第15話

「…名前は決めたのか?」

「うん。生まれる前から考えてたから。」

「そうか、なんて名前だよ。」

「ん〜秘密かな。」

目の前にいる女性はそういいながら微笑んでいた。

まさか、未来が妊娠していたなんて。

なんでもっと早く教えてくれなかったのだろう。

「それにしてもお前の相手はまだ来ないのか?」

「…うん、仕事が忙しいみたいだからね。しょうがないよ。」

だとしても、生まれてから数日経っているのに一度も会いに来ないなんて。

普通なら何もかもを投げ捨ててでも来ると思うが、こう言ってはなんだがその相手はどうかしてるとしか思えない。

「はぁ…連絡先を教えろ。俺がすぐにでも連れてきてやるから。」

「いいってまったく、お兄ちゃんは昔からそうなんだから。」

「だけど、流石に自分の娘の顔を一度も見にこないって言うのはあり得んだろ。普段、何をしてるんだ。」

「えっと…会社員…かな。最近は…そう…出張とかで忙しいみたいで。今は他県にいるんだよ。」

「こんな時期にか?」

「うん、そう。」

そんな理由だけでは納得することなんてできない。

まぁ、相手がどんな奴だろうと一発はぶんなぐらんと気が収まらないことには変わりないが。

「それで、その子は…その…。」

「安心してよ、お兄ちゃんが思ってる子じゃないから、あの子は普通の女の子。私とは違うよ。」

「そうか…。」

昔から未来には不思議な力がある。

頭の中で強く念じると物を動かしたり、浮かせたりすることができる。

だが、その力は大人になるにつれ、彼女の中から消え去ってしまった。

本来ならば羨ましく思う力だが、その力のせいで彼女はみんなから嫌な目で見られて、苦しい思いをしてきた。

きっと彼女も娘にもそんな気持ちを味あわせたくなかったのだろう。

だから、娘に力がないことを喜んでいるように見える。

「あのね…お兄ちゃん…その…ありがとうね。」

「何だ…いきなり。」

「いつだって私の味方はお兄ちゃんだけだったから…本当に感謝してるんだよ。」

「…そうか。」

俺は頬を掻きながら彼女から目をそらす。

こんなことを言われてしまうと少しだけ、照れ臭くなってしまう。

「だからね、もし…私がいなくなった時は…お兄ちゃんがあの子の面倒を見てあげて。」

「どういうことだ…やっぱりお前…なんか問題でも抱えてるのか?」

「ううん…そんなことないよ。けど…もしもの時に頼れるのはお兄ちゃんしかいないから…だから、お願いね。」

まるで彼女には自分の死期が分かっているみたいに俺にそう言っていた。

あの時の彼女はこうなることがわかっていたのかもしれない。

だからあの時、俺にそう言ったんだと思う。

結局、彼女はその後すぐに亡くなった。

彼女はヒーロー達の戦いに巻き込まれ、建物の下敷きになってこの世を去ったんだ。


「…だから、俺は…許せないんだよ。奴らのしていることは街や市民を助けること、それは確かに他の人にはできない立派な行いだと思う。だけど、その戦いのせいで巻き込まれ、死んでいった人たちもいるんだ。彼奴らはそのことに関しちゃ、薄っぺらい謝罪しかしていない。それじゃダメなんだよ。奴等のせいで家を無くしたものだって家族を亡くしたものだっているんだ。それなのに周りは狂ったように全てをヴィランの所為にし、ヒーロー達を擁護している。全ての元凶はヒーローを誘き出す為に街を暴れたヴィランなんかではない。そんなヴィランを作り出してしまったヒーローこそが元凶なんだよ。」

「それで貴方は彼らと戦うと決意したのですか?」

「……ああ。偉そうなことを言ってはいるが、本当は奴等に復讐をしているだけだ。そう考えるとやっぱり、俺はヴィラン側の人間なのかもしれないな。」

「ふふふっ、そうかも知れませんね。」

名無しはそう言うと笑っていた。

俺はこいつが笑うところを初めてみたかも知れない。

まぁ…マスク越しなんだが。

「夏樹は…殺しはしないと仰っていましたが、そんな目にまであって何故…?」

「死んだらそこで終わりだろ?天国や地獄があるかなんて生きてる限りじゃ、分からないんだし。それにあいつらが地獄に行くかも分からんしな。それなら、生かせて、罪を償わせる方がいい。そう考えただけだよ。」

「…私にも…殺したい相手がいます。その相手もそうした方が良いのでしょうか…。」

「それはお前が決めることだ。俺が決めることじゃないよ。その時のお前がどうしたいって気持ちで決めてやれ。後…あの爆発はもう辞めてくれよ。心臓に悪いから。」

胸ポケットからタバコを取り出すと口へ咥える。

「ふふっ、そうですね。後…タバコ…やめておいた方が…いいと思います。」

「うるせ。」

火をつけようとするがライターが見つからず、ため息を漏らすと隣でパチンと音が聞こえる。

その瞬間、咥えていたタバコの先に火がついた。

「便利なもんだ。」

「お礼はいいですよ。」

それにしてもジョウと美樹はいつになったら姿を現わすのか。

あれからしばらく経っているが全然、姿を現そうとはしなかった。

「遅すぎるな…。」

「……ええ、何かあったのかも知れません。貴方はここにいてください。私が探して来ますから。」

「いや、俺も…。」

「怪我人が何を言っているんですか。安心してください。私が必ず、見つけ出しますから。」

そう言うと名無しはジョウ達を探しに歩いて行った。

アジトを襲撃されてから時間がかなり立つ。

俺は名無しの起こした大爆発に巻き込まれ、意識を失っていた。

そして目を覚ますとここにいた。

名無しに聞いた話だと、敵の攻撃をかいくぐりここまでバイクで連れて逃げて来たらしい。

俺も名無しのことを手伝いに行きたいが爆発により、軽い怪我を負いこうして手すりに背中を預けて座っていることしかできなかった。

「すぅっ…はぁ。結局、禁煙は出来そうにないな。」

それからしばらく、座りながらタバコを吸って待っていると隣に置いてあるマスクから声が聞こえてくる。

マスクを手に取ると頭に装着し、通信を聴くと聞いたことのある女の声が聞こえて来た。

「くそっ……ノー……くれっ。美樹が……た。」

所々が途切れ、一部しか聞くことができなかったが、ジョウの声だ。

俺は痛む身体を無理矢理、起こし、タバコの火を消すとバイクに跨る。

「ジョウっ、今どこにいるんだっ。」

「…えない。……の……とこだ。…凛……る。」

くそっ、ノイズが酷すぎて肝心な場所が聞き取ることができなかった。

だけど、凛と言う言葉は聞くことができた。

凛なら二人の居場所がわかるのかも知れない。

「凛っ、今すぐ起動しろ。」

画面の真ん中に凛と書かれた文字が現れる。

「お呼びですか?」

「今すぐにジョウと美樹の元へ連れて行ってくれっ。」

「ジョウ様と美樹様ですね、二人の居場所を検索中。…見つかりました、ただジョウ様と美樹様はそれぞれ別の場所いにいます。どちらへ案内いたしましょう。」

二人は別々にいるだと…。

一体、どう言うことだ。

「二人の状況はっ!!!」

「ジョウ様はスマイルに襲われ、怪我をなさっています。早めに助けなければこのまま命を落としてしまうかも知れません。それと美樹様は何者かに連れ去られている可能性があります。」

くそっ、どっちを選ぶ。

美樹を助けに行けばジョウが危ない。

だが、ジョウを助けに行けば美樹が攫われる。

「名無しはっ。名無しは何をやってるんだっ。」

「ノーネームは今、別の相手と戦闘中のようです。」

「二人を助けに行くことはできんのかっ!!」

「二人の距離はだいぶ離れています。一人しか選べません。」

…悪い、未来。

必ず美樹は取り戻す。

だから…許してくれ。

「…今から言う方の案内を頼む。」

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