第3話 遮断機に咲かなかった華

 ふらり、と天の前を歩く者がいた。紺色の長くて野暮ったいスカート。見慣れた制服からして、同じ高校の生徒だろう。

 それだけならば、何の問題も無かった。通学路で同じ学校の生徒とすれ違うくらいはよくあることだ。

 だが、今回は違った。女生徒は、まだあかない踏切の中に、入り込んでいた。


 は? と思わず声が出た。まだ踏切の鐘は鳴りっぱなしだ。赤い警告灯が点滅している。

 だというのに、女生徒は踏切の中にいる。しかも、立ち止まった。

 周囲がざわめく。このままだと、女生徒はやってくる電車にひかれてしまう。


 そこで動けたのは、天だけだった。正義感や使命感などなかった。ただ、反射的に体が動いた。

 仕切り棒をくぐって、踏切の中へ。地面から震動が伝わってくる。電車は間近までせまっている。

 なけなしの運動神経を振り絞って、天は走った。ほんの一メートルか二メートルの距離を、人生で一番ともいえる速さで。

 腕を引く余裕はない。飛びつき、天は女生徒を抱きかかえる。勢いで転がり、なんとか反対側の踏切までたどり着く。


 その、数秒後だった。電車が通り過ぎたのは。耳障りな甲高い音と共に、電車が急ブレーキをかけている。

 それをまるで異世界のことのように感じながら、天は腕の中にあるものを力いっぱい抱きしめていた。


 人々が駆け寄ってくる。


「大丈夫か、君!」

「ケガはないか!」

「大変、鼻血が出てる!」


 人々の声は遠かった。まだ、心臓がバクバクと鳴っている。抱きしめている何かが動くまで、天は荒い息のまま空を仰いでいた。


「痛い、です。離してください」


 この声だけは、鮮明に聞こえた。


「え? あ?」


 気の抜けた声を出しながら、天は抱きしめたものを思いだした。

 切りそろえた黒髪を見た。濡れて、揺れる瞳を見た。天の頭二つ分は低いだろう背丈の、女生徒がいた。


「ご、ごめん……」


 そう言いつつも、強張った体から力を抜くのは苦労した。

 女生徒が、天の腕から出て行く。


「どうして」

「は?」

「どうして、邪魔したんですか……」


 大の字に倒れたままの天を、女生徒は静かに見下ろしていた。堪えていたであろう涙を、あふれさせながら。

 近くにいた人に助けられつつ、天も立ち上がる。自分よりも背の低い女生徒は、今度は天を見上げて、


「邪魔、しないでくださいよぉ……」


 隠すことのない泣き声を上げた。

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