第17話 オードパルファム
「まあまあ、いらっしゃい。真昼がお友達連れてくるなんて今までなかったから、お母さん嬉しいわ」
「ど、どうも、初めまして。来島みつはです」
緊張しながらも私は頭を下げて挨拶をする。
真昼のお母さんは、とても子供がいるとは思えないほど若々しかった。並んでいると親子というよりは、年の離れた姉妹のように見える。
基本的には真昼とよく似ているが、彼女よりも全体的に顔の印象が柔らかく、おっとりとした雰囲気だった。
「……ママ、今日はあんまりちょっかい掛けないでね? 部屋に入ってきちゃダメだから」
「分かってるわ、二人の邪魔はしないわよ。お菓子とかも部屋に用意しておいたから」
「そう、ありがとう」
真昼、喋り方がいつもと違うな。ママ呼びなのも意外だった。
家自体には以前お邪魔させてもらったことがあったけど、今回はお母さんがいるのでどうしても緊張してしまう。ちなみに、お父さんは用事で出かけていていないらしい。
「行きましょう、みつは」
「う、うん」
真昼に手首をつかまれ、彼女の部屋へと連れていかれる私。
「あらあら、仲がいいのね」
「茶化さないで、ママ」
「ふふ、ごめんなさい」
あ、笑い方はやっぱり真昼と似てるな。血の繋がりって不思議だ。
逃げ込むように真昼の部屋に入ると、お母さんの言う通り既にお茶とお菓子が用意されていた。
部屋の中は相変わらず本で埋め尽くされている。また本が増えているような気もするが、元々の数が多すぎるのではっきりとは分からない。
かちゃ、と鈍い金属音が響いたので振り返ると、真昼が自室のカギを閉めているところだった。
そこまで厳重にしなくても……と思ったけど、まあ確かに見られたら困ることもあるかもしれない。
…………。
……………………。
……いやいや、何想像してるんだ、私。
「もう、ああやって何かとからかってくるのよね」
真昼はまだぶつくさと文句を言っていた。
いつもと違って、子供が拗ねているような感じがしてちょっとかわいい。
「うん、でも、優しそうなお母さんだったね」
「そうね……確かに、ほとんど怒ったりはしない人だけど」
真昼はベッドの方へと歩み寄りながら言う。
ベッドの上には何冊か本が転がっていて、掛け布団は起きた時のまま放置されていた。シーツの皺とか、人型の残った布団が妙に生々しくて、何故だか気恥ずかしさを感じてしまう。
ふと視線を逸らし、勉強机の横にある小さな棚に目をやった。
そこに前回は見た覚えのない、気になるものが幾つか置いてあった。
「……真昼、香水つけるの?」
棚に近づいてじろじろ眺めてみると、小洒落た瓶の中に透き通った液体が入っていて、読めないけど多分フランス語っぽい文字が外側に書いてある。棚の上の瓶は全部で四つあった。
私が見ているものに気づき、真昼が答える。
「ああそれ? 実はね、最近買ってみたの。まだ外でつけたことはないけど、何回か部屋の中で試してみたわ。匂い嗅いでみる?」
「うん、嗅いでみたい」
「いいわ、じゃあ順に試してみましょう。まずはそうねえ……柑橘系からにしましょうか。これはポワンカレっていう香水。オードトワレね」
差し出された瓶の口の匂いをふんふんと嗅ぐ。確かに酸味と爽やかさを感じさせる香りで、身につけると気分を明るくしてくれそうだった。
真昼はポワンカレの瓶の口を閉め、また別の瓶を手に取る。
「こっちはエルブランっていうフローラル系。オードパルファムだから、さっきのよりは匂いが強めね」
「わっ、ほんとだ」
瓶の口まで鼻を近づけなくても匂いが香ってくるほどだった。成分を見てみると、ローズ、ジャスミン、すずらん、イランイランなどが一定の割合で配合されているみたいだ。甘い花の香りがふわりと鼻腔を刺激して、蜜に吸い寄せられるハチってきっとこんな気分なんだろうなと思った。
他の香水もひと通り試してみる。フルーティだったりスパイシーだったり、香りの強さの段階があったり、香水にも色々な種類があるみたいだ。私は今までつけたことがなかったからあまり知らなかった。
「……どう? 何か気に入ったのがあったかしら」
「うん。私はこれが好きかな」
紫色の半透明な瓶を指さしながら私は言う。
真昼は頷きながら、もう一度その瓶の蓋を開けた。
「エルブランね。いい香りよね、これ。私も大好きだわ」
うっとりと恋する乙女のような表情を浮かべて、彼女はその瓶の口を鼻の方へと近づける。
その仕草がどうしてか扇情的に見えてしまって、頬が熱くなった。
最近、真昼と一緒にいるとこういうことが多い。
ちょっとした仕草、なんてことない仕草でも、真昼がすると蠱惑的に感じられてしまう。
恋人として付き合い始めてから、真昼がより大人の女性っぽくなったような気がする。
もちろんそれはいいことなんだけど、彼女としては中々に気が休まらないこともあった。
「……うん、やっぱりいい香りね」
真昼は満足そうに微笑む。たぶん、ぽおーっと見惚れていた私には気づいていないのだろう。
「ねえ……良かったら、二人でこの香水つけてみない?」
そう誘う彼女の微笑みは、まるでいけない遊びにでも誘うかのような妖艶な気配が漂っていた。
しかし、その誘惑を拒否することなどできるはずもないのだった。
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