お疲れさま…。  No.2

小笠原 雪兎(ゆきと)

お疲れさま…。  No.2


 自分が憎い。30を超えたあたりで思い始めた。


 ファミレスへの道の街灯は白く冷たかった。


 上司に媚びへつらう自分が憎い。

 新人の頃は何時リストラされるか不安でそんなことすら考え無かった。


 自分より能力の高いやつを見て嫉妬する自分が憎い。

 学生時代もう少し勉強すればよかったと思っている。


 腹が立ってファミレスの店員に当たり散らす自分を殺してしまいたくなる。

 そして俺にへこへこする店員にどうして俺に反論しないのかイライラする自分も嫌いだ。


 そんな時に出会った。彼女はそのファミレスに二人連れで来ていた。俺は注文をする為に店員を呼んでいた。


「あの、それ営業妨害とも取れるんじゃないでしょうか?」


 頭が急速に冷えた。自分がやっていたことに気づく。周りを見ると自分を蔑む目しか無かった。

 俺が当たり散らしていた店員も、俺を冷酷な目で見ている。


 いやだった。ずっと昔から、中学の頃から嫌いだった。

 こうやって当たり散らす大人にだけはなりたくない…と。


 帰りたい。切実にそう思った。逃げ出したい。でも…。


 嫌だった。絶対ここでへこへこして逃げるなんて。それじゃあ他の俺みたいな大人と何も変わらない。

 俺が変わる最後のチャンスだと思った。


 席から離れ店員の前に立つ。店員は俺より十センチぐらい高かった。そしてイケメンだった。


 床に膝をつく。正しいかどうか分からない。いや、もう間違ってる。だったら間違ってても自分の

正しいと思うように…。


「申し訳ございませんでした!」


 小さなファミレス。でも、夕飯時と客は少なくなく、でも俺の行為で静かな室内だった。

 俺の声はよく響く。手を床につけた。俺が悪い。


「あ、あのお客様…その顔を…」


 店員が困ったように言う。


「ごめんなさい!」


 顔を上げてもう一度言う。女性の顔が少し緩んだ。「面白い人もいる物ね」と呟いた気がした。


「注文は取り消します。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


 立ち上がって頭を下げる。新人時代に習った最敬礼。九十度に頭を下げる。

 女性の方を向いて頭を下げる。こちらも最敬礼。


「ありがとう…ございました」


 荷物をまとめてその場を離れようとする。


「お疲れ様」


 さっきの女性に後ろから声をかけられた。立ち止まった。涙があふれる。頬を伝う。でも拭わない。

 振り返らずに歩く。外に出た。もう会うことはないだろう。

 涙が顎に溜まって落ちた。

 吐いた息が白く現れる。その色は暖かい…。

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お疲れさま…。  No.2 小笠原 雪兎(ゆきと) @ogarin0914

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