エギルが語る武勇伝

 〈骨の湿原〉には一〇〇人以上の男たちが、ほぼ半数に分かれて向かい合っていた。俺たちが今までやってきたような一〇人程度の戦いとは規模が違う。本物の戦場だ。


 やがて頃合いと見たのかソルケルが数歩前に出て振り返り、大声で俺たちにこう言った。


「俺の呼びかけに応じてくれて感謝する。敵はあのハーコンの野郎で、勇者と名高いラグナルも向こうに付きやがった。だが恐れる事は何もない。二人のうちどちらかでも殺せばその者は間違いなく大地の神ノウスの目に留まるだろう。〈大地の館〉に招かれ、やつらと蜂蜜酒を酌み交わせるかもしれんぞ」


 ははは、と何人かが笑った。


「それに残された妻子の事も心配するな。俺が間違いなく面倒を見ると約束する。春までには豚みたいに丸々と太らせてやるぞ。嘘だと思うか? 俺のこの腹とうちの嫁を見りゃ分かるだろう」


 ますます笑い声が上がって、今度は俺も笑った。ソルケルは踵を地面に打ち付け、真剣な顔つきになって話を続ける。


「見ろ、地面はすっかり凍り付いている。つまり今この戦場をご覧になっているのは大地の神ノウスのみだ。新たな勇者の誕生を今か今かと待っておられるに違いない。なれば我らは戦士として雄々しく戦うのみよ。臆病風を吹き込む悪魔の囁きに耳を貸すな。人数の上ではほぼ互角。個々人の力量が雌雄を決する。これ以上ない良き戦場ぞ」


 ソルケルの演説は良かった。彼に付いて正解だったなと思ったよ。ハーコンのほうも何か話していたが、あまり盛り上がっていないようだったからな。


 ソルケルが盾を斧の腹で叩き始めて、皆もそれに従った。後はいつもどおり、大きな盾を持っているやつらがソルケルを中心に横一列に並び、頃合いを見て首長に合わせて前進する。


 もちろん敵方も全く同じようにしてこちらへ向かってきた。


 俺も盾を持って一列目に加わり、ソルケルの「行くぞ!」という声に合わせて助走をつけた。両軍の盾の壁が激突し合ったが倒れた者はいなかった。


 盾の隙間から突っ込まれてくる槍や剣に気を付けながらしばらく押し合いを続けていると、ついに壁の一角が崩れ、そこから一気に乱戦へと突入だ。


 規模は違うが、いつもの戦いと同じ流れだからな、お前もよく分かるだろう。


 敵味方入り乱れてそれぞれ殺り合い、俺も一人倒したが、次の奴が手強かった。お互いに武器を失っても殴り合い、取っ組み合いになって、また武器を拾って戦った。


 そうしてついに相手を打ち負かした時、俺は息も絶え絶えで腕も上がらず、天を仰いだ。新鮮な空気が欲しかったんだ。そして見つけてしまった――ハーコンとラグナルがこっそり戦場から逃げ出して行く姿を。


 信じられるか?

 首長と、勇者と名高い戦士がこそこそ逃げ出したんだぞ。味方がまだ戦っているというのに。


 俺は頭にきて、すぐに二人を追いかけた。俺が逃げ出したと思ったやつもいたかもしれんが、説明している暇は無かった。二人はもう森に入っていたから、見失うまいと必死だった。


 大地の神ノウスに祈りながら俺は森の中を走った。戦場から逃げ出した臆病者を、この聖なる戦場を恥で汚した二人を、この手で始末させて下さい――と。


 祈りは届き、俺のほうが先に小さな崖の下にいる二人を見つけた。


 不意打ちできたかもしれんが、もちろん俺はそうしなかった。堂々と姿を現して、「おい」と呼びかけると、ラグナルが「お前は誰だ」と言った。


「俺はビャルニの息子エギルだ!」


 そう名乗りをあげながら、猛然とラグナルに襲い掛かって剣で奴の腕を切り裂いてやると、ラグナルは悲鳴を上げて血を撒き散らしながら雪の上を転げまわった。


 それを見たハーコンはビビッて崖に背中をへばり付かせながら、「助けてくれ!」と命乞いしやがった。


 そんな情けない奴を殺ったところで神は俺を評価すまい。戦場に戻って強者を探したほうがましだ。


「消えろ。二度と俺の前に姿を見せるな」


そう言って背中を向けた時、ハーコンの野郎が卑怯にも後ろから短剣で俺の脇腹を刺したんだ。


 女の腐ったような奴だ。俺はブチキレちまって――その後に何をやったかはっきり覚えていないんだ。俺がキレると見境なくなるのはお前も知っているだろう。たぶん二人とも殺したと思うんだが。


 我に返った時にはもう夜で、俺は森の中を歩いていた――。

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