11 終 誰かを救うための力

 次に目が覚めた時、ファナクは見知らぬ場所にいた。

 知らないベッド、知らない部屋。――ここはどこ?

 辺りをきょろきょろ見回すと、「ここにいる」と闇神が言った。

 そこには先程の黒い男が、いつしかファナクが助けた鴉の変じた神様が立って、無表情にファナクを見ていた。「ここはどこ」と問うファナクに、闇神は答えた。

「港町のナスールだ。お前のいた村からは12キロルくらい離れる。あの場所で倒れたまま放置したら絶対に死ぬし、かと言って隣村も、今行くのは良くないだろう。そして他に村などないか探していたら、ここに来た」

 そう、とファナクは頷いた。

「……ユーキナ、は?」

「放置だ。俺にはお前以外を助ける義理などなくてな。そうそう、ユーキナが死んだ後で村の炎は消えたぞ。俺の予想通り、あの魔法はユーキナの死でも解除できたようだな」

「……そう」

 ファナクの返答は、簡潔で心細げだった。

 当たり前だと思っていた日常。突如壊され狂わされ、帰るべき場所も今やなく、大親友も、今や亡い。

 力は得た、確かに得た。奇跡は起こった、確かに起こった。

 けれど。

 失ったものは、あまりに大きすぎて。

「……僕はこれから、どうすればいいの」

 喪失感にファナクは震えた。

 最初の頃、ファナクは「力が欲しい」と思った。「感じる」力と何かを為せる力。二つ揃えば天下無敵だぜとジルドが言ったのはいつの日か。

 「感じる」だけでは駄目だった。何かを為さなければ意味がないと、彼は思った。それなのに「感じる」ことしかできない自分が嫌で、嫌いで、自分を責め続けた遠い日々。

 そして、今。「力」は確かに手に入ったけれど。

 全て失った彼にはもう、その「力」を何に使えばいいのか、わからない。

 途方に暮れる彼に、闇神はそっと囁きかける。

「昔、あんたが俺を助けてくれたように。誰かを助ければいいじゃないか」

「……誰かって、何さ」

「誰でもいい。その『痛み』を感じる場所に、助けを求める誰かがいる。今はもうあんたは無力じゃない。だからその人を助けられる」

「……何を言っているのか、わからないよ」

「要は」

 闇神の赤の瞳が、面白がるように輝いた。

「かつては夢を持っていたのだろう? それをなぜ捨てる。折角俺が力を与えてやったのに? 宝の持ち腐れにさせるために、俺は力を与えたんじゃないぜ」

 かつて持っていた夢、希望。

 物語の中のヒーローみたいに、格好良く誰かを助けたいと思った。

 そんなあの頃に、彼に「力」はなかったけれど。

 今は、あるから。今なら、あるから。

「……ジルド、笑わないでよね」

 わかったよとファナクは頷いた。

 その目を閉じれば確かに感じる、「誰か」の痛み、痛みの温度。

 その人物が救いを求めているのならば、それを感知できるのならば。

 それが誰であれ、助ける。幼い頃の夢を、叶える。


「――僕は、さ。ヒーローに、なるよ」


 そうやって人助けを続けていったら。

 いつか傷付いた心も癒えるだろうか?

 「全て救おうとしなくていい」そうジルドは言った。確かに「力」を得たって全て救えるわけじゃない。それでも。

 目の前にいる人くらいは、助けたいから。

「行くよ、ハイン。あのね、怪我をして動けない人がいるみたいなんだ。助けに行くよ――僕が、助ける」

 闇神は、笑う。


「イエス、ヒーロー」


 その声を背に受けて。

 ファナクは、走った。感じるままに、自分の中で「痛み」が叫ぶままに。

 やがてその先に見えた人影――。


  ◇


 昔々、ファナクという少年がおりました。

 彼は生まれつき他者の「痛み」を感じる能力を持っておりました。

 ある日彼は全てを失いましたが、闇神の導きによって再生します。

 少年は自分の心に何度も問い掛けながらも、様々な人々を救済しました――。


 痛みの温度は熱いのか、冷たいのか。

 少年の胸にずっと突き刺さった「ジルド」という棘は、

 少年の心に熱さをもたらしたのか、冷たさをもたらしたのか。


 やがていつしか少年は死に、

 闇神だけがまた永劫の時の輪廻の中に取り残されます。

 少年について問えば、彼は笑ってこう答えるのです。


「最初は結構不幸な運命の中に生きていたが、

 あいつの晩年は幸せそうだったぜ」


 まぁ、病弱が祟って長くは生きなかったがな、と――。


 そんな物語がありました。

 そんな物語が、あったのです。


【痛みの温度~White Pain~ 完】

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痛みの温度~White Pain~ 流沢藍蓮 @fellensyawi

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