人を殺さない死神

あいれ

第1話 

 いつの間に眠っていたのだろう。

 遠藤 春希は目をあけた。

 ここは、春希の家から一キロほどの神社。

 この神社は管理する人が居ない。そのため、よほどの用が無い限りは誰もここには来ない。

 春希はこの神社から見る星空が好きだった。

 ここからの眺めが好きだった。

 でも今日でお別れ。


「ぼくはもう生きるのに疲れた」


 そう、春希は疲れた。何をやっても上手く行かない日々。誰と話しても何も感じない。何をしても何か感じることは無かった。ほんの少し何かを感じることもあるがそれは一瞬。瞬きにも満たないほどだ。周りからは奇異の目で見られ、親でさえも不気味がる。こんな世界の何が楽しくてぼくは生きてるんだろう。と春希は一瞬思った。しかし、思ったと言っても本当に一瞬で、そのことを考えるのを止めてしまった。


「最後に一度くらい、楽しいとか、悲しい、とか、嬉しいって感じてみたかった」


 春希は心からそう思った。


 何処に居るの、ぼくの感情。

 どこに隠れているの、ぼくの感情。


 春希は星空を見ているときにしか何かを感じることは無い。

 それでもせいぜい、綺麗だなぁ……程度のものだが。


 しかし春希はそれを感じ取れることが嬉しかった。

 この感情を発見してから春希は毎日ここへ足を運んでいる。

 

 しかし、先程も述べたとおり今日で最後。


 春希は決心した。自殺をしよう。と。

 


 場所は街にある廃ビルの7階。軽く15メートルはあるはずだ。

 

 これはずっと前から決めていた。


 8年前。ここで自殺した男子高校生がいた。


 春希は、かの男子高校生がそこで何を思い、そして、どんな感情で死んでいったのか、自分も同じ立場に立つことで、確かめたかった。


 どうせこんな人生だ。


 春希は恐怖を感じなかった。

 感情が無いのだから。


「……よし」


 行こう。

 春希は15分ほど歩いて廃ビルまでやってきた。

 ここまで来ても春希は何も感じられなかった。

 せいぜい、「あぁ、ぼく、死ぬんだなぁ」くらいのものだった。


 春希は窓をこじ開けた。そして地面を見下ろす。


「ここから飛び降りたのか」


 もちろん春希は恐怖を感じ取っていない。だからこそ思った。

 

「怖くなかったのかなぁ……」


 春希は身を乗り出した。

 やはり何も感じ取れない。


 感じても、「あぁ涼しい」程度のもの。


 その時だった。春希の眼前に、少女が空中に現れ、春希の目を覗き込んでいた。ほんとうに一瞬のうちに現れ、春希は吃驚びっくりして身体を後方へと仰け反らせた。

 少女は真っ白の死覇装しはくしょうを纏っていて、背中辺りまで伸びた白髪、真紅の瞳。更に方には大鎌を担いでいる。

 ――死神……?

 春希はひと目でわかった。死覇装というものを知っていたからこそ死神とわかったのかもしれないが。

 しかし疑問が生じる。何故、黒じゃないのか、と。


 少女が春希を見てため息を吐いた。


「こんばんは、えー……と、春希さんね? 遠藤春希、あってる?」


 綺麗な声で少女は話し始めた。しかし春希は何も感じない。

 そして答える。


「そうです、ぼくが春希です。死神さんですか?」


 少女は驚いたように目を見開き、そして落ち着きを取り戻し、答える。


「そうですよ、死神です。あなたは今死のうとしていらっしゃいますが、もう少し先に伸ばしていただきたく、そのお願いに参りました」


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