第35話


「おじさん…これって…。」

「………。」

アジトへ戻った俺達が目の当たりにしたものは赤色に染まったアジトの入り口だった。

「美樹、俺から離れるな。」

血で染まったドアを開けると中は真っ暗で奥が見えない。

俺は持っていたペンライトで照らしながら、慎重に中へと入っていく。

ここには以前のような面影は残っていなかった。

今ではそこらじゅうの壁に血が飛び散り、ところどころに銃痕が残っている。

さっきまで誰かと戦っていたのだろう。

足元には見知った顔の兵士達が倒れている。

一人一人に息がないか調べながら歩いて行くが、皆、息絶えていた。

「ぐっ…おえぇっ…。」

あまりの残酷さに美樹は耐えられず、後ろで嘔吐していた。

「美樹、俺の背中だけを見てろ。周りは見るな。」

美樹は涙を流しながら頷いていたが一度、見てしまったらこの光景はきっと頭から離れることはないだろう。

変にトラウマを持たなければいいが。

それにしても…これはあまりにも惨すぎる。

奴らヒーローがここまで残酷なことをするのか……いや、一人しそうな奴に心当たりがある。

それに死体の傷跡も見覚えがあるものだった。

こんな大きな切り傷をつけられるヒーローは一人しかいない。

これをやった犯人は恐らくスマイルだろう。

兵士の中には脳天を銃で貫かれた死体も多数転がっていた。

きっと奴は自分だけではなく、仲間同士でも殺し合いをさせたのだろう。

ジョウ達が無事ならいいが…。

しばらく、死体の中を歩いていると自動ドアが音を鳴らしている部屋の前に着いた。

ここは確か、ジョウの研究室になっていた部屋だ。

俺は後ろで怯えている美樹の肩を持つと人差し指を唇に立てる。

そして、兵士の持っていた銃を拾うと自動ドアに引っかかっている死体を退け、中へと入った。

「っ!?」

中に入ると真横から誰かにこめかみへ銃を突きつけられる。

「動くなっ!!!」

「落ち着けっ、俺だ。」

ドアの横で待機していたのはジョウだった。

ジョウは俺の姿を確認するが銃を下ろそうとはせずにゆっくりと俺から離れていく。

「信用できんっ、お前が夏樹だという証拠はっ!!!」

「そんなふざけた真似はやめろ…俺が毎回、お前の元へ行く時、銃を向けられる度にそんな言葉を言ってお前に銃を下ろさせた。これが証拠にならんなら他にもお前と出会った時の話をしてやろうか。あれは…。」

「やめろ…充分だよ。…はぁ…すまない…。」

ジョウはそう言うと俺に向けた銃を下ろし、近くにある椅子に腰を下ろす。

彼女の姿を見ると身体中に傷跡があり、血も流れ出ていた。

「俺がいない間に何があったんだ…外の死体は?」

「分からんよ…突然、頭痛がして頭に声が聞こえたんだ…。その瞬間、みんなが狂ったように叫び出し、殺し合いを始めた。私は運がいいことにこの部屋で武器を作っていた最中で、一人だったから良かったが。外からお前の声が聞こえてドアを開けた瞬間、そこに倒れていた兵士が私に襲いかかってきたんだ。私はそれで……そいつを殺した…。」

「あまり深く考えすぎるな。」

「そうは言われても…私は今まで人なんて殺したことは…。」

ジョウはそう言うと自分にかかっている血を眺める。

ジョウの話を聞いて確信した。

この犯人はスマイルだ。

奴は対象を狂気で狂わせ、正気を保てなくさせる、そして殺し合いをさせるんだ。

「奴の能力にかかってしまった時点でもう死んでるようなもんだよ。それで他の奴らは。」

「分からん…もう誰も信用できなかったからな…。だが、さっき奥で発砲音が聞こえた。もしかするとまだ心達が戦っているのかもしれない。」

俺はすぐに銃とジョウの部屋にあった黒刀を手に取る。

「待て…もしかすると心達もお前を襲うかもしれない…行くんであれば…気を引き締めてかかれ。」

「ああ…。美樹、お前はジョウの怪我を見てやれ。それと出来るだけドアに機材を置いて誰も入れなくさせろ。誰が来ても絶対に部屋に入れるなよ。」

美樹は頷くとジョウの近くへと歩み寄る。

「美樹、私の手を縄で縛ってくれ…もしかしたら、私もお前のことを襲うかもしれん。」

そう言うとジョウは背中へ手を回していた。

俺はそんな二人の元を離れ、奥の発砲音のあった部屋へと向かう。

だが、前から突然、大きな甲高い叫び声が聞こえた。

「なんだっ。」

前にいたのはここの兵士の生き残りだろう。

もう息絶えている死体に山乗りになり、何度も何度もナイフを突き刺している。

兵士はこちらに気づくとフラフラと立ち上がり、俺の方へと向かって襲いかかってきた。

正直、話したことがないにせよ、前は仲間だった相手を痛めつけるのは心が痛む。

だが、そんなことを言ってはいられない現状だ。

俺は襲いかかってきた兵士の腕を掴むと反対方向へと投げ飛ばす。

ドンッと鈍い音がし、兵士は壁に背中をぶつけ、気を失っていた。

しばらくの間は眠っていてくれるとありがたいのだが…。

そんなことを考えているとゾロゾロと前から別の兵士が何人も現れる。

「…はぁ…。」

流石に溜息が口から漏れてしまった。

兵士は殺し合いをやめ、今度は俺を標的へと変えたらしい。

俺は素早く、倒れている兵士のスタン棒を取り、襲いかかってくる兵士をスタン棒で倒していく。そして全員が起き上がらなくなったことを確認するとスタン棒を投げ捨て、急いで心の元へと急ぐ。

「…………達の好きには………には……ないのよっ!!!」

奥の扉から心の声が聞こえた。

俺は黒刀を手にすると扉を蹴破り中へと入っていく。

「…ん?まだネズミさんが隠れていたのね。」

中では心とスマイルが戦闘をしている最中だった。

「どうにか間に合ったようだ…っ!?」

スマイルが俺に気を取られている間に心はスマイルへと目を見開いた。

「な…に…体が…。」

その瞬間、スマイルの手が動き出し、持っているハサミを開くと自分の首元へと持っていく。

「はぁ…はぁ…そんなに…死にたいのなら…自分で勝手に死になさいっ!!!」

「心っ、やめろっ!!!」

「やめろですって…こいつがしたことを許せとでも言うのっ。そんなの無理に決まってる。こいつには罰を与えるべきよ。」

「お前がそいつを殺せば、俺達までこいつらと同じになっちまう。心、悪い事は言わない。今すぐにやめるんだ。」

やめる気など心にはなかった。

あいつはどんどんハサミを閉じていく。

俺は持ってきた銃を取り出すと天井に向け、二発撃ち上げる。

「こんな真似させんじゃない。」

俺はそう言うと心に銃を向けた。

「正気…?貴方は私よりもこいつの命を助けるって言うの?」

「お前がやめなければそうなってしまう。心…だからやめるんだ。」

「残念だけど…貴方に私は撃てない。」

心を止めようと叫ぶが、それと同時に開いていたハサミはシャキッと音をたて閉じていった。

俺は心に言われた通り、銃を撃つ事は出来ず、スマイルを死なせてしまう。

「……お前……。」

心は何も言わずにただ、足元に転がっていくスマイルの頭を冷酷な目で見ていた。

俺にはもう心のことを信用することができない。

こいつの本当の目的はなんなんだ。

「心…俺は…ジョウと美樹を連れてここを出ていく。もう…お前にはついていくことは出来ない。」

「………私がそれを許すと思うの…。」

「いいや、思わないさ。お前が俺達を止めるって言うのなら全力でお前の相手をする。ただ…それだけだよ。」

「…ふふ…バカね…。止める気なんてもうないわ、勝手にしなさいよ。私達には失敗は許されなかったのに……だけどもう、彼奴らと戦うことなんて出来ない…私達は負けたのよ…兵士も道具も…武器も何もない。それなのに貴方は一人で彼奴らに挑むの……本当にバカよ、バカばっか……もう…私達は負けたのよ。」

そう言うと心は力なく床へとしゃがみ込んだ。

「お前はどうしてそこまで彼奴らと。」

「貴方と同じ…ただの復讐よ。私は彼奴らが憎かっただからここまで戦ってきたの。国の力を得て、やっとここまできたのに…それなのに…はは…もう笑えるわ。ほら…早く出て行きなさい…。」

「ここ「出てってっ!!!」

俺はそれ以上、何も言うことができずにその場から立ち去った。

廊下ではさっきまで気を失っていたはずの兵士達が皆、銃口を咥え自決していた。

こいつらは…何のためにここまで戦ってきたのだろう。

だが、それは俺達が知ることはなかった。

ジョウ達のいた部屋へと戻ると二人は何があったのか尋ねてきた。

だが、俺は何も答えず、二人を外へと連れて来させる。

その時、後ろから…心のいた部屋の方から銃の発砲音が聞こえた。

「馬鹿野郎……。」

俺はそう小さく呟くと振り返らずに歩いて行った。

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