第21話 帰還


 死王との戦いは終わった。




「ようセヨン。ちゃんと見てたか?」




 私は鎧から身をのりだし、呆然とこちらを見てくるセヨンに声を掛けた。


 その目と口は驚愕に開かれていた。


 どうやら正気に戻ったらしい。




「うん、目ん玉かっぽじって見とったよトンボ……あれがトンボん秘密……壁魔法……」


「どうだ、スゲーだろ?」




 私が自慢気に笑って言うと、セヨンもニッカリと笑った。


 そして息を大きく吸うと、一気に喋りはじめた。




「凄かった! ダンジョンコアん制御ばダンジョンマスターから奪うなんて! 神ん造り出したダンジョンに干渉しきる力! トンボは本当に神ん領域へ足ば踏み入れとーったい! 壁魔法ってなんなんや?! 他に何がでけるったい?! 解剖したらつまらん?!」




 鼻息を荒くして捲し立てるセヨン。


 マッドな解剖厨め、すっかり元通りだな。




「色々教えてやるけど、その前に……」




 私はセヨンの樽鎧の蓋状の兜を脱がし、その頬を両手で包み込んだ。


 そしてセヨンの顔に顔を近付けていく。




「え? ト、トンボ?」




 何故か赤くなるセヨン。


 しかし私の顔は止まらず。


 その額に思い切り頭突きを叩き込んだ。




「いだー!! トンボなんばしよっとー!」


「なんばしよっとー。じゃねぇ! てめぇの所為でこっちは大変だったんだぞ! ダンジョンなんて危ない所に一人で行くとか、アホなのか! いいか、次勝手にいなくなりやがったらこんなんじゃ済まさねぇからな! わかったか!」




 額を押さえて涙目になるセヨンに、私は溜まってた言葉をぶつけた。




「ちゃ、ちゃんと勝算はあったんばい。転移ん罠にさえかからな……!」


「わ か っ た か!!」


「う…………わ、わかった、ごめんなさい」




 私に睨まれようやく素直に謝ったセヨン。


 こういう所は本当に、頭でっかちの研究バカって感じだ。


 まぁ、謝ったから今回は許してやるか。




「よしっ! じゃあさっさと戻るか。モヒートさんも心配してたぞ」


「親方が……うん、帰ろう」




 セヨンの頭に再び蓋兜を被せ、後ろを向いてそいつと目が合った。




「あっ…………」


『ギャウ?』




 主である私の命令を待っているのか、大人しく伏せをしているノリと勢いで召喚したドラゴン。


 そういや居たなコイツ、どうしようか。




「なぁセヨン。ダンジョンコア壊したらダンジョンの魔物ってどうなるんだ?」


「ダンジョンも魔物も消滅する。そん場合中ん異物、つまりうち達や冒険者はダンジョンの外に強制転移させらるー」




 じゃあダンジョンコアを壊したらコイツは消滅しちゃうのか。




『ギャウギャウ!』




 手のひらにドラゴンの鼻頭を撫でた感触がまだ残っている。


 流石にこのまま消すのは後味悪すぎるだろ。




「お前、私のペットになるか?」


「ト、トンボ?! ダンジョンで産まれた魔物は外に出ると無差別に人や街ば襲うごとなる! 危険過ぎる!」




 私の言葉を聞いたセヨンが、慌てて止めるよう忠告してくる。




 ダンジョンから溢れた魔物が街を襲う、スタンピードだったか?


 しかし、それはダンジョンに縛られていた場合の話だ。




 ダンジョンコアの仕様を知れば理解できる。


 人を呼び込みたいダンジョンマスターが、“ダンジョンを攻略しないと危ないぞ?”と警告して人を呼ぶ為に行うのがスタンピードなのだ。


 だから冒険者が多く入っているダンジョンではスタンピードが起こらない。




「理屈はわかったけど……ドラゴンばい? いざっちゅう時ん被害ば考えると……それにダンジョンの外に出た魔物だって、ダンジョンコアが壊れたら消滅することに変わりはなかばい」


「おいおいセヨン。私が何者か忘れたのか?」




 セヨンの紫色の瞳が、キラキラと期待に輝き私を見つめた。




「今度は何ばするったいトンボ……!」


「次はもっとスゲーぞ?」


「うひーー!」




 私が期待を煽ると、セヨンは発狂したように樽鎧を震わせまくった。


 正直言って怖い。




 でも、隠し事をしないで済むって楽だわ。




「壁魔法『箱庭世界クリエイトワールド』」




 私は箱庭の入口を開く。




「そりゃ、前に見た箱?」


「そうだ……いくぜ? “転送”」




 私はセヨンとドラゴンを箱庭に招待した。


 樽鎧とドラゴンが吸い込まれるように白い箱に入っていく。


 もちろん私も一緒だ。




「こ、ここは外? 転移ん魔道具っていうんな本当やった?」


『ギャウゥッ?!』




 薄暗いダンジョンの中から急に陽の光が差す草原に転送され、セヨンとドラゴンは戸惑っていた。




「ここは私の箱庭だよ。そうだな……分かりやすく言うなら、壁魔法版のダンジョンってところか? こっちはダンジョンポイントなんて面倒なモノは無いけどな。ほら、オーダー“火山”」




 私がリクエストした瞬間、草が消え剥き出しの地面が盛り上がり、山を形作っていく。


 そして数分も経たず、エメトの岩山には及ばないがそれなりの大きさの火山が完成した。


 当然噴火なんてさせないが、火口に行けば溶岩を見ることもできるだろう。




「嘘……なら……ならここはトンボが造った世界なんか……」




 その光景を見ていたセヨンが、震える声を絞り出した。


 理解が早いな。




「トンボは……神様なんか……?」


「はぁ?! 止めてくれ……私はただの人間だよ。ちょっと特殊なスキルを持ってるってだけだ」




 セヨンまで村長さんみたいな事を言い出したよ。


 勘弁してくれ。




「とりあえず、詳しい説明はまた今度だ。今はお前の方を片付けよう」


『グギャウッ!』




 どうせセヨンはまた招待することになるんだろうし、今はドラゴンの方が優先だ。


 火山を出した時点でお察しだが、ドラゴンを火の管理者にしてダンジョンの支配を上書きする。




「お前にも名前をやらないとな……うーん……カルデラ。そうだなカルデラだ! お前の名前はカルデラ!」




 カルデラは火山活動によって作られる盆地の事で、“釜”や“鍋”などが語源と言われている。


 丁度用意したのが火山だし、釜や鍋みたいに生活に役立つ平穏な火の管理をしてもらいたいという願いを込めた。




『ギャウギャウ!』




 カルデラも名前を気に入ってくれたらしい。




「カルデラ。お前をこの箱庭の火の管理者に任命する」




 頷くカルデラに私の権能の一部を譲渡する。


 瞬間、火山が火を噴いた。


 そして火口から飛び出した炎がカルデラに流れ込む。




「うわぁー! なんや?!」




 事態を飲み込めないセヨンが、咄嗟に樽鎧を丸めて身を守る。




『ガアァーー!!』




 炎を吸収したカルデラがぐんぐんと巨大化していく。


 ただでさえ大きかった巨体は、今や全長二十メートルは超えている。




 炎が収まると、生まれ変わったカルデラが姿を現した。


 カルデラは赤く輝く鱗はそのままに、立派な角と翼を持ったドラゴンになっていた。


 それに腕や尻尾など身体のラインがシャープになり、巨大になったのに全体的に前より細くなった印象を受ける。




 ぶっちゃけカッコいい!




『ぶっちゃけカッコいいっすわー!』




 私の思考とまったく同じ言葉がカルデラの口から放たれた。




「は?」




 カルデラが長い首を使い、自分の腕や翼を動かしながら確認している。




『いやー、自分スマートになってませんかこれ? 滅茶苦茶力もみなぎるし、姐さんのペットになって正解だったっす!』




 ギザギザの牙の生えた口でニッと笑い、軽いノリで私に話しかけてくるカルデラ。




「え? お前……そんな口調なの?」


『そうっすよ? そうだ! 自分任命されたこの箱庭の管理頑張るッす! これからよろしくっす姐さん!』


「姐……さん……」


『あっ! 姐御とかの方が良かったっすか? いやー、エルダーリッチ相手にタンカ切る姿がマジカッコよかったんで、姐さんって呼ばせていただいてます!』




 テンションたけーよ!


 三下みたいなしゃべり方するドラゴン。


 なんかドラゴンに抱いていたイメージが崩れていく。




「カルデラ、お前しばらく黙れ。口開いたらお仕置きだぞ」


『えぇー! なんでですか! ヒドイっすよ!』


「あぁん?」


『………………』




 私が睨み付けると、慌てて自分の手で口を押さえ黙るカルデラ。


 わかってる。カルデラは悪くない。


 わかっちゃいるが、受け入れるのに時間が掛かりそうだ。




「つー訳で、さっさと帰るぞセヨン」


「なっ、なな、なんやそりゃー?! ま、魔物が進化した?! それに喋るなんて!」




 セヨンが叫んでいるが、説明はまた今度だ。




「ってセヨン、カルデラの言葉がわかるのか?」


「わかる……そうか! ピンとエメトとコタローもそんドラゴンと同じなんか! まるで会話しとーみたいじゃなくて、本当に会話しとったんか!」


「うーん、箱庭限定なのか、一度招いたら外でも話せるのか、それも後で確認しないとな」




 っていかんいかん。考え事は後だ。


 モヒートさんも待ってるんだから、いい加減戻らないと。




「カルデラは分身作れるのか?」


『…………コクコク』




 私の質問に無言で首を縦に振るカルデラ。


 コタローと同じように分身を作れるらしい。




「なら外に連れていくから出してみろ」


『…………コクコク』




 炎が集まり小さな竜を形作る。


 炎が弾けると、そこには三歳ぐらいの子どもサイズにまで縮んだカルデラの姿が。




 ぐわっ! ベビードラゴン! 可愛いじゃねーか!




『………………』




 しかし、小さなカルデラも律儀に命令を守って黙ったままだ。


 心なしかその姿から哀愁を感じる。




「はぁ~、私が悪かった。カルデラもう喋っていいぞ」


『ぷはー! いやー黙ってるって大変っすね!』


『小さい自分はまだいいっすよ! 自分なんて結構長かったっすからね!』




 二匹いっぺんに話すんじゃねぇよ!


 喧しさ二倍か!




「とりあえず帰るぞ! こっちのカルデラは先輩達から色々教われ。ピン、エメト、コタローも任せた」


『了解っす!』『まかせてー!』『ーーん!』『お任せを』


「えっ! トンボもう少し調べさせて!」


「うるせー! “転送”!」




 まだ箱庭に残りたかったらしいセヨンと、小さなカルデラを連れてダンジョンに戻る。




 なんかどっと疲れた。




「よし、ダンジョンコアの機能使って、私達の入ってきた入口まで戻るぞ」


「あぁ、うちん未知が! まだまだ知りたか事があったとに!」




 まーだ言ってるよ。


 どうやらセヨンの研究者魂に火がついたらしい。




「続きはラプタスに帰ったらな。それまでは我慢しろ」


「本当か?! よし!」




 まぁ、それで今日の辛かった記憶が薄まるなら、そのぐらいの約束構わないさ。




「じゃあ飛ぶぞ? ダンジョンコア、転移陣起動!」




 ダンジョンコアを掴み、転移陣を起動させ、私達は死王の凌墓から脱出した。




 転移が終わり、私達は見覚えのある小部屋へと帰ってきた。


 ミスリル洞窟のダンジョン入口があった部屋だ。




 私とセヨンが部屋から出ると、ずっと入口を見張っていたのか、すぐにモヒートさんが走ってきた。




「二人とも無事じゃったか!」


「おう! 約束果たしたぜ?」


「うむ、うむ!」




 目に涙を溜めながら大きく頷くモヒートさん。


 モヒートさんの涙を見て、セヨンが息を呑んだ。




「親方……あの……うち……」


「この馬鹿者が!」




 モヒートさんの拳骨がセヨンに落ちる。


 しかし、兜越しの一撃はモヒートさんの手を痛めただけだ。




「もしもお前に何かあったら、ワシは死んだ友に申し訳がたたんわい! じゃが……よう無事で帰ってきた。本当に、本当に良かった……!」


「お、親方っ! う、うち……ごめんなさい! ごめんなさーい! ひっく、うわぁーん!」


「まったく、馬鹿娘め……」




 それでも、どんなに硬い鎧に守られていても、セヨンの心に響く一撃だったんだろう。


 遂にセヨンは泣き出してしまった。




 それに、みすみす危険なダンジョンにセヨンを行かせてしまった自分が許せなかったからって、不器用な爺さんだよな。




「トンボ嬢ちゃん、セヨンを無事に連れ帰ってくれて感謝する。ありがとう」


「私には私の助ける理由があったからな」


「ふんっ、他人の感謝は素直に受け取っとけ。ひねくれ者め!」


「それをあんたが言うのか……」




 まったく、素直にいい雰囲気で終わらせられないもんかね。


 このひねくれ爺め。




「まぁいいさ。じゃあ、最後の仕上げといきますか」


「最後の仕上げ?」


「ミスリル採掘するならこのダンジョンは邪魔だからな。ガンボ村の為に、ひいては私の心の平穏の為に消えてもらうのさ」




 私は手にしたダンジョンコアをモヒートさんに見せた。


 それを見たモヒートさんが目を丸くした。




「ま、まさかダンジョンコア……なのか? この短時間でダンジョンを攻略したのか?!」


「ショートカットできたからな。という訳で、ご苦労さんダンジョンコア……」




 私はダンジョンコアを真上に放り投げる。




「あばよ、『蜻蛉切り』!」




 空中で私の蜻蛉切りにより、驚くほどあっさりと真っ二つに切れたダンジョンコアが地面に落ちる。


 そして徐々にその輝きを失っていく。




 同時にダンジョンの入口が、まるで幻のようなに揺らぎ、洞窟に溶けて消えた。




 これでもう、死王の凌墓が人の命を喰らうことはなくなったのだ。


 永遠に。

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