第3話 箱庭世界


 セヨンの案内で私はラプタスの街にたどり着いた。


 街は壁に囲まれており、街へ入る為の門には門番が立っている。

 街へ入るには審査があるらしい。


「セヨンじゃないか、今日はどうだったんだい?」


 私達に気付いた門番が私達、正確にはセヨンに気さくに声をかけてきた。

 どうやらセヨンと知り合いらしい。


「……つまらんかった。マーダーグリズリーに襲われたけん、実験は失敗や」


 気落ちしたように肩を落とすセヨン。

 ちなみに“つまらん”は博多弁で“駄目”を意味する。つまり“つまらんかった”は“駄目だった”って意味だな。


 ……なんで私が翻訳機能の翻訳をしなきゃならんのだ。


「マーダーグリズリーに?! よく無事だったな!」

「トンボが助けてくれたんや」


 樽鎧の蓋が回り、紫色の瞳が私を見た。

 セヨンの視線を追って、私を見た門番の目が驚愕に見開かれた。


「あんたまだ若そうなのに、Cランク魔物のマーダーグリズリーを倒すなんて、凄いんだな」


 どうやらこの世界の魔物はランク付けされており、それを脅威度の目安にしているみたいだ。


 そして確信した。

 翻訳機能は正常だ。

 多分セヨンの訛りが凄くて、翻訳機能がそれを再現しているんだろう。

 何故博多弁なのかは不明だが。


「魔法が使えるんで、それでなんとか。それより私は外国から来たんで、この国の身分証を持っていないんっすけど?」


 あまり追及されるのも嫌だったので、早々に話を変える。


「そうか、ならこれに触れてくれ。犯罪歴を確認する魔道具だ」


 どういう原理かは知らないが、便利な道具があるものだ。

 私が門番の差し出したカードに触れると、カードは白く光った。

 

「問題なし。仮の身分証を発行するから、三日以内にギルドか役所で、正式な身分証を作って交換してくれ。仮の身分証含めて、通行料は銅貨五枚だよ」


 私はポーチに手を入れてアイテムボックスを発動させると、金貨袋を取り出して、中から金貨を一枚出して門番に渡した。


「金貨とは豪勢だな。釣りを用意するから待ってくれ。それと、そんな大金を見せていると悪い奴に襲われるから気を付けろよ」


 門番に釘を刺された。

 確かに無用心だったか。

 それを態々教えてくれる辺り、この門番はいい人なのかもしれない。


「お釣りだ、なるべく細かくしておいたぞ」


 銀貨と銅貨を半々ずつ位にして渡してくれた門番。

 しかも小さな袋に分けて入れてある。


「あざっす、はじめて来たこの街で会ったのが、あんたみたいな優しい門番で良かったよ」


 私が素直に感謝すると、門番は恥ずかしそうに鼻頭をかきながら「ようこそラプタスの街へ!」と私を歓迎してくれた。



ーーー



「トンボはどこか行きたか所はあるんか? よかったらそこまで案内するばい」


 街に入るとセヨンがそう言ってくれる。

 はじめての街は何がどこにあるのかもわからないから、ありがたい。


「うーん、とりあえずは宿か」


 衣食住の内、今夜泊まる場所が無いのは辛い所だ。

 早めに解消したい。


「やったら、うちん工房に来るとよか。トンボはこん街に来たばっかりで、仕事も見つかっとらんのやろう? 食費と家事ん手伝いばするなら泊まってよかばい」


 と思ったら、セヨンが意外な提案をしてきた。

 金貨はまだ100枚近くあるけど、何時何が起きるかわからないのだから、節約できる所は節約したい。


「私としてはありがたいけど、セヨンはいいのか? 家族とか?」

「構わんばい。トンボは命ん恩人やけんな。それにうちは独り暮らしやけん」


 独り暮らしなのに、今日出会ったばかりの人間を泊めるなんて、セヨンも十分無用心だな。

 それとも何か企んでいるのか。

 さっき見た金貨袋を狙ってるとか?


「?」


 いや……「どげんしたと?」と首の代わりに身体を傾ける樽鎧。

 悪意の欠片もなさそうなその姿を見る限り、きっと純粋な好意で言っているのだろう。


「じゃあ、お邪魔しようかな」


 もし裏切られたら、私の人? 樽? を見る目がなかったって事で。

 私はしばらくセヨンの工房にやっかいになることにした。


 セヨンの家に向かう間、街の中を観察する。

 あらかじめ貰った知識通り、見た目は中世の街並みだ。

 ただ、魔道具などが存在しているおかげか、所々には近代的な物も見受けられた。

 街灯などが等間隔で立っていたり、屋台でコンロの様な物を使っていたりする。


「着いたぞ、ここがうちん工房や」


 セヨンの工房は街の中心からは離れた所に建っていた。

 少し古ぼけた二階建てで、それなりに広い庭がついている。

 扉には“カルーア工房”の看板が付けられていた。


「そう言えば、カルーア工房って何を作ってるんだ?」

「基本的には魔道具や! うちは《鍛冶》と《錬金術》スキルがあるけん、武器防具から魔法生物まで色々作るーばってんな!」

「魔道具ってマジックバッグとか、さっきの犯罪歴を調べるカードみたいな奴?」

「マジックバッグん再現はできとらんな。犯罪歴ば調べるあんカード、正式名称は『カルマチェッカー』て言うて、うちん両親が作ったもんなんばい!」


 自慢気にそう語るセヨン。

 余程両親の事を誇らしく思っているんだろう。


 でも、セヨンはさっき独り暮らしと言っていた。

 つまりセヨンの両親は……あまり詮索しない方がいいかもな。


「そっか、凄い工房だっていうのはわかった」

「工房は一階ん半分位ば占めとーけん、そこまで生活スペースは広うなかばってん。それじゃあ中ば案内しようか」


 扉を開けて私を招き入れるセヨン。


「お邪魔します」


 セヨンの案内で家の中を見て回る。

 リビングの奥にはキッチンがあり、好きに使っていいとのことだ。

 リビングにある3つの扉から、セヨンの言っていた工房とトイレ、そしてお風呂に行けるようになっている。


 トイレとお風呂があるのは本当に嬉しかった。

 どちらも魔道具で水を流したり、お湯を出したりするらしい。

 この街には下水道もあるらしい事を、ここで知った。


 リビング脇の階段から二階に上がると、いくつかの個室に繋がる扉があった。

 その内のひとつをセヨンは自室として使っているそうだ。

 私にはセヨンの部屋の隣にある客間があてがわれた。


「ふぅ、初日から疲れたなぁ」


 身分証や買い物などは明日に回し、私は間借りしている自室のベッドに、仰向けで転がった。

 正直、地球で死んでからこっちに転生したり、熊の魔物と戦ったりと、色々ありすぎた。


「ああ、でも……」


 もうひとつ確認しないといけない事があった。


 壁魔法。


 その本領は、壁で囲んだ空間を支配下に置く力だ。

 壁はあくまでも仕切りに過ぎず、熊の攻撃から私を守った力も、熊の首を切り落とした力も、副次的なものでしかない。

 そして、今から使う魔法こそ、壁魔法の真骨頂だ。

 私は仰向けのまま、天井に向かって両手を伸ばした。


「壁魔法『箱庭世界クリエイトワールド』」


 私がその魔法の名前を唱えた瞬間、両手の間に白く輝く箱が出現した。


「“転送”」


 そう呟くと、私の身体は箱に吸い込まれた。

 行き先は私の箱庭の中だ。

 

 

ーーー


 私は今、壁に囲まれた何も無い真っ白な空間に立っている。

 神様と会った空間に少し似ているかな。


 壁は大体、一辺100メートル位か。


 アイテムボックスと同じように、箱の中に空間が広がっているのだが、むこうが倉庫なら、こちらは領地経営シミュレーションゲーム位の違いがある。


「草原と空を出してくれ」


 私が試しにオーダーすると、真っ白だった空間に、地平線まで続く緑の草原と青空が広がった。

 私は草原を歩き出した。

 草を踏む感触が伝わり、空から差す日の光は暖かい。

 ここは本物。


「でも、ここはハリボテか」


 少し歩くと見えない壁にぶつかった。

 草原と空を出す前に見たのが、本当の空間の広さらしい。

 今見ているのは壁いっぱいに、プロジェクターで映像を映しているようなものだ。


 壁に手をつき、地平線の向こうで流れる雲を見ていると、まるでこの空間に私が捕らわれているようで、少し恐ろしく、寂しくもあった。

 今の壁魔法のレベルでは、この広さが限界なのだろう。


「次は池だ」


 次は日本庭園にあるような小さな池を想像してオーダーした。

 出現したのは石の囲いが付いたひょうたん型の池だった。

 真ん中にはご丁寧に、朱色の橋のおまけ付きである。


 ある程度はイメージ通りのものができるらしい。

 今後検証が必要だが。


「“転送”」


 私はしばらく箱庭の中を歩き回ってから、再び自室のベッドに戻り、箱庭世界を消した。


 向こうに行っている間、箱がどうなっているのか、それも検証しないとな。 

 それと、この箱庭をどう使っていくか、それもまた今度考えよう。


 とにかく今は酷く眠い。


 私はそのまま、少し硬いベッドで横になり目を閉じた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る