第3話 聖剣よ、どこにある。

「…こんなところに聖剣があるとは思えないんだが」

「それなー。昔から何十回も来てるし」


 暗がりに反響する2人の声を無視して、松明に照らされた金髪は迷いなく前へと進む。泥濘にはまったり穴に落ちかけたりすることもあるが、自力で対処しているあたりは、さすが勇者といったところか。


「……お、鉄鉱石の塊発見。やっぱここはいい採掘場だな。あとで鍛冶屋のオヤジに売りつけよ」

「よくこの暗がりで見えるな。相変わらず目ざといな。目ざとジュリオ」

「なんだそれ。普通に目がいいと言ってくれ。ついでに商売上手だとも言ってくれ」

「ワージュリオクンメガイイショウバイジョウズー」

「心がこもってねーよ」

「ははは、込めるわけねーだろ」


 歩き慣れているのもあってか、ダンテとジュリオはのんびりダラダラ、ふざけながら道を行く。そんな様子に耐えかねたのか、ハイリーは後ろを向くとキッと男子2人を睨み付け、そして大きく息を吸った。


「お二方!もう少し聖剣探しに集中していただけませんかっ!?」


 甲高い大音量が洞窟内に響き渡り、ダンテは軽く飛び跳ねた。そのあまりの大声に隠れていたコウモリの群れが一斉に飛び立つ。バクバクと音を立てて暴れる心臓を抑え正面を見れば、唇を尖らせたハイリーが仁王立ちしていた。

 ジュリオが胸を押さえて文句を言う。


「マジびびった~!心臓飛び出しそうだったわ!お前いきなり大声出すなよ。天井崩れたらどうすんのさ」

「貴方がたの態度に真剣さが感じられないから、注意したのです!」

「いや、そもそも強制的に連れてこられたようなものですし」

「予言の実現のためにも、協力してもらわなくてはなりませんの!」


 何回話しても堂々巡りになるハイリーとの会話にため息をつく。ダンテは腕を組んで洞窟の壁に寄りかかり、諦め半分に反論を試みた。

 すると


「あのさー、それが強制だと」


 より掛かった石壁が


「言っ」


 崩れた。


「て…………ッ!?!?!?」「ひえええええええっ!!」「どぉああああああっ!?」


 石壁は床面をも巻き込んで崩壊した。三者三様の焦り様を見せながら、瓦礫とともに狼の喉奥へと落ちていく。ぶつかる瓦礫、終わりの見えない落下と迫り来る死。どこか事態に追いつけない思考回路の中、なんとか我に返ったダンテが叫んだ。


「っ、旋風トゥールビヨンっ!」


 簡易略式詠唱魔術により発生した旋風が三人を包み、瓦礫や落下ダメージから守ってくれる。初め激しく吹いていた風は徐々に弱まり、そっと洞窟の底へ体を下ろした。

 無事着地した後も死への緊張感は抜けきらず、しばらくは地面に倒れたまま、生きている喜びを噛み締めた。


 やがて心臓が落ち着いて来た頃、ジュリオがグッと親指を立て、無言で感謝を示した。奥の方で倒れていたハイリーもモゾモゾと動き出し、生存が確認できる。ダンテは心から、魔術を勉強してよかったと思った。

 

「ああああああああっ!!!!」


 二度目の絶叫に粉塵が舞い上がる。洞窟の地下いっぱいに声を響かせたハイリーはとんでもない勢いで跳ね起きた。


「うるっせえよお前!また崩落すんぞ!」

「これ!これっ!!」


 ジュリオの声を無視して瓦礫の山をかき分けるハイリー。三分の一ほど瓦礫を寄せて引っ張り出したのは、鈍く光を放つ、一本の剣であった。


「こ、こっこれ、せっ、聖剣!聖剣ですっ!これ聖剣ですよねっ!?!?」


 興奮した表情のハイリーに対して、「信じられない」といった表情で顔を見合わせるダンテとジュリオ。確かにハイリーの手に握られているのは剣であり、自ら光を放っている。

 しかし、とある事情を知る二人にとって、それが聖剣だとはにわかには信じがたかった。いや、信じられるわけがなかった。


「なあ、それ本当に聖剣……か?」

「え、なんでこんなとこに剣があるの?」

「やったぁ!見つけました、私、聖剣を見つけましたよ神様!ああやはりここに来て正解でした!お二方の協力もあって見つけられました!ありがとう!ありがとう!ありがとうございますっ!!!」


 自分とは温度差のある二人の反応、二人の疑問の声など届いていない様子のハイリーは、天に向かい祈る仕草をした。祈り、喜び、目を潤ませ、そしてダンテ達に力一杯抱きついた。


 再度嗅ぐこととなった、果実のような甘やかな体臭。柔らかな肌の下で躍動する、筋肉のうねり。消えかけの松明に照らされて、興奮している彼女の頬が紅潮しているのが見えた。すり寄せられた太ももの熱が、意識を奪いそうになる。心拍数が上がり、冷や汗が全身から湧き出し、顔は熱い。


 ――これはまずい。


 このままの状態が続ければ、いずれ限界が来て、が発生する。それだけは、それだけはどうしても避けたかった。

 助けを求めようと唯一の味方であるジュリオの方を見たが、小柄な彼はハイリーのボリューミーな谷間に埋め込まれて以来、ピクリとも動かない。剛腕の拘束で窒息死している可能性すらある。

 つまり、ダンテ一人でこの状況を切り抜けなくてはならなかった。なんとかこの拘束を解かねばと、なんとか回らぬ頭をフル回転させ、なんとか言葉を紡ぐ。


「よ、よかったネ!俺にもその聖剣を見せて下さい!!」

「はい、ご覧くださいませ!これこそ伝説の輝ける聖剣です!!」


 元気よく抱きしめていた者たちを突き飛ばし、剣を掲げる勇者。その元気さとは対照的に、ノックダウン寸前だった男子達は、案山子のように真っ直ぐな姿勢のまま投げ倒された。

 まずは案の定気絶していたジュリオをビンタして叩き起こし、次に呼吸を整えながら、じっくりと剣を観察する。


「これが……聖剣?」


 ハイリーの手にぴったりと収まる、やや細身の剣。柄の部分には細かな装飾が施されており、どこか品を感じるデザインだ。

 少し考えてから、ダンテは限界ギリギリまで広角をつり上げ、友好的笑顔を浮かべて頷いた。


「………予言の通りだったね。よかったね」

「ええ、ええ!本当に!」


 鈍く輝く聖剣が振り回される度に、辺りがうっすらと照らされる。ハイリーがうっとりとした表情でそれを眺める。今の彼女は、剣に夢中だ。

 その隙に、ダンテとジュリオは目で会話する。早く地上に出よう。ハイリーなら置いていったところで、一人でも脱出できるだろう。勇者だし、こんなところで苦戦するわけない。

 息を潜めて頷き合い、ダンテの合図で静かに立ち上がる。しかし、そっと一歩を踏み出したところで、ハイリーの声が二人の背中を叩いたのであった。


「よしっ、お二人とも立てるくらいには回復したようですね!ちょうどそこの瓦礫が登れそうですし、私が剣で先を照らしますのでついて来てください!」


 パッと振り返ると、無邪気な笑顔がこちらに向けられていた。その笑顔に、置いていこうとした罪悪感が二人の胸中に発生する。


「……そうだな。探しものは見つけられたんだし、地上へ戻ろうか」

「そうだな。店は開けっ放しだし、おじさんたちが心配してしまう」


 ばつが悪そうに「そうだな」を繰り返す二人の前で、意気揚々とハイリーが瓦礫を登りだした。目的を果たせたと思っている彼女の足取りは、今にも踊り出しそうなくらい軽やかだ。

 反省の深いため息を吐いて気持ちを切り替え、瓦礫に掴まる。ようやく帰れるのだ、早く帰ろう。そうして瓦礫の上を見たダンテは、危うくハイリーの尻を直視しかけた。その丸みを忘れようと、目の前の尖った岩壁を凝視し登ることに集中する。

 帰り道も、気は抜けないようだ。


 数十分かけてようやく洞窟の外に出た3人は、体の泥を払い辺りを見回した。

 夕日が地平線をなぞり出し、思ったもより長いこと洞窟内にいたのだと驚く。


「うーわー、やっと外に出られた!」

「すっかり夕方ですね。辺り一面真っ赤……で……」


 キョロキョロしていたハイリーの視線が一点を見つめて止まる。


「どうした?」

「静かにっ!…………っ!!」


 真剣な表情で耳をすませた後、急に走り出すハイリー。慌てて追いかけるダンテとジュリオの鼻に、焦げた臭いが届いてきた。


「村が!あなたたちの村が……っ!」

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