第19話 フェルの成長

 宿の主人たちに怪しまれないよう、イルルクたちは度々賑やかな娯楽施設へと足を運んだ。

 イルルクはフェルと離れなかった。ルドリスが情報収集がてら年齢制限のある区画へ入っていった後、イルルクとフェルは連れ立って子供向けの玩具が景品になった露店やお菓子の露店が立ち並ぶ路地へやってきた。

 そこでイルルクは、子供が少ないと思った事を思い出したのだった。

 路地にはちらほらと子供がいた。大体の子供が顔半分を隠す仮面を付けていて、イルルクたちの方を少し珍しそうに伺っていた。


 フェルが路地へと足を踏み入れ、それに引っ張られるように続いたイルルクを見て、真っ黒な下地に乳白色の石が散りばめられた、顔全体を覆う仮面を付けた少年がイルルクたちを見て指をさし、側にいた少年三人を呼び集めるようにして言った。


「女に引き摺られて情けないやつだな」


 クスクスと侮蔑の籠った笑い声を隠しもせず、イルルクたちの仮面や服装、ぬいぐるみに難癖を付ける。フェルの機嫌がどんどん悪くなっていくのを感じながら、イルルクはフェルが暴れないようにと願った。


「おい、無視するなよ」

「そうだ、ドルビルの父さんはこの街で一番金持ちなんだからな」

「貴方の事に、貴方のお父様は関係ないのではなくて?」

「なんだと」

「私たちは貴方に嗤われるような事をしてはいません。初対面の人間を嗤うような人とお話をしたいとも思いません」


 フェルはそう言うと、イルルクの手を引いて路地を引き返した。

 イルルクは感心していた。口より先に手が出るのが常だったフェルが、暴れるのを我慢している所など見た事がなかったからだ。

 フェルは周囲に人の気配がない事を確認してから、イルルクを見て顔を顰めた。


「なんつー顔して見てんだよ。俺だって最低限は弁えてるっつーの」


 イルルクたちはそのまま宿へ戻った。

 変に事を荒立ててしまってはいけないだろうと。

 ルドリスが戻るまでの間、キリに見てもらいながらイルルクは自分の出す炎の量と温度を調節する練習をしていた。


「なあイルルク、丁度いいから風呂沸かしてくれよ、風呂」

「なんでボクが」

「いや、水を蒸発させずにお湯にするのはそれなりに炎の調整が必要だよ。湯船を壊してもいけないしね。いい訓練じゃないか」

「ほらみろ」

「自分が風呂入りたかっただけだろ!」


 フェルは口笛を吹きながらテーブルに積んである本を一冊取り、ベッドに寝転んだ。

 イルルクはしぶしぶと云った風に風呂場へ向かった。

 風呂場はさほど広くはなかったが、湯船があった。

 イルルクは今まで風呂に入った事は数えるほどしかなく、大抵は水浴びで体を清めていた。こんな風に風呂の支度をするのは初めてだった。

 宿の風呂場には蛇口が付いていたが、お湯は出なかった。お湯を使うには宿の主人に金を払い、沸かした湯を貰ってそれを水で丁度いい温度にする事が必要で、湯船をいっぱいにする為には数回湯を沸かしてもらわねばならなかった。

 水を使う分には追加料金は取られない為、フェルはイルルクに沸かして貰えばいいと思ったのだろう。


 イルルクは蛇口を捻り、湯船を水で満たした。

 それから両の手を水の上に広げ、集中する。

 この水の量であれば、あまり炎は大きくない方がいい。温度も高すぎると蒸発してしまうし、かといって低すぎればいつまでもお湯にならない。

 イルルクは何度か手を止め、湯船に手を入れては温度の確認をした。

 四回目の確認でようやく丁度いい温度になり、イルルクはフェルに声を掛けた。

 フェルはイルルクに礼を言うと本を閉じ、風呂場へと消えていった。

 その時にはもう既にフェルは貴族のお嬢様でもなんでもなくなっていて、ドレスはベッドに放り出されていた。

 イルルクは皺にならないよう、ドレスを壁際の洋服棚にぶら下げておいた。

 それからまた、訓練に戻るのだった。


 ルドリスが戻ってくる頃にはイルルクも風呂を済ませていた。

 イルルクが入った時点でお湯の量は減り温度も下がっていたので、イルルクはルドリスの為にもう一度風呂を沸かした。

 風呂場からルドリスの気持ち良さそうな声が聞こえてきて、イルルクは嬉しくなった。

 自分の炎がこんなにも平和な出来事の役に立つのだと。


 ルドリスは街で、不穏な噂を耳にしていた。

 曰く、子供が消える。

 イラランケに他の街からやってきた子供だけではない、元々この街に住んでいた子供も数名、行方不明なのだという。

 何人かは死体が発見されていて、しかし犯人の姿は誰も見た事がないらしかった。


「だからお前らも、用心しとけ。夜は出歩くな」

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