第14話 はよ、旅立て。

「今回の村の騒動に、たぶんうちの父親が絡んでる」


 その言葉に、ダンテは一瞬言葉を失った。


「あくまでアタシの憶測だけど。父親が魔族を呼び寄せたんじゃないかしら」

「父親……って、村長が?なんで?」


 マチルダはキョロキョロと辺りを警戒し、いっそう小さな声でダンテに告発する。


「よく怪しいヤツが家を出入りしていたの。格好は商人だったり貴族だったり兵士だったりしたけど、生臭い……青臭い?そんな臭いがして、絶対同一人物だった。ここ一ヶ月はとくに頻繁に来てたわ」

「村長なんだから、いろんな人が訪ねてくるのは普通じゃないか?もしかしたら、お忍びで来ていた貴族とかかもしれないし」


 ダンテの言葉に、マチルダは首を振った。


「だからって毎回姿を変えて来るのはおかしいでしょ?それにお忍びの貴族が臭いわけないじゃない。あと田舎の村に何の用事で来るのよ」

「まあ、確かに」


 マチルダの意見の通りだった。

 旅人なら村長に用事はないはずだし、貴族が身分を隠してまで来るような物など、ミルティーユ村にはない。


「で、騒動の日。父親がその臭いヤツと村の端に向かっていたのよ。それから間もなくして家が爆破されて、村は壊滅。父親の死体は未だ発見されずってわけ」

「それ、誰かに話したか?」

「アンタだけよ」


 どうして、と聞く前にマチルダは話した。


「生きてるか死んでるかわからない父親なんかより、生きてる村人を守る方がどう考えても大事でしょ。村長の娘である以上、私には村を導く義務がある」

「マチルダ……、お前」


 今までただの不良少女だと思っていたマチルダは、今や頼れる先導者の目をしていた。

 思わず感動するダンテの肩を叩き、マチルダは照れ隠しの強い口調で続ける。


「だからこの件はアンタに任せるから!王様に話したって構わないし、見つけ出してシバいたっていいわよ」

「お前の父親なんだろう?いいのか?」

「べつに?そもそもウチ、弟がいなくなってから家庭崩壊してたし。アタシクソ親父にいろいろされて、恨んでた。だから反発してたの」


 マチルダは背中を向けた。

 大きく伸びをし、風になびく髪を押さえつける。清々しい青空に向かって彼女は話した。


「だからあんな父親よりも、村人のみんなの方がよっぽど家族よ」


 まるで笑っているかのような声色にダンテも自然と微笑みが溢れる。

 ダンテにとっても村人は家族であり、大切な存在であった。もちろんマチルダも。


 当のマチルダはというと、ダンテに聞こえないくらいの音量で本音を呟いていた。


「本当はもっと言いたいことあったけど、今言ってもね……。負担になったらヤダし」


 本音が風に持っていかれるのを見送り、目を細めたマチルダ。そしてダンテが反応する前に振り返り、ぶっきらぼうに膨らんだ麻布を突きだす。


「ほらこれ餞別よ。アンタ、ネルプの実好きなんでしょ」

「えっ!?こんなにたくさんいいのか!?」

「いいから黙って受け取れっての!」


 そうしてダンテの手に麻布を押し付け、村の方に向かって走りだす。


「20日以内に帰ってこなかったら、覚悟しておきなさい!」


 大声で捨て台詞のようなものを残して、彼女は行ってしまった。

 なぜネルプをくれたのか、なぜ最後に怒鳴られたのか、理由がわからずポカンとするダンテであった。


 そうして走り去ったマチルダと入れ違いに、やっと帰ってきたジュリオとハイリー。

 2人は何やらニヤニヤと顔をニヤつかせてダンテに絡んできた。


「よー、どうだった?」

「どうだった?って、なにが?」

「マチルダとだよ!なんか大事な話されたんじゃないの?」

「ああ、お前たちにも聞いてほしいんだが」

「えっ、えっ、それって私たちが聞いちゃってもいいのですか?!」

「ああ。実はな」


 目を爛々と輝かせ、2人は息を飲む。


「マチルダの親父さんが、どうやら魔族と繋がっていたらしい」

「……」

「……」

「……そうじゃねーだろーーーっ!」


 突然、ジュリオは天を向いて吠え、ハイリーはこめかみを押さえて首を振った。


「お前っ、見送りに来てくれた女子と2人きりで話しといてそれはねーだろ!もっともっと大事な話は!?」

「これも充分大事な話だろ……」

「そうじゃねーんだよぉ!その麻袋だって、マチルダからのプレゼントだろ!?そこまでしてもらって何でわからないかな!!!」


 どうしてジュリオがヒートアップしているのかわからず、ダンテは助けを求めるようにハイリーの方を向く。


「まったく、信じられませんね。あそこまでお膳立てされて気がつかないとは……」

「お前らさっきから何で怒ってんの!?」


 今まで見たことのない侮蔑の目をしたハイリーが、小声で「これだから……」と呟く。そしてジュリオと肩を組むと、堂々とダンテの目の前で内緒話を始めた。


「まさかこんなに鈍感だったとは。顔が顔だけに、残念でなりませんね」

「どうしてかわからんが、自分の事になると激鈍になるんだよ。昔からな」

「しかしこれでは、あまりにもマチルダさんが可哀想ではありませんか!せっかく勇気を出したのに!」

「ここはひとつ。お前の馬鹿力でやつの頭を叩いて、己の鈍さを自覚させるというのはどうだろうか」

「おいコラ、お前ら。結構聞こえてるぞ。ハイリーはその拳を下げろ。旅立ち前に怪我人を出すつもりか」


 ダンテの窘める声ツッコミに、2人は渋々解散する。

 忘れ物を取りに行った少しの時間で、随分と仲良くなったようだ。目を合わせ、まったく同時に「やれやれ」といった仕草を見せた。


「お前たちの考えてることはわからんが、マチルダに言われたのは『親父さんが怪しい』ってことと『弟を探してほしい』ってことだけだ。あとは大したこと話してないぞ」

「えっ?弟ってロニーのことか?」


 ジュリオの言葉に頷き、ついでにハイリーに事の詳細を説明した。

 話を聞いているハイリーの目がどんどん潤み、唇はわなわなと震え、ついには声をキンキンと張り上げた。


「ああ、なんということでしょう!弟さんが行方不明だなんて、家族がバラバラになってしまうなんて!マチルダさんのお気持ちを考えると胸が張り裂けそうです……っ!」

「そうだよな、だから旅のつい「行きましょう!弟さん探しの旅へ!」

「まてまてまてっ!」「落ち着けハイリー!」


 大きく一歩を踏み出すハイリーの肩を捕まえ、その場に留まらせるダンテとジュリオ。

 鼻息の荒い彼女に水を飲ませ、自身はネルプを囓りながら、ダンテは説得を試みる。


「あのさ、俺はさ、弟を探して欲しいって言われたの。マチルダだって本当は本腰いれて探してほしいだろうけど、俺たちにはやることがあるからそう言ってくれたの。わかるよね?俺たちのやるべきことは?」

「王様に、会いに行くことです」

「そのとおり。で、その旅の途中でロニーを探したり、聖剣を取り除いたり」

「かーちゃんの村に行ったり」

「するわけ。………え?かーちゃん?」


 自然に入り込んで来たジュリオの言葉をスルーしかけたダンテだが、なんとか聞き返すことができた。


「親父に頼まれてさ。ついでにかーちゃんの様子見てきてって」

「ああ、まあ、……いいけどさ」


 釈然としない表情のダンテをジロジロ眺め、悠然とした態度のジュリオが提案する。


「なんつーか、ついでが多いな。よし旅立つ前にちょっと整理してみようぜ」



 嗚呼、ここはガレット村から歩くこと5分の場所。何も無いただの林道。


 勇者一行は、まだ動かないのか。




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