第7話 癖っ毛と手のひら

「わあっ……」

 本当にそんな漫画みたいな声出るんだ、って我ながら思ってしまった。

 でも、髪を切り終えた真昼さんを見た瞬間、私の口からは思わず感嘆の溜め息がこぼれてしまった。

「……変じゃない?」

 肩辺りの長さに切られた髪を不安そうにいじりながら、真昼さんはおずおずとこちらの反応をうかがってくる。可愛すぎて辛い。

「全然変じゃないよ、すっごく似合ってる! 前よりもちょっと活動的な感じだね」

「そう? 短くしすぎたかなと思ったんだけど……でも、みつはさんが気に入ってくれたなら良かったわ」

「うんうん、かわいいかわいい」

「可愛いなんて、そんな……」

 私が褒めたたえると、真昼さんはまた頬を真っ赤に染めてしまう。褒められ慣れてないなあ。そういううぶなところも好きだ。

 私たちは美容院でお会計を済ませ、せっかくなので近くにあるショッピングモールを適当にぶらつくことにする。

 店内は涼しくて快適だ。やはり休日ということもあり、家族連れやカップルの姿が多い。

 髪を切ったあとって、なんとなく心が軽い気分だ。

 ましてや隣に真昼さんがいるんだから、もうなんでもできちゃう気分。

 ただ一緒に歩いているだけなのに、心がときめいてどきどきしちゃって。

 でもたまに天然なところもあるから、目が離せなくて。

 ほーんと、真昼さんって魅力の塊みたいな人だ。

「……でも、みつはさんも素敵だと思うわ。私、みつはさんのくるんってした髪、とても可愛らしいと思うの」

「えへへ、ありがと」

 昔は癖っ毛なのがコンプレックスだったけど、今では自分の個性だと認めることができるようになった。

 その上真昼さんが可愛いと言ってくれるのなら、嫌いになる理由なんてどこにもなかった。

「ねー、真昼さん……」

「ん、なに?」

 深い意図はなかったけど――ただ、雰囲気に飲まれてというか。したくなったことが一つ、あった。

「……手、繋いでも、いい?」

「…………えっ?」

「手、繋いで歩きたいな。真昼さんと」

 今度ははっきりと、彼女の透き通るような瞳を見つめて言った。

 見開かれた瞳。

 どきどきする。脈拍が速くなる。

 でも、視線を逸らせない。

 雑貨屋の前で立ち止まる。

 私たちの周りだけ、時が止まったような感覚。

 断られたときのことなんて、考えられなくて。

 純粋に、そうしたいなって思った。

 長い沈黙のあと――真昼さんは言葉には出さずに、小さくこくんと首を縦に振った。

 無防備な真昼さんの左手を、私の右手でそっと包み込む。雪のような素肌を傷つけないように、そっと。

 隣に並んで手を繋ぎながら、私たちはまたゆっくりと歩き出す。

 さっきよりも間近で、彼女の熱を感じながら。

 真昼さんは一見すると涼やかな表情をしているけど、繋いだ手は微かに震えていた。

 どきどき、してくれてるのかな。

 だとしたら、嬉しい。私とおんなじだ。

 肩を寄せると、真昼さんからはいつも以上に甘い香りがした。

 癖になっちゃいそうな、安心する匂い。

 なんて言ったら、流石に引かれそうだけど。

「今日はありがとうね。一緒に美容院来てくれて……」

 真昼さんはぽつりとつぶやくように言った。

 私は首を横に振る。

「ううん。私が一緒に行きたかっただけだから」

「そう……でも、嬉しかったわ。今日は全然緊張しなかったし……それに、こうしてみつはさんとお出かけできたから……」

「うん。一緒にお出かけするの、楽しいね」

 胸がきゅっ、って、軽く締め付けられる。

 心臓が痛いくらいにどくどくと脈を打つ。

 この感覚を共有したくて、握った手に力を籠める。

 少し遅れて、同じくらいの力で握り返される感触。

 視線を横にやると、真昼さんと目が合って。

 お互い、ちょっと照れくさそうに笑い合う。

 今この瞬間だけは、自分が世界で一番幸せである自信があった。

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