っ込む。

 ああ……

 敵の目は闘争心に火がついて生気を取り戻している。これが彼の馴染みの世界であり、活躍の場なのだ。僕も同じだ。

 敵は僕を迎え討とうとする。予想通り。

 身をかわして相手の隙に斬りつける。その衣服が裂け、返り血が視界を赤く染めた。

 しかし傷は浅い。体格的にも不利だしこのままではジリ貧だ。

 僕が優位に立ちうる要素はただ一つ、敵は僕に魔力があると誤解している……。


「叡智の光よ!」

 イチかバチかで僕は叫んだ。適当に呪文らしく聞こえる言葉を。敵は思わず頭部を庇う。

 がら空きになった胴を強かに蹴って転ばせ、首にナイフを突きつけた。

 武器を捨てろと言おうとしたら、駆けつけた女性の声にかき消された。



「やめて! あなた」

 声の主は身重の女性である。

「魔人狩りなんて、もうしなくていいの。施設に戻りましょう。早く出所して帰ってきてよ」

 事態が丸くおさまる予感に、野次馬どもの一部は立ち去った。気楽なもんだな。

 ともかく奥さんが僕を悪者扱いしなかった点にだけは安心した。

 彼女の説得が成功することを祈りつつ、僕は腕に力をこめ続けている。


「おまえは誰だ」

 えっ……? という顔を妊婦もした。

「妻をどこへやった?偽物め!」

 訳がわからないが、いまこの男を放したら危険だってことだけは分かる。

 

「本物なら俺を止めるはずがない! あいつのこと忘れたのかよ⁉︎」

「忘れるわけないじゃない! でも……あなたに何かあったら……」

 ああ……男のほうはガチのやつだ。復讐よりも新たな命に関心が移った奥さんと、意見が合わなくなったわけか。

 夫婦喧嘩に巻き込まれたなんてバカバカしい。

 そうでなくても、自分より大きな男を押さえ続けるのはキツい。山賊の時と違って致命傷を負わせていないのだ。

 


「魔人狩りなんて、だと⁉︎ ふざけるな!」

 男は僕を突き飛ばし、剣をかざして身重の妻に突進した。

 まずい!

 みぞおち辺りがめちゃくちゃ痛い。

 だが、あの母子に何かあったら奴を離したことを悔やんでも悔やみきれない(僕のせいでは絶対ないとも思うが)。


 何より、あの脱走者がいまも魔人狩りでいるつもりなら、ローラが危ない。


 体当たりをかまして、すんでのところで脱走者の刃を防いだ。互いにもみくちゃになって転がった。

「嫁さんの見てる前で負けられっかよ!」 

「あァ⁈」

 今しがた偽物扱いして斬りかかったくせに⁉︎

見知らぬ妊婦がひとまず助かったからといって喜べない。この男は殺意の標的を僕に切り替えただけだ。

 しまった! 僕が下になって止まった。

 僕だってローラの見ている前(のはず)で負けたくない!


 渾身の力で蹴飛ばす。

 敵も避けようとした。

 僕の脚は長剣の柄を跳ね上げていた。

 敵は腕の衝撃に顔を歪めつつ横に転げる。


 剣が宙を舞い、また落ちてくる。

 その軌道は僕の喉元を差している。

 首と胴が離れたら、さすがに亡者だとばれるかな。

 でも身体が重い……。

 今バレたら、ローラが……!


 パシッ、と小気味良い音がして剣の落下が止まった。


 魔法灯は逆光になっているが、波打つ金髪はそこにいる人物を明らかにしていた。

「魔人は俺だ。かかって来な、節穴野郎」

 その名はラケル・ジュゼット……!


 剣が灯りを反射し、まるで今この柄を握っている色男こそ本来の持ち主だと主張するみたいに煌めいて、その不敵な笑みを照らした。


「おっと、俺だけ二刀流ってわけには行かねえ」

 ラケル氏は掴んだ剣を床に置いた。

「あんたがそれを拾ったら勝負だ」

 戦意を失ったらしく男は項垂れたまま。

「どうした、来ないのか」

 

 奥さんはさっきの小父さんと同じベンチに腰掛けこちらを見ていた。女の人たちが寄り添っている。小父さんは草を燻すのをやめていた。

 あの女性たちのなかにローラがいないだろうか?


「じゃあ聞くが……こいつとやり合えて、俺とやらないのはどうしてだ?」

 僕と戦って傷を負ったからだと思います。

 でもそういう話ではないらしく、男は相変わらず黙っている。


 長い沈黙のあと、そいつは土下座した。

「ごめんなさいぃぃぃ!」

 しゃくり上げながら、ぽつぽつと語り出す。

「親友を魔術師に殺されて……仇を討ってからも憎しみは消えず……」

 ここで鼻水をすすった。

「いや違う……。仇に勝ったときの胸のすくような気分を忘れられなかった……。でも俺は、腕っ節の強さしか取り柄がない……。いつの間にか、勝てそうな相手をぶちのめすだけになった……。この期に及んで、無意味な喧嘩もやめられなかった……」


 男は泣き止み、深呼吸して話を続けた。

「この男には勝てると思いました。チビで、生っ白くて、顔つきもガキっぽくて。でも貴方様にはムリです!」

 失礼な! 

 さっきの質問の答えがいちばん蛇足だな!

「……謝るなら奥さんにな……」

 言いつつラケル氏はどう見ても笑いを堪えている。

 僕にも謝れよ!

「でもお前、勝てそうなほうにも負けたよな」

 ラケル氏、よくぞ言ってくれた。奥さんに聞こえない小声だけど、容赦無いな!



 また辺りがざわつき出した。

「用心棒だ」

「いまごろ来たか」

 武装した男たちが現れ、脱走者を両側から掴んだ。


 一件落着。

 それよりローラだ。


 僕が歩きだした瞬間、ふわり、と身体が軽くなった気がした。



 穏やかな光に満ちた空間に、僕はいた。

 その中心にいるのは、艶やかな黒髪、紫の瞳の、愛しきローラその人だ! 

 微笑み、こう言っているように見えた。

「よく頑張りましたね。魔人狩りとの戦い、見事でした」


「ローラ! 会いたかったよ」

「探してくれたのね! 嬉しい!」

 ローラと僕は駆け寄った。

 柔らかくあたたかい塊が僕の胸に飛び込んでくる。

 抱きしめ合い口づけを交わすとき、心のなかの寂しさという氷が解けて溢れたような、熱い涙が頬を濡らした。

 

 まだ君と共にあるための闘いは終わりを告げていないが、今の僕にそんなことはどうでも良かった。

 



 (続く)

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