あれにはできんよ

———父上


 フロランシエの冬はいかがでしょうか。こちら新大陸の冬はなかなか雨も雪も降らず、妙な心地です。まるで神が冬を忘れてしまったのではないかと、少し不安になる程です。


 さて父上。この度は格別のお計らいのうえ、財務局の測量士を手配していただきありがとうございました。おかげさまで、私もこの土地についてよく学ぶことができ、そしてまたこの世界を神の書物として、教典同様に読み解くという興味深い学問に触れることができました。


 父上の最も楽しみにしていることは、結果のご報告でしょう。


 ご安心ください。父上の見込み通り、魔原石の鉱脈がある目算が限りなく高いとわかりました。大陸をまたいでこのことをお見抜きになった父上の慧眼けいがんには驚くばかりであります。


 また、この機会に改めて、これまでのお心遣いに感謝をお伝えしたいと思います。特にソフィアとの婚姻、そして彼女の移住に合わせた私の新大陸への派遣など、格別のご配慮をありがとうございます。

 このことについて私から父上を喜ばせる言葉は持ち合わせておりませんが、今はまず、私たち二人が新大陸でも幸せに過ごしていることをお伝えいたします。すべて父上のお気持ちあってのことです。ありがとうございます。


 最後になりますが、今後も領地経営をなさる父上に愚息から今回の教訓をお伝えいたしたく思います。


 新女性は国を大きく変える力を持っております。この度ご一緒した測量士ミセス・コッコという新女性は、実にたくましく、才気あふれる人物でした。ソフィアともどもこのことには感嘆するばかりです。必ずや、このような新女性が活躍し、王国をより偉大なる発展へと導いてくれることでしょう。


 最後になりますが、どうぞお体をお大事に。

 偉大なる王国とフロランシエのさらなる発展を祈念いたしております。


真心を込めて

マティアス・サルマント



 ◇◇◇



「コッコなどという家系があったか?」


 国内のほとんどの有力貴族と交友があるはずのフロランシエ辺境伯サルマントは、宰相さいしょうに尋ねた。

 大理石で作られた会議室は王国本土らしくどこを見ても妥協のない洗練された美しさに包まれている。柱やテーブルのどの一つを取り出しても、あるいはテーブルにかけられた赤のシルクも、飾られた武具の一つ一つも、そのすべてが一級品で整えられている。

 辺境伯は大きな一枚岩の切り出し椅子に座り、宰相の座る椅子さえも金属の彫刻が施されている。


「……たしか古い家系に一つ。いつぞやに没落して土地は失っていたかと。しかし王都に家系は残ったはずです」


「王国技術官の女性合格者の中に下流貴族の者がいるのか。いよいよ技術官の質も落ちたものだな。年々酷くなるばかりではないか」


 辺境伯は息子からの手紙を大理石のテーブルに粗雑そざつに放った。


「しかし、その者は無事に鉱脈を見つけたのでありましょう? たしかに優秀なのではございませんか?」


 宰相が評価の是正を求めても、辺境伯は不満げに鼻を鳴らすばかりだ。


「実際に掘ってみんことにはな。……手配を進めよ。出ればフロランシエは安泰あんたいだ」


「マティアス様にご指示なされてみては?」


 宰相がそう口を挟んでも、やはり返されるのは不満を帯びた冷たい視線だけだった。にらまれ慣れた宰相は、そんなものには全く動じない。むしろまたしても対応に変化を見せなかった辺境伯に内心あきれていた。


「あれにはできんよ。知恵も意志もない」


(……そうしたのは辺境伯ご自身ではありませんか)


 言葉を飲み込んで、ただ「左様ですね」とだけ無感情な言葉を返す。


「では、総督府の伝手を頼るよう指示を」

「問題はどの程度、フロランシエが独占するかだ」


 カルッティアラ戦争の終結から8年を迎えたいま、辺境伯の軍事特権は形骸化の危機にあった。もはや旧カルッティアラ王国領にも反乱のきざしもない。辺境伯の治める軍事的独立区画は広大な王国の中央にぽっかりと開いた穴のように、王国の軍事上の利便性をいちじるしく下げていた。


「……戦争のご用意ですか?」

「ここは。つまり最前線だ。防衛の備えは欠かしてはならないからな」


 辺境伯が思い描く次の時代の姿とマティアスがそのおぼろげな輪郭りんかくを感じた未来。その二つのイメージは、ちょうど二つの大陸と同じほどには、遠く隔たったものだった。

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