第2話 ジョブ:リア充

「おつかれさま」


「なんだ、馬鹿にするために待ってたのか?」


 熱を帯びた夕焼けが二人の眩い影を教室に映し出す。

 時刻は午後五時半。

 帰宅部の高砂が教室にいるには何かしら理由が必要になる時間だ。


「酷いなぁ、まずはそのふざけた幻想からブチ殺してあげよっか?」


「また反省文を書くのは御免だ、帰る」


 机の中で佇む教科書を取り出し、今日の宿題科目だけ鞄に入れる。

 これだけでもかなり重い。


「今日は数学と科学、物理の三科目だけだよ?」


「英語が週末に小テストだろ。俺は徹夜で何とかなるような頭じゃねぇの」


「わざわざロッカーから取り出してやるレベル? あんなの、授業聞いていれば合格出来ない?」


「出来たらこんな分厚い単語録、速攻お蔵入りにしてる」


 毎日コツコツやらないといけない頭は母親譲り。

 しかも暗記科目は苦手と来た。

 英単語も四字熟語も俺に優しく無い。


「けど、数学とか物理の小テストはいつも合格してない?」


「あれは暗記しなくていいからな」


「公式は? 暗記しているでしょ?」


「あぁ……まあ、暗記というよりは”理解”しているって方がニュアンス的に近い」


「ん? 同じじゃないの?」


「いや、確かにそうなんだが……まあ、感覚の話だ」


「今説明するの面倒になったろ、言葉のニュアンスで分かったぞ」


「……真顔で言うなよ、怖ぇから」


 一瞬の淀みと表情から読み取る洞察力、将来は探偵事務所でも構える気か。

 もし遊園地に男子と遊びに行くなら黒ずくめの男二人とジェットコースターには気を付けるんだな。

 シャーロック・ホームズ好きの死神に付きまとわれる事になるぞ。

 あ、だとしたら最初の犠牲者は俺か。

 今日から話し掛けないでもらえます?


「そろそろ日が暮れるし、帰らない?」


「言われずとも」


 ずっしりと重い鞄を肩に担ぐ。

 こういうのは最初の一歩が大切であり、ここで鞄を下ろすともう歩きたくなくなる。

 だから意地でも足は前へ。

 上半身も一緒に傾けて。


「あ、あの!」


 ところがどっこい、またしてもうは問屋とんやが卸さない。


「あれ? ゆずちゃん?」


 夕日は彼女を歓迎する。

 二人しか存在しなかった教室に新たな影を差し込んだ。


「あ、あの、実は一条君に用事が有って、待ち伏せさせてもらいました」


 待ち伏せという単語に良い記憶は無い。

 俺が最後に待ち伏せをされたのは、数人の野郎に囲まれて滅多打ちにされた時くらいだ。

 だが少なくても、白川以外に人の気配はしない。


「俺に?」


「はい。実は、折り入ってお願いが有りまして……」


 人の居ない放課後を狙い、言いづらい雰囲気を滲ませる。

 分かっている、これは”お願い”という名の”忠告”だ。

 これ以上私に関わらないで欲しい。

 貴方と話すとそっち側の話題になって自分を制御出来なくなる。

 今日の事は忘れて欲しい。

 明日からはまた赤の他人で”お願い”します。

 理解した、お前には関わらないようにする。

 つまり答えは”あぁ、別に構わない”だ。


「わ、私とのお付き合い、お願いします!」


「あぁ、別に構わない」


 ありふれた日常は突如とつじょ姿をくらます。

 一条春樹ボッチはもういない。

 明日からは一条春樹リア充へ転職である。

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