第7話 東都へ

 ラケル氏の馬車は馬型ゴーレムが引く魔法道具だ。道を覚えさせれば何もしなくても目的地に着くのだ。僕たち5人で乗り込み、東都を目指して出発した。


「薬草茶でもいただきましょう。美味しいとは言い難い代物ですが、血の匂いを消し去ってくれます」

 リデル様の用意したそれを、水筒の蓋に注いで回し飲みすることになった。

「僕はいいです。さっきの薬がまだ効いてるんで」


 お茶の評価がどうでも、僕の答えは変わらなかっただろう。飲み薬の味の余韻を消したくなかった。夢に見たローラのキスの味などではないと分かっていても、魅惑的な味だ。


 「言葉通りの味だな」と、お茶を飲んだラケル氏は言ったが、囚われていた姉妹は喜んで飲んでいた。ろくに飲食していなかったのだろう。ラケル氏は速度を上げる操作を行った。


 エレンとさっきの話の続きをした。

「残念だけど、本当に覚えてないんだ。君のことだけじゃない。事故に遭って、それより前のことは全部」

「そうなの……。それで眼帯を?」

「たぶんそう」

 気が引けるが、この点はごまかすしかない。僕の右目は、ローラが僕を生き返らせる魔術を行うために必要だった、と聞いている。それは禁忌の術だ。


「私たち、ずっと前にもあなたに命を助けてもらったの。奇跡みたいね」

「そうなんだ……」

 本当に僕だったとして、その時は両目が揃っていたはず。片目という大きな違いを見てなお同一人物と認識したのだから、よほど確信があるらしい。

「じゃあ……もしかして僕の名前、知ってたりする?」

「あいにく、あのとき聞けなかったの」


 ラケル氏、リデル様もこの話に無関心ではないようだ。メリッサだけは姉に寄りかかって眠っている。

「だから、今の名前を教えて。仮の名前でもいいから」

「うん……、モローっていうんだ」

 ラケル氏がつけた名前だ。由来はとくにない。強いていえば、僕に斡旋するはずの仕事の前任者の名前をもじったそうだ。



 ここで思い出したのだが。

「肝心なことを! 僕は間に合ったことになるんです? なりますよね!」

 満月が沈むまでに東都の銀狼亭で落ち合うという約束のことだ。場所が違えど落ち合ってはいる。

「もちろん。お前が助けた女の子たちに免じて」


 この言い草は引っかかるものがある。

「免じて、じゃないっすよ。介抱してもらって言うのもなんですが、どういうわけで通りかかったんです? 馬車なら街道沿いに温泉街を通るほうが早いでしょうに、銀狼亭で待ってくださる気は無かったんですか」

「悪かった」

「私からもお詫び致します」

 意外に双子はあっさりと詫びた。


「あの館は昔、当家の狩猟小屋だったのさ。東都にいったん着いてから、廃屋にすむ山賊の噂を聞いて、もしやと思ったんだ。一応、銀狼亭の親父さんに言付けしたけどな。……ったく、兄貴の野郎、空き家に悪党がのさばるなんて恥もいいところだぜ」

「私たちだけでは、エレンさんたちを助けられなかったかもしれません。お手柄ですね」

 そうかなぁ……?


「ところで、エレンさんも妹さんも、尼僧院に入る前に東都でお体を休めるほうが良いですわ。傷が治ったとはいえまだ弱っていらっしゃるのに、着いていきなり修行ではお辛いでしょう」

「これを宿代にするといい」

 ラケル氏が、お金が入っているらしい袋をエレンに持たせた。

「こんなに……」

「気にするな。君らが立ち直らなけりゃ助けた甲斐がないってものさ」


 ラケル氏はこんなに親切な人だったのか? まあ、「あの女」としか呼ばないほど不仲な異母姉の所有する亡奴の僕なんかとは扱いが違うよな。

「あ……ありがとうございます!」

 エレンは深々と頭を下げ、それから何故か僕を見つめてから、ラケル氏のほうを向いた。

「 ……でも私たち、やっぱり尼僧院には行きません。東都で働いて生きて行こうと思います。ね、メリッサ」

「うん。お姉ちゃんと一緒なら、どこでも大丈夫!」


 リデル様は微笑んで頷いた。

「東都は魔力を持つ人々に寛容な土地柄です。世間で頑張れるならそれが良いですね。尼僧院は迷える女性たちを広く受け入れますが、出て行くのは難しいですから」



 やがて、東の空に虹色の雲がたなびき、川面に映るのが見えてきた。馬車は大きな橋を渡っているのだ。地図で見た大河だ。

「この橋を渡れば、東部地方なんでしょう」

 エレンに聞かれて、同じことを思っていた僕は双子のほうを見た。

「そうだよ」

 ラケル氏が答えた。

 リデル様はじっと窓の外を向いている。景色を見るためだけではないような気がした。



(続く)

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