第五十九話 戦利品は誰の手に(調査官ヴィーの私的記録)

   

「出来れば……。その槍は、私にもらえないか?」

 私――ヴィー・エスヴィー――が話に割って入ると、彼らは、少し不思議そうな顔を見せた。

 宗教調査官である私に『武器』は相応しくない、ということなのだろう。ある意味、これは喜ばしい反応だ。血生臭い戦いなどとは無縁という、清らかな教会のイメージが、浸透しているあかしなのだから。

「予想外の事態ではあるが、こうして水の大陸に飛ばされてきたことも、私は調査報告に記さなければならない。その際、本当に別大陸まで来た証として、その『珊瑚の槍』を提出したいのだ」

 私は、もっともらしい理由を述べ立てる。

「貴様たちの話を聞いていて、私も理解したのだが……。あんな槍半魚人ランス・サハギィなんて、東の大陸には存在しないのだろう? そもそも東の大陸では、普通のモンスターがアイテムを落とすこともないのだろう?」

「ああ、そうだ。確かに、その意味では……。この『珊瑚の槍』こそ、別大陸を探索したという、何よりの証拠になるだろうな」

 ラビエスが『珊瑚の槍』に目を向けながら、そう答えた。

 少なくとも、この男は、私の言葉を鵜呑みにしたらしい。

 パーティーのリーダーが真っ先にこの反応ならば、他の者たちも、それに従う可能性が高い。そう私は期待したのだが、

「でも……。単なる記念品として遊ばせておくには、少しもったいない気がしませんか?」

 パラが、反対の立場を示す。

 だが『遊ばせておく』という意味ならば、彼らの二本の剣――炎魔剣フレイム・デモン・ソード風魔剣ウインデモン・ソード――だって、常に一つは『遊ばせておく』状態ではないか。

「これはこれで有効活用したい、ということか?」

「そうです、ヴィーさん。先端から電撃を飛ばせるということならば、ひょっとしたら風魔剣ウインデモン・ソードよりも効果的に使えるかもしれないので……」

 パラの言葉に続いて、

「あら、そうね。電撃も雷魔法と同じようなものでしょうし、ならば、水の中のモンスターには、特別に効くのよね?」

 マールも、パラに同調する態度を示した。

 最後の部分は、レスピラに対する確認だったようで、ちらっとレスピラの方を向いている。だがレスピラは、マールの期待に沿うような言葉は返さなかった。

「そうとも言い切れません。確かに、サハギィ系統は雷魔法に弱いという話ですが、川にいるモンスター全ての弱点が雷属性というわけではありませんから。もちろんサハギィ系統以外にも、殺人魚ころしうおとか、大寄居虫オオゴウナとか、川渦潮リバー・エレメントとか、雷に弱いモンスターは存在していますが……」

 きちんと訂正しておくことは、レスピラにとっても重要なのだろう。

 敵の弱点に基づいて冒険者は戦闘方針を組み立てるはずだが、その段階でミスをしたら大変だ。特にこの旅では、ラビエスたち冒険者だけなく、私やレスピラまで困ることになるのだから。

「いっそのこと、次の戦いからは、私が、風魔剣ウインデモン・ソードじゃなくて『珊瑚の槍』を使うことにしようかしら……」

「いやいや、マール。二度の戦闘で、せっかくパターンが確立したんだ。あまり変えない方がいいと思う」

 ラビエスは、まだ私に『珊瑚の槍』を譲渡する意思があるらしい。

「そもそもマールは、剣の扱いには慣れているけど、槍に関しては未知数だろう?」

「まあ、それはそうだけど……」

「それに、マールは風魔剣ウインデモン・ソードに思い入れが強いから……」

「あら、ラビエス。それは違うわ。私が愛着あるのは、炎魔剣フレイム・デモン・ソードの方だけよ。何と言っても炎魔剣フレイム・デモン・ソードは、あなたが私のために拾ってくれた剣ですからね」

 そう返すマールの顔が、一瞬だけ、勇ましい女冒険者ではなく、恋する乙女のような表情に見えたのは、私の気のせいだろうか。

 ラビエスとマールの二人は幼馴染なのであって、恋人同士とは微妙に違うように、今まで私は思っていたのだが……。

 仮に恋人関係にあるのだとしても、幼少期からの付き合いなのだから――その結果として自然にまとまったカップルなのだから――、すでに長年連れ添った熟年夫婦のようなものであり、付き合いたての若い初々しさとは無縁のはずなのだが……。

 そんなことを考えていると、センとラビエスの会話が、私の耳に入ってきた。

「ラビエス、余計なことは言うなよ。こういうのは、女たちの意見を尊重した方が、いいんじゃねえか? ほら、カミさんの話に黙って頷くダンナみたいにさ」

「おいおい、セン。別にマールは、俺の嫁ってわけじゃないぞ?」

「それでも、女たちが『欲しい』という物があるなら、黙って与えてやるのが男の度量ってもんだぜ」

 二人は小声で言葉を交わしているので、男同士の内緒話のつもりだったらしい。だが、この程度の『小声』は、いつも私には聞こえてしまうのだ。時には、あまり聞きたくないような――陰口に近いような――言葉の場合もあるが、少なくともこの二人の場合、それほど不快感のあるひそひそ話ではなかった。

 そうやって、男二人の方に私の意識が向いている間に、パラが声をかけてきた。

「ヴィーさんに誤解して欲しくないのですが……。私が『遊ばせておくのはもったいない』と言ったのは、マールさんに使ってもらうことを想定したからではありません。私かラビエスさんが使うことを、考えていたのです」

「ああ、さっき言っていた魔力温存の話か」

 パラがラビエスと話していたのは、私も聞いていたから、理解している。

「攻撃魔法は無理だが、初歩的な回復魔法ならば、私も使える。つまり、多少は魔法の知識もある。だから……」

 以前にセンに対して述べた言葉を、この機会に、ラビエスのパーティーにも告げてから、

「……この二度の戦闘で、魔法士の二人が魔力の出し惜しみをしていないのは、見ているだけでわかった。ならば、もしも貴様たちの魔力が尽きそうになったら、その場合に、魔法の代わりとして『珊瑚の槍』を使えばいいではないか。その時は、私が貸し与える、という形で」

 魔力がからっぽになった魔法士など、役立たず以外の何者でもない。

 この『珊瑚の槍』も、おそらく彼らの特殊な武器と同じで、魔力を込めて使う武器だろう。ならば、完全に魔力ゼロの状態では、その特性を活かすことも出来ないはずだ。

 だから魔力に余裕のある私が所持しておいて、彼らに渡す時に私の魔力を注ぎ込んで、その状態で使わせるのが、一番だと思うのだが……。

「だとしても……。やっぱり、それまでは『遊ばせておく』ことになるんですよね。冒険者じゃないヴィーさんには、その武器は使えないのでしょうし」

 パラが、妙に食い下がってくる。

 別に私は、そこまで『珊瑚の槍』の所有権に執着していたわけではないが……。

 こうなると、私も意地になってくる。

 ならば、建前ではなく、少しだけ本音を示してやろうではないか。


 最初に「調査報告に添える証拠品として『珊瑚の槍』をもらいたい」と私が述べたのは、半分は口実だった。確かに、持って帰った後は提出するつもりだが、この旅の間は「私自身が『珊瑚の槍』を使ってみたい」と思ったのだ。

 以前に記したように私は、宗教調査官となるための訓練課程で、杖を活かした棒術の一種を叩き込まれている。その際、教官から「棒術の『突き』は槍術に応用できる」と言われたことがあった。だから今回、この『珊瑚の槍』を、いざという時は私自身が武器として活用しようと考えたのだ。

 私が「槍を扱える」と明かすことは、ある意味「宗教調査官は無力であり、戦うことなんて出来ません」というポーズを壊すことにもなるのだが……。

 どうせ長い旅だ。

 途中、私が戦いに参加する必要も出てくるかもしれない。最後まで「私は戦えません」と装い続けるのが無理ならば、今ここで明かしてしまっても構わないだろう。

 そう判断した私は、

「……これで、どうかな?」

 手にした杖で、パラに対して『突き』の型を披露してみせた。

 寸止めというほどでもなく、パラの体には全く届かない距離で杖を止めたのだが、

「わっ!」

 彼女は、あからさまに驚いた態度を示した。

「びっくりさせないでくださいよ、ヴィーさん。なぜ私が攻撃されるのだろう、って思っちゃいました……」

「馬鹿なことを言うな。護衛である貴様たちを、味方である貴様たちを、私が攻撃するわけなかろう」

 そう言って、私は彼らに笑いかけた。

 なるべく穏やかに笑ったつもりだが、むしろ私の笑顔は冷笑に見えるそうだから、もしかすると彼らも、そう感じたのかもしれない。

 しかし。

 顔では笑っておきながら、私は、心の中では全く別のことを考えていた。


 はたして「私だって少しは戦える」と示したのは、本当に正しい判断だったのだろうか?

 たった今やってみせた行動を、早速、私は少し後悔し始めたのだった。

 そもそも、あそこまで『珊瑚の槍』にパラが固執しなければ、私は『突き』の型を披露することはなかったはず。

 ならば。

 もしかしたら、パラは、これを私から引き出すために――宗教調査官も戦えると私に認めさせるために――、あんな態度を見せたのではないだろうか?

 だとしたら、私は、彼女の罠に嵌ったことになる。

 そもそもパラという娘は、子供っぽく見える顔立ちのせいもあって、その発言も「深い意図なんて存在しない、無邪気な子供の言葉」に聞こえがちだ。今回の『珊瑚の槍』に関しても、私には「子供が駄々をこねて欲しがっている」と見えていた部分があったかもしれない。

 しかし。

 子供っぽく見えるからこそ、かえって危険なのだろう。

 このパラという少女は、純真無垢が当たり前な、幼い子供などではない。魔法学院を卒業するような年齢の、立派な冒険者なのだ。

 だから、見た目とは全く違う腹黒娘という可能性だって、考えられるのだ。

 私自身、この記録の中で、以前に「今この私を気遣っているような態度を見せる少女だって、腹の中では何を思っているのか、わかったものではない」と書いたはずだったのに……。

 外見が可愛らしい娘だからこそ。

 このパラという少女に対して、もっと私は警戒心を持っておくべきなのかもしれない。


「なんだよ、ヴィーさん。あんた、戦えるんじゃねーか」

 早速センが「騙された!」という顔で、そんな言葉を口にしている。

「いやいや、戦えるというほどではないぞ。護身術にも満たないくらいで、モンスター相手には全く役に立たないはずだった。だが……」

 謙遜ではなく本心から信じているような口調で、私は主張した。

 そして、目の前の武器を指し示す。

「この『珊瑚の槍』を使わせてもらえるならば、少しは違ってくるかもしれないな」

 さらに私は、いくらか話を誤魔化すために、

「そういえば……。先ほどセンは、この槍に関して『女たちの意見に従え』と言っていたが……」

 あえて、少しセンが困りそうなことを言ってやる。

「おい、セン。聞こえていたぞ」

 ラビエスの呟きは無視して、

「貴様は、どう考えているのだ? 『女たち』の中で、貴様だけは、何も意見を述べていないようだったが」

 私は、リッサに向かって問いかけた。


 冒険者リッサ。

 おそらくラゴスバット伯爵の姪、あるいは年の離れた従兄妹いとこに相当する人物だ。つまり、このパーティーの中で、私が一番注目すべき人物だ。

 そんな彼女が、この『珊瑚の槍』の問題については、ここまで沈黙を保っている。たとえ些細な意見であっても、ラゴスバット伯爵家の意図を垣間見れる可能性があるから、是非、彼女の考えを引き出したいのだが……。

 水を向けられた彼女は、特に興味もなさそうな声で話し始めた。

「私は……。お前が欲しいというなら、くれてやればいいと考えている。けちけちする必要もない、と思うからな。長い旅の間には、今後も槍半魚人ランス・サハギィと出会うだろうし、ならば『珊瑚の槍』も、いくらでも手に入るだろう」

 最初の遭遇で入手したものだから、リッサから見て『珊瑚の槍』にレア感などないらしい。レスピラの説明では、それほど頻繁に落とされるアイテムとは思えないのだが。

「だいたい、この旅をしながら、私たちは、ヴィーを護衛する仕事を続けているのだろう? ならば雇い主の意見を尊重するのが当然ではないのか?」

「珍しく、リッサが的確なポイントを突いたな」

 ラビエスが、軽く笑っている。これを『珍しく』と言ってしまうのは、ある意味、失礼に当たるのではないだろうか。この男が、リッサを――ラゴスバット伯爵家の人間を――どう評価しているのか、少しわかったような気がする。

 ともかく。

 リッサの言葉が決め手となって、問題の『珊瑚の槍』は、私が所有することに決まった。

 それにしても。

 リッサが、あんな意見を言うということは……。

 ラゴスバット伯爵家としては、この程度のアイテムは眼中にない、ということなのだろう。ラゴスバット伯爵家は、何らかの目的があって、未知の大陸へリッサたちを送り込んだはずなのに。

 ならば。

 やはり、よほど大きな企みがあるに違いない。


 水運都市スタトを出てすぐに、立て続けにモンスターが現れたので、このペースで襲撃が続くのかと思ったが……。

 その後しばらく、モンスターは出てこなかった。ラビエスたち冒険者ものんびりとしているので、気配すら微塵も感じていないようだ。

 田舎の田園風景のような中を進む船上で、彼らはくつろいでいる。確かに、モンスターもいないのに、ずっと気を張っていても仕方がない。これが冒険者の正しい心構えなのかもしれない。

 私は私で、特にやることもなく、先ほどの戦闘のことを考えていた。

 二度目の戦いの中、槍半魚人ランス・サハギィが放った電撃に対して、リッサが使った魔法……。

 防御魔法デフェンシオン。

 私も目にするのは初めての魔法だった。

 あの場でラビエスはセンに「ラゴスバットの城に伝わる秘密の魔法」と語っていたが、さすがに、秘術というほどではない。デフェンシオンという魔法が存在すること自体は、私も知っていたくらいだ。

 でも、使い手の少ない魔法であることは、間違っていない。やはり、リッサは優れた魔法士なのだろう。いかにも、ラゴスバットの人間だ。

 もしかすると、わざわざ彼女が武闘家の格好をしているのも「自分は魔法士である」というイメージを払拭するためなのだろうか。「ラゴスバットは、一般には知られていない魔法を秘密裏に管理している家系」と承知している者もいるから、一種のカモフラージュのつもりなのだろうか。

 私の考え過ぎかもしれないが……。

 何もやることがない間の暇つぶしとして。

 リッサを見ながら、私は、そんな想像をするのだった。

   

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