第10話

 さて、それから日は流れるように過ぎ去って、あっという間に8日目――つまり、一週間のうちの七日目である。


 春希と死神はこれまでと変わらず、あの景色を見に来ている。


 死神は笑顔で星を眺めているが、春希はと言うと、とても暗い顔で星空を眺めている。


 死神は疑問に思ったが、今日は何があるのか思い出す。


 それと同時に、一週間前、自分が春希に告げた言葉を思い返す。


『いいえ、それはできません。私達死神は、人間と契約し、一週間考える期間を与えるんです。そして、一週間後、契約者に、死んでも大丈夫か、殺されても文句は無いか訪ね、イエスなら殺し、ノーなら別のターゲットを探します』


 そう告げたあとの春希は、と質問した。


 それからしばらく考え、思い出す。


 ――そういえば……あのあと、春希さんは聞いてきましたね、『じゃあなんで人を殺すの?』って。


 死神はなんとなく春希の腕時計をみて、時間を確かめる。


 そして暗い顔の春希に告げた。


「時間です、春希さん」


 死神は春期に声をかけたが、春希は聞こえてないのか空を眺めたままだ。


「春希さ――」


「死神さん」


 死神の言葉を遮り、春希は話し始める。


「僕ね、死のうと思うよ」


 死神は泣きそうになったが、なんとかこらえる。


 そして春希にこう問いかける


「どうしてですか?」


「この一週間、この星空をみて、綺麗だなあと思うことはあった。でも……でも、僕はそれ以外何も感じられなかった。こんな白一色の世界なんて僕には耐えられない」


 そう言って春希は下を向く。


「――じゃあ何故! 何故あなたは泣いているんですか!」


 死神は思わず声を張り上げそういった。

 死神が今言ったように、下を向いてうつむいた春希の目からは小さな雫がこぼれ落ちた。


「あなたは! 悔しいって思ったんでしょう!? 美術館で他の方の作品をみたときに、左手を握りしめているのをみました! 口では賞賛していながら、顔は歪んでいました! 本当は……本当は悔しかったんでしょう!?」


 死神は春希にそう叫ぶ。

 ――が、春希はうつむいたままだ。


 しかし、春希の目からは、たしかに涙が流れ落ちていく。


「この場所でだって、あなたは美しいって感じたんでしょう!? 本当は気づいてたんでしょう?」


 死神の言葉が、優しく、包み込むように春希の心の穴を塞いでいく。


「なのに何故あなたは、死のうとするのですか! 何故努力をせずに!! 自分のからに閉じこもってしまうんですか!!」


 春希は相変わらずうつむいて、無言を貫き通している――が。春希は大量の涙を流しながらも、静かに泣いている。


「生きようとは思わないんですか!!」


 ――ああ、やっちゃったなあ。


「……ごめん、死神さん」


 春希は言葉を発した。

 死神は春期の次の言葉を待つ。


「たしかに僕はこの一週間、死神さんと過ごしていて気づいたよ。――ああ、僕にも感情はあったんだ、って。それでも僕は人と関わることが怖かった。いつ消えてしまうかわからない僕の感情が、消えてしまうのが怖かった」


 そう言って春希は上を向く。これ以上何もこぼしてしまわないように。


「そうやって、自分に言い訳して、人とかかわらないように生きてきた。死神さんが来る前も来たあとも」


 春希は深呼吸して言った。


「だからごめん、死神さん。僕は自分のこの感情に気がついて初めて思ったんだ。『生きたい』って。楽しい、綺麗、美しい、悲しい、怖い、熱い、寒い、痛い、痒い、眠い、つらい……色んな感情に気がついて僕は思ったんだ、生きたいって」


 そう言って春希は死神の眼を見る。その眼は覚悟を決めたように視えた。期待のようにも感じられた。


「契約は中止でいいんですね?」


 死神は春希に問う。

 春希はまた少し涙をこぼしながら、


「はい」


 そう短く答えた。


 その瞬間、死神の体が淡い光りに包まれる。


「私はやっぱり、どうしてもターゲットになった人に生きてほしいって願ってしまうみたいです。だって生きてるってことは素晴らしいんですから。だから……だから、今回も契約は失敗です」 


 そう言って死神は春希に微笑んだ。

 その体はもうほとんど透けてしまっている。

 

 春希は、死神の華奢な身体の向こう側に神社の景色が見えてきた時、肌が粟立った。


 ――死神さんが消えてしまう。


 春希は酷く憔悴した。慌てて立ち上がって、彼女の身体に触れようとして、手が虚しく空を切る。絶望的だった。


 そうして、来たときと同じように、死神は春希の前からいきなり消えてしまった。

 まるで夢でもみていたかのような気分だった。

 春希は思った。




 そして次の日。


 春希はいつものようにめを覚まし、思い、なんとなく声に出して言って見る。


「――あー、いい朝だなあ」


 そう言って窓の外を見ると、空には雲がひとつだけ、浮いていた。


 ――その雲は、大鎌のような形をしていた。


 なぜ大鎌と思ったのかはわからない。直感的にそう思った。


 春希は今日も学校へ行く準備を始めた。


 ――これまでのような、沈んだ気持ちではなく、雲のように浮いた気持ちで。

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