エピローグ


 ジョットは私が眠っている一月の間、森を出て聖騎士エルラディンのことを調べていたらしい。

 よくよく情報を集めていくと、彼が異常なことが分かり、私が彼に怯えているのだと気づいて、森に戻ってきた。そこで慌てて逃げるユナとあったらしい。ユナから私のことを聞いたジョットは、まっすぐに私の元へやってきた。

 だからエルラディンの最初の一撃をかわすことができたのだ。


「別に知らなくたってよけられたけどなー」


 そう言って、揺れる馬車の中で彼は私を磨きながらつぶやいた。

 旅の途中で拾ってもらったため、荷馬車の中には私たち二人しかいない。

 ちなみにユナたち流浪の民は、あの森に残ることになったそうだ。私があの場を含むすべての領域を浄化したから、もう穢れにつかれることもないだろう。


「そうですね……あなたは女性のこととなると、敏感ですからね」


「なんだよ、嫉妬してるのか? かわいいやつだな」


「……お前はキモいやつですね」


「おいこら、使い手に向かってなんてこと言ってんだ」


 まったく、こんなのが私のマスターだなんて、呆れてしまう。

 私たちは今から世界を救う旅に出るというのに、こんなんじゃ先が思いやられる。

 これからの予定を、こいつはちゃんと考えているのだろうか?

 呆れたように、これからの予定をジョットに聞くと、彼は手を止めて、んーと顎に手を当てた。


「そうだな、まず町についたら娼館によっ……いででで!」


 聖剣の中から、私は腕をだして彼のほっぺたをつねる。


「本当にもう! どうしてこう、男は酒とタバコと女ばかりなのです!? こんなのが私のマスターだなんて、信じられません!」


「い、いひゃいれす」


「お前はもっと、聖剣の使い手(マスター)の自覚を持ちなさい!」


「ひゃい……」


 涙目になっているのではなしてやると、彼はいてて、と頬をさすった。


「お前はこれから、私を連れて世界を救う旅に出るのです。寄り道は許しませんよ」


「世界を救うってんな大袈裟な」


「大袈裟ではありません。私は本気です」


 エルラディンとともにあった時間を埋めるように、私はジョットと旅をして、必要とされている人たちの元をおとずれるのだ。

 私は人を守る剣。

 聖剣ユースティティアだ。


「いいですか、マスター?」


「へいへい」


 ジョットは私をピカピカにして、つぶやいた。


「……お前の願いなら、なんだって叶えるよ」


「じゃあしばらくは娼館も禁止。タバコもです」


「はぁーっ !? んなもん無理に決まってるだろうが!」


「いいえ、無理ではありません。タバコは大目にみるとして、娼館にはいかなくてもいいでしょう」


 そんな、とジョットは涙目になる。


「あと、次に見境なく女性にナンパしてみなさい」


 この男は本当に女性にだらしないと、旅に出てすぐわかった。


「お前の尻の穴が、この先も一つである保証はありませんよ」


 そういって脅してやると、ジョットはぎょっとした顔になった。


「おまっ……聖剣のくせになんてことを言うんだ。どこでそんな言葉覚えた?」


 ふんっと私は鼻を鳴らす。

 私だって何百年も生きていれば、言葉遣いもちょっとは変わってくるのだ。


「私だって、これでも二百年生きていますからね。お前よりよほどいろんな経験があります。お前以外のマスターにだって、たくさん会いました」


 人柄はお前よりマシなやつが多かったですよ、とちょっぴり嘘をついてみる。

 すると彼のヘラヘラした表情はなくなって、鋭い視線が剣の中の私を貫いた。

 ビクッとすると、ジョットは私のブレードをつ、となぞった。

 そしていきなり、恐ろしいこと言った。


「……お前ェの刃に俺の名前を刻む」


「!?」


「ずっと考えていたことだ」


 想像してみると、痛そうで鳥肌がたつ。

 私のブレードに名を刻んだのは、生まれたばかりの頃、まだ意識がないときに掘られたお父様の名前のみだ。


「そ、そんな痛そうなことはおやめなさい!」


「いや、ぜってェだ。未来永劫お前が俺のもんだってこと、体に教えてやる」


 冗談だかそうじゃないのか分からない恐ろしいことを言って、ジョットは笑った。


「……本当にとんでもない男ですね、お前は」


「はっ、俺のこたぁ、お前が一番お前がよく知ってるだろうが」


「……はぁ」


 ため息をつけば、手入れは終わったようで、彼は私を鞘に収めた。

 すっかりピカピカになった私は、ジョットに対しては呆れているものの、気分はいい。


 だけど一度、腕のいい鍛冶にもっていって、もう一度焼き入れをしてもらったほうがいいかもしれないと思った。私もそっちのほうがすっきりするし。


「ふああ、ねみぃ。俺、ちょっと寝るからついたら起こして。昨日も野宿だったし、今日はベッドでねてェもんだな」


「お前が一文無しだったから、宿に泊まれなかったんじゃないですか」


「えー、関係ねぇじゃん」


「頭がおかしいんですかお前は。大ありですよ。お前が酒とタバコと女に使った金を、旅の資金にすればよかったのです。これではその日暮らしもいいところですよ!」


「あーうるさいうるさい。もういいから黙ってろ」


「うるさいとはなんです!」


 ぎゃんぎゃん吠える私を無視して、ジョットは狸寝入りを決め込む。

 しかも私をぎゅうっと抱いて。


「ちょ、ちょっと、タバコくさいから、私はそのあたりにでもほおっておきなさい」


「やだ」


「やだじゃない! 気色悪い!」


 がっしり鞘ごと抱きしめられ、怖気がした。


「盗まれたら困るからな」


 ……お前から物を盗めるやつなぞそうそういないだろうが。

 そう思ったが、暴れるのも力の無駄かと思い、仕方なくジョットに身を任せる。

 まったく、強引なやつだ。


「ユースティティア。俺の、剣」


「!」


 眠る間際の甘い声で心底大切そうにそう呟かれ、抱きしめられ、私は力が抜けた。

 ……こいつはどんだけ私のことが好きなのだ。

 ふん、まあ仕方ないから、今くらいは抱かれてやってもいいか。

 馬車の揺れが心地よくて、私もだんだん眠くなってくる。

 ジョットのタバコの匂いに包まれながら、私は安心して眠りに落ちた。

 それはとても心地の良い眠りだった。

 


「おーい、旅人さん、つきましたよ」


 荷馬車にのっていた御者が、目的地についたことを告げるために、荷台を覗き込んだ。

 荷台を囲うホロには窓があって、そこから柔らかな日差しが一人の旅人を照らしていた。

 その旅人は剣を腕に抱いて、壁に背をもたせかけてぐっすりと眠っている。


「……ん?」


 御者は瞬きをした。

 一瞬、旅人の腕の中にある剣が、その場に似つかわしくないほど美しい女に見えたのだ。白と金のドレスを纏うその女は、幸せそうに旅人の腕の中で眠っていた。

 だが瞬きをすれば、次の瞬間には女は消え去っていた。旅人の腕の中にあるのは、一振りの美しい剣のみ。


「なんだ、気のせいか」


 御者は目をこすると、疲れているのかな、と苦笑した。これじゃあまるで、昔話に聞いたことのある、聖剣を見てしまったようだ。こんなところにあるはずもないか。

 ぐっすりと眠る旅人を見て、親切な御者は、もう少し眠らせておいてあげようと思った。その旅人があまりにも幸せそうに眠っていて、起こすのが忍びなかったからだ。

 旅人は剣がずり落ちそうになると、眠りながらもかき抱くように抱きしめた。

 それが世界で一番大切なものだというように。


 ▽


 昔、世界が悪魔によって脅かされ、絶望にまみれた時代があった。

 しかし邪悪な魔物を打ち払う「七振りの聖剣」によって、世界は平和を取り戻した。

 七振りのうちの一振り、正義を司る光の聖剣は「悪魔殺しの悪魔」と呼ばれた男を「使い手」に選んだ。

 悪魔と呼ばれた男は、世界中の人間を支配する悪魔を倒して周り、人間を救った。


 光の聖剣と悪魔の使い手は、多くの伝説を残した。

 その伝説の中でも特に、東の地の悪魔をたった一人で聖剣とともに殲滅し、人々を救ったという伝説が一番有名になった。

 そしていつしかその男は、『悪魔殺しの悪魔』ではなく、『東の英雄』と呼ばれるようになったのだという。 


                                END.


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】聖剣ですがお前なんかに使われたくありません! 美雨音ハル @andCHOCOLAT

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ