第9話
なんて火力だっ。
一瞬でも気を抜いたらやられてしまう。
名無しの息をつく暇がないほどの攻撃をなんとかギリギリでかわしながら戦っていくが歳のせいか足がもつれ、ピタッと足を止める。
気がついたら壁を背にし、ジリジリと名無しが迫って来ていた。
どうにかして逃げ出そうとしたが情けないことに足がつり、それを見逃さなかった名無しは俺の前に移動し、俺の顔の前に手のひらを広げる。
「勝負あり…ですね。」
まったく、これほどの手練れだったなんて。
フェザーから逃げ出してここにいる理由が納得できた。
「これほどまでに強いとはな…。」
「いいえ、貴方が弱すぎるんですよ。」
「…ったく、最近の若い奴は何でもズバッとはっきり言いやがって。」
その場に座り込んだ俺に名無しが手を差し伸ばす。
だが俺は手を払い、自分で立ち上がった。
これじゃ、本当に足手まといのままだな。
「それで…私の力のことを理解できましたか?」
「ああ、多少はな。まぁ加減はしていたんだろうが、それでも手も足も出なかった。お前が仲間になってくれるって言うのなら……心強いよ。」
「ふふふっ…それは良かったです。それでは改めまして、よろしくお願いします。」
俺は彼女の手のひらを見るとチラッと顔を覗く。
「はぁ…まぁ、そうだな。」
あんまりこういうことはやらないのだが。
彼女の手を取ると強く握る。
少しづつだが名無しのことを俺は自分では知らないうちに認めて来ているのかもしれない。
そして俺達は奴らの企みを探るために協力を始めた。
俺と名無しは街に行き、それぞれ別行動で奴らの行動を伺う。
だが、特に有益な情報を得ることは出来ず、時間を無駄にしてしまう。
ジョウはと言うと隠れ家に残り、美樹の容体を観ながらあるものを作っている。
これから先、必要になるものだ。
街の様子は平和そのもの…とは言い切ることができず、相変わらず悪党どもが悪さをしている。
どうして人は力を持つとここまで変わってしまうのだろうか。
いや、もしかするとこれが本来の人の有様なのかもしれない。
ヴィランもヒーローも関係ない。
奴らのやっていることは同じだ。
使ってはいけない力を持ち、人に見せびらかすようにそれを披露して戦う。
奴らはただのタチの悪いパフォーマーだ。
何がヒーローだ、何が正義の味方だ。
奴らは何も分かっていない。
その力に巻き込まれ、被害を受けている人々のことを。
奴等が壊したものを誰が直している。
奴等の戦いに巻き込まれた人達を誰が救っている。
みんな力を持たぬ人間だ。
やはり、力を持つ人間はこの世界に必要ない。
「名無し、行くぞ。」
「…ええ。」
誰も奴らのやっていることに疑問を持たないのか。
奴等に誰も罰を与えないならば、俺が奴等に罰を与えよう。
ヒーローなんかこの世界には必要ない。
それを俺が教えてやろう。
名無しと別の場所へと移動している最中に無線から連絡が入って来た。
無線から聞こえてくる声はジョウのものだ。
何かあったのだろうか。
「それで、奴等に何か進展は?」
「特には何もない。奴らはいつも通りに偽善活動を繰り返しているだけだ。」
「そうか…収穫はなしか。」
「そっちの様子はどうですか?」
「頼まれていたものはあと少しで出来そうだよ。それと…美樹のことなんだがすぐに戻ってきてくれないか?」
俺と名無しは顔を見合わせるとすぐに隠れ家へと戻る。
どうやら美樹に何かが起きたみたいだ。
悪いことではないといいが…。
正直、言って美樹がいつまでも寝ているのは、やはり異常だと俺は思う。
何故、あの子は目を覚まさないのか。
ジョウは異常はないと言っていたがなんだか胸騒ぎがする。
隠れ家へと着くと俺はすぐに美樹の元へと向かった。
「ジョウっ、美樹は?」
「これを見てほしい。」
ジョウは美樹の手を取ると手の甲を見せてきた。
美樹の手の甲には何やら紋章のような痣が出来ている。
十字架を逆さにし、三角形が円状に十字架を囲った痣。
「これは?」
「分からん…私もさっき気づいたんだ。もしかすると…奴等の言っていた力とやらが目覚め始めているのかもしれん…。」
力が目覚め始めている、その力がどんなものなのか分からないがいいことではないのは確かだ。
「なんとかして目覚めさせるのを止めることはできないのか?進行を遅れさせるとか。」
「分かるわけないだろ。私は能力者の体についてはそこまで詳しくないのだから。手の打ちようがないよ。」
これではこの子までもが彼奴らのような化け物へと変わってしまう。
それだけは絶対にダメだ。
「何か方法を考えてくれっ。このままではこの子まで…。」
「やれることはやってみるが…あまり期待はしないでくれよ。」
運命というものは残酷だ。
俺は能力者…ヒーローが憎い。
それなのに神はこの子を奴等の仲間入りさせようとしている。
この子が力に目覚め、ヒーローとなってしまったら俺はどんな顔をしてこの子に接すればいい…。
「夏樹、酷い顔をしているぞ。外で風にでも当たってこい。」
俺は頷くと外へと向かう。
そして、財布の中に入れていたタバコを取り出し、火をつけた。
あることをキッカケに俺はタバコを吸うのはやめた。
だが、辞めるときに一本だけ、財布の中にタバコを忍ばせていた。
いつか、吸いたくなったときのために取っておいたものだが、ずっと吸わずにしまってあったままだった。
懐かしい匂いがする。
この煙の匂いを嫌っていた人がいる。
何から何まで本当に懐かしい。
「タバコ…吸われるんですね。」
後ろを見ると名無しが立っている、俺は返事をせずに前を向き、またタバコを吸っていた。
「私の…知り合いもタバコを吸っていました。ただ、あまりいいものとは思えなかったですが。」
「そうか。」
俺は愛想のない返事を返す。
「貴方はあの子の父親なのですか?」
「どうしてそう言える?」
「いえ、何だかとても心配していたので…。」
「……あの子は…連れの子だよ。」
「どうして貴方が?」
「少し前に死んだからだ。」
名無しは何も言わずに俯いた。
少し辛気臭い雰囲気になり、沈黙が少しの間、訪れる。
だが、その沈黙に耐えられなかったのか名無しはすぐに口を開いた。
「私も…家族を亡くしました。」
「そうか。それは気の毒だったな。」
俺に気の利いた返事を求めているのだとしたら、それは間違いだ。
俺にはそんな気の効いたこと言葉など話すことはできない。
「貴方に家族は?」
「さぁな、空の上で元気でやってるだろうよ。」
俺の反応に名無しはイラついているのか、少し声が大きくなってきている。
「貴方は家族の死に何も感じていないのですか?美樹の母親が亡くなったことには何にも感じないのですかっ。」
「………。」
名無しは俺を責めるように大声を出しているが俺は何も言わずに遠くを見つめる。
「私は貴方と似ているって思っていましたが…どうやら気のせいだったようですね。先に…戻ります。」
何も答えない俺を見ていた名無しは拳に力を入れると隠れ家の中へと入って行った。
「感じているさ。だから、こうしてチャンスを伺っているんだ。」
彼女達とは馴れ合うつもりはない。
親しい関係になってしまえば、彼らのことを利用することができなくなる。
俺は奴らを捕まえるためには何でも利用するつもりだ。
それが仲間だろうと何だろうと関係ない。
俺は自分の道を進むだけだ。
タバコを吸おうと口元へ持っていくが吸っても吸った感じがしなかった。
「…はぁ…こりゃ、また禁煙しろってことか。」
見てみるとまだ全然吸ってないにも関わらず、タバコは短くなり、火種が地面へと落ちていた。
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