第2話 いつもの帰り道、だったはず

 教室に戻っても、クスクス笑いは止まらない。天には分かっている。

 席が前の方なので、後ろの方は見えない。見ない。分かりきったことを確認する必要はない。

 教室でも、天は一人きり。


「また斉藤だったな」

「斉藤君の方が、偉いんだろうね」


 生徒会に優劣などないはずなのに。会長という肩書を自分たちで付けたくせに、クラスメイトはあざ笑う。

 天は、教科書に目を通すふりをした。内容など、頭に入ってこない。背中に刺さる視線が痛すぎる。


「授業を始めるぞー」


 いつの間にか来ていた女性教師が、言葉通りに授業を始めた。

 今日も、いつも通りの一日だ。五月の爽やかな日差しも、天の心までは晴らしてくれなかった。

 面白くない授業は淡々と過ぎていき、ノートに書き込む内容も、昨日と変わった感じがしない。


 昼休みは、いつも一人で図書室に行く。隅っこの方で、なるべく人目に触れないように、本を読む。

 たまに気づかれるが、誰もが何も見なかった風を装って離れていく。いつも天の近くの席には誰も座らない。


 昼休みが終わり、午後の授業も終われば、やっと天は学校という牢獄から解放される。


 学校にいても、良い事などない。天は、帰巣本能に従うように、素早く学校から出て行く。

 帰り道には、商店街がある。天は、いつものパン屋に寄り、好物のこしあんぱんを買った。


「お、今日もありがとうね、天くん」


 顔なじみの女性店員さんが、明るく声をかけてくれる。

 まだ年若いが、夫婦でこのパン屋をやっているらしい。


「いえ、ここのパンは美味しいですから」

「あはは、ありがとう。うちはお客さんが少ないから。天くんが買って行ってくれると嬉しいよ」

「そんなことは……」


 若奥さんは、天の数少ない心の癒しだ。こんな奥さんがいて、調理室でパンを焼いている旦那さんが羨ましい。


「百二十円ね。っと、そういえば、そろそろうちのスタンプ貯まってるんじゃない?」

「え、あ、そういえば」


 財布からパン屋のスタンプカードを出す。奥さんの言う通り、五百円無料分のポイントが貯まっていた。


「せっかくだから、他にも選んでいって。あ、メロンパンが焼きたてだよ」

「それじゃあ、いただきます」

「他にも、チュロスとかもあるよー」

「じゃあ、それも」

 

 ぴったり五百円分の買い物をして、天はパン屋を出た。


「また来てねー」


 そんな声が、とてもありがたい。

 お得に買えたパンに満足感を刺激されつつ、帰り道を進む。

 この商店街は、いつも安らぐ。ただの高校生として、天を扱ってくれるのだから。

 ただ、この商店街唯一の欠点は、途中に踏切があることだろうか。

 商店街のど真ん中を横断する踏切は、なかなかあかない。高架化するという話もあったそうだが、それも数年前の話。


 どうなっているのかは、ただの高校生である天には考えが及ばない。今日もあかずの踏切で、通り過ぎる電車を見ていた。

 いつもの道で、いつもの光景。

 それが一変したのは、踏切にまた新たな電車が来ようとした時だった。

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