第5話 聖女誕生


「ギルドから情報収集の為、派遣されて来ました! 誰かこの件の詳細を話せる者は居りませんかー! 若しくは話せる者を知っている方でも良いです! 問題解決の為、一刻を争うので情報をお願いします」


 俺は教会の前でたむろして入り口を塞いでる住民達に丁寧に呼び掛けた。

 勿論、そいつらが話の詳細を知っている訳が無い。そんな事は百も承知だ。

 教会の外にあぶれてるって事は、出遅れ者達って事で何も分からず外でオロオロとパニックになっているだけ。

 そんな奴らには不安を消し去る方法を示すだけで、思い通りに動いてくれる。

 今回の場合、一番情報を持っているであろう、現在治療を受けている被害者達の事を暗に語る事によって、塞いでる入り口を退いて貰おうって作戦だ。

 生き延びる為に必死なんだから、皆素早く動いてくれる。


「お、奥で治療を受けてる人達なら知っていると思います……。どうぞ」


 ほらな。少し頭が回る奴がそう言うだけで、皆が俺の通り道を開けてくれた。


「お願いです! 助けて下さい~」


 って、たまにこう言う馬鹿が居るが、ここで怒鳴ったりして住民を刺激すると、下手すりゃ暴動になったりするから気を付けないとな。

 俺は折角開けてくれた道を塞いできた馬鹿な住民に対して、にっこりと微笑んで優しく諭す。


「大丈夫です! その為に少しでも早く情報を集める必要が有るんですよ。通して貰えますか?」


「そうだぞ! 早く道を開けろ!」

「職員さん! 早く奥に!」


 と、ちゃんと説明すると周りの住民も俺に協力してくれる。

 まっ、俺は別に職員ではないけど、違うと言うのも野暮ってものだろう、勘違いさせておくさ。

 格好も寝巻に寝癖に無精ひげと言う寝起きの三重奏でおよそ職員に見えないが、それだけ住民が混乱していると言う事だ。

 

「ここの教会は初めて来るが、本当に何処も中身は普通に地球の教会だな」


 潜入作戦が成功し、俺は治療が行われている広間にやって来た。

 結構規模が大きいが造りは何処も似たような感じだな。

 礼拝堂って言うんだっけ? ずらっと左右に椅子が並んでて一番奥に祭壇が有ってご神体が祀っているって言うアレ。

 テレビとかゲームでもお馴染みだ。

 ただ地球の教会との違いはご神体が十字架では無くて、まんま地図記号の発電所マークだ。

 丸書いてピンピンピンって言う太陽の落書きみたいな奴にハニワの手が生えてるあのマーク。

 何でキリスト教みたいな教会なんだ? って、あいつに聞いた事が有ったが、《ん~特に意味は無いけど、映像化されてる物語ってこう言う造りの建物多くない? 君の国の物語もこんなの多いでしょ?》とか、とても神とは思えない偏った知識で返されて返答に困ったな。

 あの頃は、浮かれてたんでそう言う物かと納得したんだが、大人になるにつれてその発言の矛盾点に気付いたんだよな。

 まぁ、その所為で余計転生は俺の妄想だったんだと思う様になったんだが、まぁ今はそんな場合じゃないんで置いておこう。


 俺は礼拝堂の中を見渡した。

 中も結構人が居るな。とは言ってもさすがに礼拝堂中だ、ひしめき合っていると言う事は無く、左右の並んだ長椅子にきちんと座って祈りを捧げている。

 祭壇前の広間には人だかりが出来てはいるが、おそらくあそこで治療してるのだろう。

 人々の隙間から微かな治癒の光と魔力の気配が漏れ出ていた。

 しかし、それは余りにも弱々しい、魔力切れか、若しくは治癒師の能力不足か、いや両方だな。

 どうも、そこそこの平和が長すぎたのか、この街の治癒師の力はそんなに強くはないらしい。

 礼拝堂の入り口に立ち、そんな事を考えていると両脇の椅子に座っている住民達が外からやって来た俺を訝しげに様子を伺って来た。

 あぁ、ぼーっとしていた。ヤバいヤバい、寝巻のぼさぼさ頭のおっさんなんて不審人物警戒されてもおかしくないな。

 

「すみません、ギルドから派遣されてきました! 状況確認の為、ご協力下さい!」


 俺はそう言いながら必死の表情を作り、有無を言わさずズカズカと祭壇前まで歩き出す。

 祭壇前に集まっていた住民達はその迫力に気圧されて道を開けた。

 

「こりゃ酷い……」


 俺は開かれた祭壇前の惨状を見てそう呟く。

 治癒師は三人……、いや修道士の格好をした俺と同い年くらいのおっさんが一人ぶっ倒れているから、四人だったのか。多分魔力切れだろう。

 それに対して床に並べられた怪我人がひぃ、ふぅ、みぃ……、六人か。

 他にも周りに何人か服に血が付いている者達が居るが、既に治療が終わったか、それとも軽傷なのか、倒れて唸っている怪我人に悲壮な表情で声を掛けていた。

 仲間か、家族か? まぁ一緒の所を襲われたんだからどちらかだよな。


 治癒師三人の内、一人はシスター見習いなのだろうか? まだ10代半ばと言った感じの修道女の衣装に身を包んだ少女は、明らかに技量が他の治癒師より劣っているのが見て取れた。

 残りの二人はかなり年配の司祭とシスターで、まぁまぁそれなりの力は持っているようだが、ダイスの言っていた通り、この怪我人達を治療するには魔力を全て使い切っても治せない可能性が高いな。

 現在その二人は怪我人の一人を二人掛かりで治療しているようだ。

 見習いは残りの五人を、少し治しては次に移ると言うローテーションで治療に当たっているが、魔力切れが近いのか顔色が悪く今にも倒れそうだ。


 まるで地獄絵図だな……。これが正直な感想だ。


 五人は、まぁ最悪今治療出来なくても死ぬ事は無いだろう。例え後遺症が残ったとしてもな。

 しかし、二人掛かりで治療に当たっている怪我人はかなりの重症で、例え今から三人掛かり治癒魔法を掛けたとしても明日の朝日を拝めるか五分五分だ。

 肩の肉が大きく抉れており、魔法によって塞いだ傷は、すぐに開き血が噴き出して来ていた。

 ただの怪我にしては、少し異常な症状だ。

 しかし、ジャイアントエイプが縄張りの外に出て、人を襲うなんて聞いた事無いな。

 しかもこの傷は、牙や爪が特に鋭くも無く、打撃手段しか持たないジャイアントエイプによる傷とは思えない。


 いや、疑問は置いておこう。それより今は怪我人を何とかしないとな。

 俺が治したら一発なんだが、その選択肢は遠慮させて貰おうか……。さて、誰にするか?

 見たところ、司祭とシスターはもう少し魔力が持ちそうだ。

 となると、今この現場のキーマンは一人で五人を診ているあの少女だな。この子まで倒れると、一気に状況が悪化する。

 それに、倒れているおっさんや、司祭にシスターの爺さん婆さん達ではあまり効果は薄い。

 によって民衆を奮い立たせ、不安を取り除くと言う役目はやっぱり少女がお似合いってもんだろう?

 俺は必死に治療している少女の側に近付き、優しく背中に手を当て励ます素振りをしながら誰にも聞こえない様な小さな声で呪文を二つ唱えた。

 そして、掌に集中させ、押し当てた手から光が漏れないように気を付けて呪文をする。

 少女はビクッと体を震わせて俺を見上げたが、今俺が行った事は理解出来ていないだろう。

 集中している所をいきなり触られた事に、ただびっくりしているようだ。

 しかし、このままだとまんまなので、安心させる為に優しく微笑みながら励ます言葉を掛けないとな。

 『セクハラー!』なんて叫ばれた日にゃ治療どころじゃなくなってしまう。

 いや何故かこの世界、『セクハラ』と言う言葉とその概念が、現代日本で使われていたままに存在しているんだよ。本当に所々に偏った情報をぶっこんで来やがる。


「頑張ってください! 今この場の怪我した方々はあなたの助けを必要としています」


「は、はい! ありがとうございます!」


 少女は俺の言葉に素直に感動した様で、顔を真っ赤にして目に涙を溜めながら満面の笑みで頷いた。

 うんうん、さすがはシスター見習いだ。まだまだ純粋で良い子だよ。

 受付嬢のお嬢ちゃんなんか、下手に後ろから肩に手を当てたりなんかすると、悲鳴上げながら『セクハラですよ!』って怒り出すからな。

 まぁ、取りあえずこれで仕込みはOKだ。


「頑張ってください。では俺は状況の確認の仕事が有りますので」


 そう言って俺は少女から離れ、重傷者の傷の原因を探るべく司祭とシスターの所に歩いて行く。

 その際、又も誰にも気付かれない様に呪文を唱えた。


『……ブースト増幅ディストリビュート分配、……インヴォーク発動


 それにより先程設置した魔法が発動し、少女を中心として光の柱が立ち上る。

 少し発動演出を派手目にしておいた。これで神の奇跡感がうなぎ上りだろう。

 少女は自分の身に起こった事が信じられないようで、身体の奥から溢れ出て来る力にわなわなと体を震わせて両手を見詰めていた。

 しかし、すぐに神に祈る仕草をした後、何故かチラッと俺を見た後、怪我人達の治療を再開しだした。

 増幅された魔法と回復した魔力のお陰で、倒れている五人は見る見る回復していく。


「ほう、やるじゃないか。突然の力に我を忘れず、治癒を再開するなんてマジでシスターの鏡だな」


 俺を見た理由は分からないが、その働き振りに感心して俺は呟いた。

 周りの住民達は突然の出来事に言葉を失って、ただ茫然と少女を見詰めている。

 時折『聖女だ』とか『神の奇跡だ』とか呟いて、中には祈り出してる人までいる。

 ん? おい、司祭にシスター! あんたらまで拝んでいたら、その人死んじゃうだろうが!

 シスターに比べてちょっと間抜け過ぎだ。平和ボケもここに極まれりだな。

 くそ! 仕方が無いか、まぁ今なら皆があの子に気を取られて気付かないだろう。

 俺は治癒を止められて血が噴き出している可哀想な人の元に慌てて駆け寄る。

 

「え? これは?」


 遠目では分からなかったが、よく見ると傷口が微かに瘴気に侵されているのが分かった。

 なるほど、傷の治りが遅いのはこの所為か。

 いや、そうじゃない! これはジャイアントエイプでは有り得ない傷だ。

 魔物に分類されているが、ジャイアントエイプはただのでかいだけの猿なので、言ってしまえば普通の動物みたいなものだ。

 魔法は使えないし、倒しても消えたりせず普通に亡骸が残るだけ。

 ましてや瘴気など纏っている筈がない。

 なんだこれは! 何が起こっている?


「ぐ、ぐぅ……」


 俺が有り得ない事態に思案していると、怪我人が最後の断末魔の如く苦しそうに呻いた。

 こりゃすぐに治療しないと命が持たない。

 しかし、皆はいまだ少女の光とその献身的な治療に見惚れ、その声に気付いていないようだった。

 俺は、それ幸いと急いで二つの呪文を唱えた。

 今度は時間が惜しいので設置せず即時発動させる。


「……ピュリファイ浄化、……ヒール治癒


 魔法の発動によって俺の身体が多少光るが、あの子の輝き程じゃないので、俺の光はそれに飲み込まれ誰にも気付かれない。

 ヒールはあくまで応急処置だ。全治する程の魔力は込めていない。

 しかし、それでも効果は抜群で先程までの苦しそうな表情は緩み、呼吸も穏やかになっている。

 ピュリファイで瘴気を浄化したからだが、これなら後は司祭やシスターでも治せるだろう。

 

「司祭様! シスター! 早く治療をお願いします!」


 俺は怪我人の事を忘れて、部下の少女に対して拝んでいる間抜けな司祭とシスターに声を掛けると、二人は現状を思い出した様で慌てて怪我人に対して治癒魔法を再開した。


「あぁ、私達にも神の奇跡が! あれ程回復しなかった傷が見る見る癒えて行く!」


 なんか司祭が凄く感動しているんだが……。まぁいいか。今起こった事は神の奇跡。この噂はすぐ街に広まり、それによって少なくとも住民達のパニックは収まるだろう。

 まぁ、あの子にはちょっと悪い事したかな? 聖女とか周りに持て囃されて暫くは時の人として平穏な時間は送れないかもしれないな。

 なぁに、魔法の効果は数時間で消えるから、その内奇跡は少女本人じゃなく、この教会だから起こった事って解釈されて解放されるさ。


 うん、ここはもう大丈夫だな。効果が続く限り怪我人が運ばれてきても問題無い筈だ。

 それに状況も分かった。要するに最悪だって事だ。

 ジャイアントエイプ、若しくは別のが瘴気を纏って街の近くに現れて住民を襲っている。

 その推測に俺は嫌な記憶が呼び起こされ、震え出す体を抑えようと唇を噛みしめた。

 自体は一刻を争うかもしれん。すぐに現場に行かないと。

 ダイスのパーティーが居るから大丈夫だと思うが、犠牲者が出ないとは限らない。

 怪我人の意識が戻るのを待って詳しい話を聞きたいが、聞いたからと言って状況は変わらないか。

 それよりも時間が惜しいな。

 俺はいまだに目の前で起こった、『聖女誕生』と言う神の奇跡に浮かれ上がっている住民達を尻目に、黙って入り口に向かい歩き出した。

 誰も俺の事を気にする者は居ない。その方が糞寒い演技をしなくて助かるな。


「あの……、待って下さい!」


 は? この状況で俺を呼び止める奴が居るのか?

 無視しても良いんだが、気付くと辺りの住民達が全員俺を見ていた。いや、目線は俺と言うよりも俺の後ろの人物にか? この状態で無視して出て行く訳にはいかないか。

 誰だ? と思いながら振り返ると、そこには俺が先程魔法を掛けた少女が、何かを求める様な顔で立っていた。

 どうやら全員の治療を終えたようだ。少女の後ろには意識を取り戻した怪我人達が少女に対して拝んでいるのが見えた。


「えっと? 何の用でしょうか? 聖女様?」


 マジで何の用だ? この流れで俺を呼び止める意味が分からない。

 少女は『聖女様』と言う言葉にちょっと複雑な顔をしたが、すぐに顔を赤らめモジモジとしながらも意を決したかの様に息を吸い込んだ。

 何だ何だ?


「あ、あのありがとうございます!!」


 少女は大声で俺に対して頭を下げて来た。

 『えぇーーーーー!!』

 これは俺の脳内の驚きの声だけでは無い。恐らくこの場全員の心の声だろう。

 何言ってんだこいつ? 目立つからやめてくれよ。

 俺にお礼を言う理由ってなんだ? 魔法は気付いていないだろう。それなりの術者なら魔力付与された事に気付く奴も居るが、シスター見習いのこの子じゃ俺の魔法に気付く訳が無い。


「え? どう言う事ですか? あっあぁ先程俺があなたに激励した事ですか! いや、聖女様に対して失礼をしました!」


 取りあえず、場の収集を取り繕う為に大声で皆が納得しそうな事を言って頭を下げた。

 周りも『あぁ、なるほど』みたいな声を上げている。


「え? い、いやそうじゃなくて……、あの……」


 少女は俺の態度に驚いて少ししどろもどろになっていた。

 俺の言葉に納得出来ないと言う様な言葉を零す。

 あれ? もしかしてこいつ魔法に気付いたのか? いやまさか。


「すみません! 状況は判明しましたので、今は一刻を争う為、私は現場に向かいます! 怪我人はまだ運ばれてくる可能性が有りますから、聖女様頑張ってください!」


 俺はこれ以上、この子に何か言われて目立つのを避ける為、一方的に畳み掛けて教会の入り口に向かって走り出した。


「分かりました! 小父様おじさまも頑張って下さい! どうかご無事で!」


 少女は後ろから俺に対してそんな言葉を投げかけて来た。

 『小父様』って言葉にずっこけそうになるが、なんとか気を取り直して走り出す。



 しまったな。あの子は結構賢いぞ? すぐに治療を再開した事と良い、先程の言葉。

 魔法掛ける相手を間違えたかもしれん。こんな事なら間抜けな司祭かシスターに……、そうだ! 逆に倒れてたおっさんでも良かったか。復活して聖人とか言うのも演出では有りだったな。

 俺は走りながら、自分の迂闊さにちょっぴり後悔した。しかし……。

 

「まぁ、終わった事は仕方無い。それよりもあの瘴気……。予感が外れてくれると良いが……」

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