第4話 世界を司る神

 

「教会か……。ふん、この世界の神って本当に存在するのかね?」


 俺はこの街に来てから一回も近寄った事の無い建物に向かいながら呟いた。

 俺の転生時した記憶とやらが妄想でなかったのなら、この世界には神は居ない。

 いや、この言葉は正しくないな。

 この世界に神は居ると言うか実際に居た。しかも、お友達とあいつが言っていたように複数の神が居るようだ。


 ただし、この世界を神は居ない。


 なんせ、他の世界の神々と一緒にこの世界をと言っていたからな。

 まだあいつと話が出来る時に聞いてみた。


『なんで他の神様達は話しかけて来ないのか?』と。


 すると、あいつは自分は俺が元居た世界を司る神だと自慢げに話していた。

 だから俺に自分を敬う様にとか言ってやがったな。

 そして、他の世界の神達は、俺が居た世界の物語を元にしてこの世界を作ったから、あいつが代表で話しかけて来たのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。

 世界を司る神は、その世界の者と言うか、魂にしか影響を与える事が出来ない。要するに話しかける事さえ出来ないとの事だ。

 だからあいつが生前俺の行動を試し、死後俺に選択させ、そして俺を転生させた。

 あいつが司る世界の創造物である俺だから、あいつだけがを行う事が出来たんだ。


 実際、あの場所には俺には見えなかったが、お友達の神とやらが全員居たらしい。

 見えもせず、聞こえもしない俺に対して、ホッペを突いたり、鼻を摘んだりとかの、まるで子供じみたちょっかいを掛けて騒いでいたそうだ。……機会が有ったらそいつら殴ってやりたいぜ。

 俺にこんなまどろっこしい転生をさせたのも、別に趣味だった訳ではなく、この世界は複数の神達が共同で作ったので、この世界に対して振う事の出来る力がその神達の数で割った分しか行えないから仕方無かったと言っていた。

 歴史の修正やら、故郷としての廃墟の製作に関しては、俺自身には直接関係無いので神達が力を合わせて行ったらしい。


 だから、この世界には世界の全てを司る神は居ないが、プチ司っている神達は居る。

 なのに、この世界の宗教は一神教で統一されていた。これは全ての大陸で例外無く同じ宗教で有るらしい。

 何でも《せっかく作ったこの世界、宗教の違いで戦争が起こったら悲しいからね》との事だ。

 まぁ、実際に複数の神が実在する世界なのだから、その数だけの宗教が有れば本当の意味での神の代理戦争が起こってもおかしくないだろう。

 それを避ける為にも存在しない神を信仰する宗教を作り、それをこの世界に定着させたのは当然の事なのだと思う。

 一応、教会で祈れば神に声は届くになっており、《当番制で聞き届けるようになっているよ。力が振える範囲でね》なんて事も言っていたか。

 なんだよ当番制って……日直かよ。


 宗教なんて失くせばとも思ったのだが、人間は何かにすがらないと生きていけないらしい。

 その為、最初に設定していないと各々が勝手に自分の信じるものを神として祀りあげた宗教が乱立し、どちらにせよ戦争が起こっていたとだろうとあいつは言っていた。

《これは歴史が証明してるよね》と悲しそうな声で言っていたのは今でも耳に残っている。


 と、これは俺の妄想でなかった場合の話だ。

 だから本当にこの世界を司る神は居るのかもしれない。

 実際に神の奇跡を行使出来る者達は存在するし、治癒師もそれにあたる。

 俺だって利用させて貰ってるさ。生きて行くのに便利だからな。


 とは言え、俺の中に有る記憶が妄想と証明されない限り、俺は俺をこの世界に放り出したまま去って行ったクソッタレなあいつに祈るなんて願い下げなので、全てを失ったあの日から教会なんかには行っていない。


 この街に8年住んでいるが、教会に行くのは今日が初めてだ。場所自体は分かるがね。

 なんせ、街一番の高さを誇る教会の尖塔は、街を囲う城壁より更に高く、かなり遠くからでもその存在を確認出来る。

 更に夜になると明かりが灯り、まさに陸の灯台としての役目を担っており、旅の安全に貢献しているようだ。

 俺がこの街に辿り着いたのも、そのお陰と言えるな。

 まぁ、だから教会の場所はこんな俺でも知っている。


 ほら、入り口が見えて来た。

 

「……しかし、これは思った以上の騒ぎになっているな」


 見の前の広場を抜けた先に建っている教会の入り口を見た俺はポツリと呟いた。

 目の前には凄い人だかり。

 基本的に女性に老人そして子供達だ。まぁ戦えそうにない男達も結構居るな。

 怪我人の家族や友人、ただ単に野次馬根性で見に来た人や、それこそ神に縋り助けを乞う者。

 ここはほぼ街の中央に位置するんで、皆ここに避難してきているのか?

 しかし、ここまでの住人の慌て様は初めて警鐘が鳴った日を彷彿させるな。

 いや、実際三鍾三回なんて初めてだし、それによって怪我人が出た事も初めてなんだ。仕方無いか。


 「さて、どうしたものか……?」


 俺は広場の前の建物の影から様子を伺い作戦を練る。

 あの人込みをかき分けて入っても良いのだが、そうすると怪我人の治癒を皆の前でやらなければいけない。

 しかも、ここの治癒師が手に負えない傷なんかを治した暁にゃ、のんびり暮らす所か、一夜にして有名人になって『やれ英雄』だ、『やれ救世主だ』なんて、ひっきり無しに宿屋の扉を叩かれる日々の始まりだ。

 

 ……いや、無免許の治癒師だと、見つかりゃ投獄。下手すりゃそのまま一生牢屋暮らしなんて事だって考えられるな。

 まぁ、教会員に加入して金さえ払えば、後からでも免許は取れるから、さすがにいきなりそこまでの目には会わないだろうが、今まで逃げる様に生きて来た俺が、日の当たる場所に出て目立ったちまうと、その力に目を付けた奴らが俺の過去について色々と詮索し出すかもしれん。

 そうなったら、また逃亡生活の始まりだ。

 何だかんだ言って、この街は気に入っている。じゃないと8年も住んでないよ。

 それに教会所属なんてゾッとするしな。


 「ここからならギリ射程範囲だから、教会ごとヒールでも掛けりゃ一発なんだが……」


 理屈的には出来なくは無いんだが、そう言う訳にもいかねぇ。

 多少の擦り傷や切り傷ならそれでも良いんだが、今回に関しては無理だな。

 治癒魔法ってのは案外デリケートなもんで、下手に掛けちまうとその状態のままで傷が治ってしまう。

 簡単に言うと、骨が折れて曲がったまま何も考えないでヒールを掛けると、その後の生活は曲がったまま生活しなければならなくなっちまう訳だ。

 そんなもん、相当なアホでもなければ許す奴なんか居ねぇ。

 これが無免許治癒師が捕まる理由だ。

 治癒魔法と言うのは、対象の怪我の状態を見ながら、人体を再構築するイメージで魔力を注ぎ続けなければならない。

 その際に、対象に近ければ近い程、出来る事なら直接患部に触れて状態を肌で感じる事で癒す力が上がる仕組みだ。

 元の世界で言う、ソロバンとか習字の教室の級みたいに、教会へお金払って人体の構造や魔力の注ぎ方を習ってと言う過程を経て、やっと免許が貰えると聞いた。

 俺の場合は、そんな講習を受けた訳でもないし、対象の状態を確認出来さえしたら別に触れなくても、適当に治ってくれるんだが、この状況では近付く事さえ儘ならねぇ。


「ダイスも厄介な頼み事をしてくれたもんだぜ……」


 とは言え、このままここでうだうだと手をこまねいていても仕方が無いな。

 ここの治癒師でも手に負えない怪我人が居るってんだから、時間はあまり残されていないだろう。

 怪我人の命が尽きるのが先か、治癒師の魔力が尽きるのが先か。

 教会に治癒師が何人か居るにしても、治さにゃならんのがそいつだけじゃないんだしな。

 


「ん? 治癒師は居るんだよな……。あぁ、そうか、別に俺が治さなければいけない事もないじゃないか。んじゃ正面突破だな」


 現状を打開する妙案を思いついた俺は、建物の影から飛び出し教会に向けて走り出した。

 まぁ走る理由は、この状況でのんびり歩いて行ったりなんかしたら、ただでさえ気が立っている住人から何言われるか分かったもんじゃないからだ。

 体裁的に『急いで来ました!』感を出さないと、信用もしてくれないだろう。


 ……いやマジで、怪我人が心配とかじゃないからな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る