第4話 ジョブ:煩悩主人公(劣化版)

「へぇ、ここが一条くんの家かー」


 同級生が家を訪れたのは何年ぶりだろう。

 少なくても中学の時は一回も無かったはず。


「ねぇねぇ、一条くんの部屋は?」


「リビングじゃだめなのか?」


「何かな? 見られたら困る物でもあるのかな?」


「ね、ねぇけど」


「だったら良いじゃない。部屋の壁紙がアニメ尽くし、フィギュア観賞用棚に嫁キャラがいるくらいじゃ引かないから」


 今の発言で高砂の中の一条春樹人物像が見えた。

 ついでに言えば壁紙は無地だし、フィギュアなんて持っていない。

 別に興味が無いという訳じゃないが、それを買うくらいなら新作のアニメやラノベ購入費に資金を回したい。

 それに妹が嫌がるだろうからな。

 これ以上兄妹仲にヒビを入れたくない。


「ベットの下とか勝手に見るなよ?」


「えへへっ」


「笑って誤魔化すな」


「いやいや定番でしょ?」


「お前は思春期真っ盛り中坊か。とにかく大人しくしてろ、適当な菓子と飲み物持っていくから。あ、部屋は二階の一番奥右な。間違っても手前の妹の部屋に入るなよ」


「え? 振り?」


「振りじゃねェーよ!」


「なになに学園都市第一位の真似? 似てないよ?」


「素だわ! とにかく、俺の部屋で大人しくしていてくれ、分かったな?」


 釘を刺し、高砂が二階に上がったのを確認してリビングに入る。

 相変わらず主人がいない居間は静けさしか無い。

 小さい時はこの静寂が嫌だった。


「作り置きの麦茶に、確かにここら辺に母さんが買ってる茶菓子が……」


 学校から帰ってきても誰もいない。

 ”ただいま”と言っても”おかえり”とは返って来ない。

 帰ってくるのは無人を証明するかのような自分の木霊。

 大袈裟に言ってしまえば、世界に自分しかいないような感じがしたのだ。

 幼いにして理解はしていた、共働きじゃないと経済的に厳しい事も。

 だが頭で理解しているからと言って心が納得するか、は別問題である。

 弱い自分が心の中で寂しいと叫ぶ。

 強い自分が心の中で大丈夫と嘘を吐く。

 強くない俺は”大丈夫”という嘘を吐きながら、寂しいとささやいた。


「ん? 待てよ、これもしかしてちなつのか?」


 それでも何とか頑張れたのは、妹こと千夏ちなつの存在が有ったからだ。

 あいつは俺の言葉を代弁するかのように駄々をこねた。

 泣きまくったり、叫びまくったり。

 初めの頃は泣き止ますのにかなりの労力を費やした。

 弱い自分に構ってあげられない程だ。

 それに、目の前でピーピーギャーギャー言ってる奴を無視なんて出来ないだろ?

 無視しようものなら、鋭角積み木玩具が飛んでくる。

 これが正確無比のコントロールだから恐ろしい。

 泣きながら急所狙ってんじゃねぇーよあほが。


『一ィィィ条くゥゥゥゥゥゥゥゥン!?』


 不穏な呼び声が聞こえた。

 二階からだ。

 正直行きたくない。

 家にいるのに帰りたい、なんて哲学的な事を思ってしまう。


「はいはい、今行きますよっと」


 ベットの下は覗くな、と釘を刺した。

 勿論これはフェイク。

 ベットの下になんて綿ゴミと遊ばなくなったゲームソフトくらいしか無い。

 ただ人間というのは”見るな”と言われれば見たくなる生物だ。

 俺が何度か念を押したせいで更にその欲求は強まっているだろう。


「ん? 千夏、帰ってきてたのか」


 ライトノベルでもアニメでも、こういったイベントにはある一定の法則が存在する。

 それはずばり、エロ本などの如何わしいグッズが女友達若しくは幼馴染に見つかるという場面に出くわす事だ。

 しかし、俺の部屋にエロ本なんて物は置いていない。

 俺の二次元知識は歴代の煩悩主人公を凌駕りょうがする。


「おーい、両手が塞がってるからドアを開けてくれー」


 ギィィと音を立てて開く扉。

 自室のドア、こんなに建て付け悪かったっけ?


「一条くん、そこに正座。あ、お菓子と麦茶ありがとう」


「お、おぉ……ん?」


「良いから、せ・い・ざ」


 笑顔の奥に潜む黒い何かに危険を察知する。

 本能のままに行動出来るなら自室から退散したい。


「一条くん、今なら懺悔ざんげがまだ間に合うよ?」


「ざ、懺悔?」


「そう、懺悔。ほとけのような広い心を持った私に懺悔するなら今だよ?」


 高砂は笑顔を崩さない。

 ポーカーフェイスという観点から評価するなら満点をやろう。

 けど今いらない。

 もっと言うなら俺には止めて欲しい。


「そ、そうか」


 これは鎌をかけている顔か?

 それとも確信を得た顔か?

 どっちだ。

 いずれにしろ俺の部屋にエログッズは存在しない。

 物的証拠は何も得ていない筈だ。


「悪いが、俺には何のことかさっぱりだ。そろそろ正座をやめても良いか?」


 俺が言い終えた後、Enterキーが静かに押された。

 カチッと音がする。

 さっきまで真っ暗だったモニターには光が宿った。


「一条くん、中々良いご趣味をお持ちですね」


 大量の唾が喉を通る。


「随分沢山のエロサイトですねー」


「……ログインパスワードが有ったはずだが?」


「好きなキャラの誕生日がパスワードなんて安直過ぎだよ」


 これで安直過ぎるとか心外極まりない。

 このパスワードを解ける奴は俺自身かお前くらいだ。


「それにしても、エロいアニメしか見てないんだね。性癖傾き過ぎじゃない?」


「……浮世に興味が無いもので」


「どうせウイルスが怖くて開けないだけでしょ」


 ふんっ、と鼻で笑われた。

 目の前の状況に目頭が熱くなる。


「アニメは幼女物からお姉さん系まで幅広い……お、触手系まである。変態。ロリコン」


 傷口を広げないで……分かってるから、変態でもロリコンでも良いから……だからこれ以上カチカチEnterキー押すのやめてぇぇぇえ!


「――ふぅ、中々面白かったね。では一条くん、私に何か言いたい事はありますか?」


 頬を流れる血の涙を拭き取り、悪魔たかさごを正面に捉える。

 これ以上俺から何を奪おうと言うのか。

 地位も名誉も尊厳も地に落ちた。

 この短時間で失ったものは多すぎる。

 これを人質に金を巻き上げる気か。


「金か?」


 だからニコッとするのをやめろ。

 怖いだろうが。

 どうせ笑うなら目にハイライトを灯してくれ。


「……もう一度聞きます。一条くん、私に何か言いたい事はありますか?」


 雰囲気的にこれがラストチャンス。

 間違えるとあの笑みの奥に潜む魔物に狩られる。

 考えろ一条春樹。

 高砂はなぜあんな素敵な般若えがおをしている? 何が望みだ?

 俺から奪える金以外の物、それが答えなのは間違いない筈。

 俺が持っていて彼女が持っていないもの、そして彼女が欲するものは何だ。

 本、パソコン、ゲーム……違う、こんな物じゃない。

 弱みを材料にしてまで要求するもの……だとしたら。


「お、決まったかな?」


「……お前の要求するもの、それは――俺の時間だ」

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