第34話

「おじさん…風花さんは美樹を許してくれる…かな。」

「さぁな、それは彼奴が決めることだ。」

次の日、俺達はアジトを出て風花の入院している病院へと足を運んでいた。

病院に着くと美樹と俺は途中で買ったお見舞い用の花を両手で優しく抱え、風花のいる病室へと向かう。

相変わらず、暗い雰囲気の病院だ。

空気も前と同じようにどんよりとしていた。

すれ違う人に軽く会釈しながら歩いて行くと、すぐに風花の部屋へとついた。

美樹は深呼吸をし、気持ちを落ち着かせるとドアノブに手をかけた。

だが美樹は途中で手を離し、俺の方を見る。

耳を澄ませると部屋の中から声が聞こえた。

「…………だ。………ちゃんは……ね。」

女性の声だった。

この世界では風花には俺達以外に知り合いがいるのだろうか。

「美樹、後からまた来よう。」

もしかすると風花の友達かもしれない、美樹が頷くのを見ると俺達はドアから離れようとした。

だが、その時、不意に風花の部屋のドアが開かれる。

「あれ…貴方達は?」

中から現れたのは見たことのない顔の整った女性だった。

「風花ちゃんのお友達?……そう、なら入ってもらわなきゃね。」

俺と美樹は顔を見合わせる、目の前にいる彼女はポカンっとしていた俺達の肩を掴むと強引に部屋の中へと連れ込んだ。

「いや…俺達はっ。」

断ろうにも断るタイミングが与えられないまま一方的に中へと入れられる。

後ろにいる彼女に顔を向けると彼女は風花のことを指差して微笑んでいた。

一体、なんなんだと思いつつ、風花の方を見ると、そこにはパチクリと両目を開けて微笑んでいる風花がいた。

「目が…覚めたのか。」

風花は口を開けるが、すぐに閉じ、頷いていた。

「お前は俺と…美樹のことがわかるのか?」

間も開けずに彼女は頷いた。

正直、こんなことになるなんて思ってもいなかった俺は動揺を隠せずにいた。

どうして、彼女は俺達のことを覚えているのか、目を覚ますことが出来たのかは分からない。

だけど、ただ一つ言えることは彼女がこうして目を覚ましてくれたことが俺には嬉しかった。

俺は彼女に微笑みかけると彼女は少し、驚いた表情をするがすぐに微笑んでくれた。

「風花さん…。」

俺の背後にいた美樹の弱々しい声が聞こえる。

俺と風花は美樹の方を向くと美樹は目を潤ませながら俺の横へと立つ。

「あの……あの時……。」

美樹が話し始めると同時に風花はわざと大きく咳払いをし、背後に立っていた女性の方を見つめる。

女性はニコニコと笑い出し、机の引き出しの中を探っていた。

俺と美樹は不思議そうに見つめていると彼女は引き出しから手紙のようなものを取り出し、美樹へと渡す。

「これは…。」

風花の方を見ると口を大きくゆっくりと動かしていた。

『よ ん で。」

その時の風花はきっとこんなことを言っていたんだと思う。

手紙を受け取った美樹はゆっくりと丁寧に手紙を開き、中身を読んでいく。

するとすぐに大粒の涙を流し、顔を歪めていた。

そして、手紙を握りしめ、風花の胸へと飛び込んだ。

「ごめんなさいっ…ごめんなさいっ!!!」

大きな声でワンワンと泣きながら美樹は風花へと抱きついていく。

一瞬だが風花の肩がピクッと動く、そして少し彼女は悲しそうな表情をするがすぐにまた微笑み、美樹の頭に自分の頬をつける。

きっと彼女は美樹のことを抱きしめてあげようとしたのだろう。

手紙にどんなことが書かれていたかは分からないが二人の様子を見ると風花は美樹のことを許してあげたようだ。

「おっほん…夏樹さん…でしたっけ、話があるから屋上まで行きませんか。」

背後にいる女性がわざとらしく咳払いをすると俺にそう言った。

俺は頷いて彼女の後をついていく。

そして、屋上へと着くと彼女はフェンスにもたれかけた。

「そのお礼を言っておきますね。風花ちゃんのことを守ってくれたことについて。」

「お礼を言われるようなことをした覚えはないよ。それにあんたは誰なんだ?」

「そうでした、自己紹介がまだでしたね。私は風花ちゃんのお友達で名前は唄歌(うたか)って言います。」

唄歌なんて名は風花の口からは聞いたことがなかった。

やっぱり、彼女はこの世界での風花の友達なのかもしれない。

ただ、少し歳が離れているようには見えるが。

「唄歌か、歳が離れているように見えるが…風花とはどこで?」

「話せば長くなりますよ。」

「構わん。」

まぁ長くても十分とかそれぐらいだろうと思ってはいたが彼女の話は本当に長かった。

要点だけをまとめると、彼女は風花の家の近くに住んでいた大学生で、夜な夜な風花の家から悲鳴が聞こえ、不審に思った彼女は風花の家に忍び込んだ。

そして、中で痩せ細り、今の状態の風花を見つけ、ここの病院へと連れてきた、と言うことだった。

「ここがバレないようにするのは本当に大変でした。風花ちゃんのお父様は血眼になって風花ちゃんを探していましたから。ただ、最近はあまり噂を聞きませんが。」

「それに関しては安心してほしい。もう奴は風花の前には現れないだろうから。」

「……何をしたのかは聞きませんが…風花ちゃんに変わってお礼を言わせてください。ありがとうございます。」

彼女はそう言うとぺこりと頭を下げる。

「それよりも風花はどんな様子なんだ、あの姿を見て…何か。」

「目を覚ましたのは最近のことです。看護師の方が言うにはかなり動揺されていたと、私は看護師の方に風花ちゃんが目を覚ましたら伝えて下さいと言っていたので、すぐに彼女の元へと向かいました。そして、彼女は私の姿を見ると何故か、涙を流し、今のあの女の子のようにワンワンと泣いていました。その後、色々あって今に至るわけですが。」

「何故、風花は涙を?」

「あの子が言うには以前に私と会ったことがあったらしいんです。けど、私が彼女とあったのは彼女を助けたあの時だけ。それなのに彼女は私のことを知っていた。彼女からそのあと聞いた話は現実味を離れていましたが…私は彼女のことを信じることにしました。とても嘘を話しているような素振りには見えなかったし、それに彼女から聞いた話は全部あっていたので。」

彼女はもしかすると風花の言っていた、家庭教師の先生なのかもしれない。

だから、彼女とあった時に風花は涙を流していた。

「そうだったんだな…。それならあんたに頼みがある。風花のことを任せてもいいか。俺にはまだやることがあるからな…。」

「もちろん、そのつもりです。彼女のことは放っておくことができませんし、それになんだか可愛らしい妹ができたみたいで私は嬉しいんです。そうだ良ければ見せてあげましょうか?」

と彼女は言いながら、俺に携帯を差し出す。

そしてまた彼女のマシンガンのようなトークが始まった。

それから何時間か彼女の話を聞くと彼女は満足したようでニコニコしながら俺と風花がいる部屋へと戻っていく。

部屋へ戻ると中では美樹と風花が二人仲良く会話をしていた。

会話というよりは一方的に美樹が風花へ話しかけているように見えるが。

そしてそこに唄歌も加わり、三人で会話を始め、俺は一人ポツンと取り残されてしまった。

しょうがないので、三人が話を終えるまで、椅子に座って近くにあった雑誌を読んで待つことに決めた。

雑誌には特に面白い記事はなかったがページをペラペラとめくっていると興味深い記事を見つけた。

そこには『ヒーロー陰謀渦巻く』と書かれ、下には乱雑に文字が並べられている。

内容はヒーローが裏でヴィランと協力をし、何かを企んでいるとのことが書かれ、写真が二枚隣に貼られている。

その写真は人が二人写っているがどう見てもコスチュームからストーンとボルトだとわかるぐらいに適当にモザイクがつけられていた。

ただ、間違ったことは書かれてはいない。

実際に奴らは手を組んでいた。

ただ、この記事を書いたものはきっと狙われているはずだ。

こんなことを書いてしまえば、奴らが黙っているわけがない。

もしこの記事を書いた者と会うことができれば、奴らのしていることを話すことができるのに。

「あっ、この記事私が書いたんですよっ。」

………思ったよりも近くに本人がいたらしい。

「お前、こんな記事を書いて大丈夫なのか。きっと奴らから狙われるぞ。」

「大丈夫ですよ、名前は公表してませんし。」

そういう問題じゃない、彼女は奴らのことを何もわかっていない。

「奴らからしてみれば名前なんて公表していなくても唄歌の居場所なんて調べればすぐにわかるんだ。それぐらいわかるだろ。」

「もちろん、分かってます。だけど、私はやめませんよ。風花ちゃんの話を聞いて私思ったんです。例え、この世界で起きたことじゃなかったとしても風花ちゃんは私のために戦ってくれた。それなら今度は風花ちゃんの代わりに私が彼女を守りながら戦うって。」

彼女の目からは強い力のようなものを感じた。

彼女もまた大切な人を守るために覚悟を決めたんだ。

「それに…風花ちゃんが言ってましたよ。きっとすぐに私達のことを守ってくれる人が現れるって。」

二人は顔を見合わせると俺の方を見る。

まったく…どうしてこうも俺はお守りばかりをしなければいけないのか。

「だとしてもだよ。もし、俺らがここに来る前に奴らがここを見つけたら…お前らがどんな目にあっていたか。これからはちゃんと考えて行動するべきだ。」

「ですが…。」

「分かったな。」

彼女から聞こえた返事はあまり納得の言ってない返事だったが、彼女達のことを考えると止めるべきだった。

もし、彼女達ではなく別の誰かが書いてくれていたら、俺は喜んで協力をするのだが。

「聞こえ……。た………が………来て。」

無線から突然、心の声が聞こえる。

だが、ところどころでノイズのようなものがはいり、彼女の言葉が聞き取れなかった。

嫌な予感が胸を過ぎる。

俺はすぐに美樹を連れて風花の病室から出ると車へと乗り込んだ。

「どうしたの、おじさん。」

「分からんがすぐに戻るぞ。」

そう言うと俺は車を走らせようとしただが、美樹が大声を出して俺を止めた。

「待ってっ!!!」

美樹の指を指す先にはこちらへ向かって走って来る唄歌の姿が見える。

「すいませんっ、風花ちゃんから美樹ちゃんへ渡して欲しいって。」

彼女はそう言うと俺に黒い手袋を渡して来た。

「本人曰く、もう使い道がないので有効活用してくれって……。」

よく見るとその手袋は風花が戦う時に使っていた手袋だった。

俺はそれを美樹へ渡すと窓から唄歌へ、ジョウお手製の銃を渡す。

「これを持っておけ。いいか、引き金に指をかける時は敵を狙うときだけにしろ。お前に風花のことを任せる。お前が彼奴のことを守ってくれ。」

と彼女へと告げる。

すると彼女は銃をしまい、

「御意。」

と言いながら敬礼をしていた。

俺は頷くと窓を閉め、それからすぐに車を走らせ、アジトへと戻っていく。

「心、聞こえるか。何があったんだ?」

無線から通信を試みるが返信は帰ってこなかった。

「おじさん…。」

後ろから美樹の不安そうな声が聞こえる。

「彼奴なら大丈夫だ。アジトまでもう少しかかる。だから少し体を休めておけ。」

美樹は頷くと目を瞑った。

一体、何が起きたんだ。

何故、心達は通信へ出ない。

小さな不安がどんどん俺の中で大きくなっていく。

ジョウを一人であそこに残してきてしまったことを軽く後悔していた。

もし、またあの時のように怪我をさせてしまったら…。

アクセルを踏む足に力が入る。

ただ今は急いでアジトへ向かうことだけを考えよう。

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