第18話 炎神の愛

 宿に戻り、キリをテーブルの上に座らせ、三人で囲むように座る。

 キリはルドリスに自分の魔力を認識する為の基礎訓練を教えると、フェルにもルドリスのしている事を良く覚えておいてと言った。

 フェルは神妙に頷いて、ルドリスの傍に座って一挙手一投足を食い入るように見つめていた。


 イルルクはまず、インクに魔力を込める作業から始める事になった。

 魔力を込めると言っても難しい事ではないとキリは言った。インクを両手で包み込むように持ち、自分の魔力がそこへ注ぎ込まれていくような想像をするだけだと。

 イルルクは言われた通りにインクを握りしめ、魔力を注いだ。じわりとインクが暖かくなったように感じられインク瓶を見ると、黒かった中身が濃い赤色になっていた。

 イルルクはそれから、紙に魔法陣を幾つか描いた。発動する魔法陣は描き終わった瞬間に一度仄かに光るのだが、イルルクが描いた魔法陣は半分程、光らなかった。

 魔法陣は描き間違っていない筈なのにどうしてだろうとイルルクが首を傾げていると、キリが床に広げられた魔法陣を見て言った。


「きみには炎の魔術以外は使えないんだな」

「え?」

「イルルクは多分、炎神に愛されすぎて他の神が属性を少しも与えられなかったんだろう」

「ええー」

「普通は得手不得手はあっても完全に偏る事はない筈なんだが……まあイルルクはとんでもない炎を出せちゃう訳だしなあ」

「じゃあ他の属性の魔術は呪文を唱えても使えないんだ」

「そうなるね」

「ちぇ」

「いいじゃねーか一種類でも使えるならよ!」

「うう、そうだね」


 ルドリスを観察するのに飽きたのだろう。フェルはイルルクにそんな事を言いながら動きやすい格好に着替え、隠しナイフを綺麗に磨いていた。

 ルドリスは自分の中の魔力を感じる事が出来たらしく嬉しそうにキリに質問をして、また訓練に戻った。

 そういえばとイルルクはフェルに聞いた。ピアスにはどんな効果があるのかと。


「ちょっとでも魔力が感じられたら、このピアスを使えばその魔力が膨れ上がるんだと! 俺は魔力量がめちゃくちゃ少ないだけかもしれないから、可能性を信じ続けるならいい買い物だよって、言われたんだけど……嘘かな」

「いや、フェルに嘘吐けないでしょ」

「まあ確かに嘘吐いてる感じじゃなかったな」


 フェルは野生の獣のように五感に優れていた。リュエリオール・フェミリーに引き取られる前の、幼い頃が一番感覚が尖っていたとフェルはいつも言っていたが、イルルクにはそうは思えなかった。

 出会った頃より、今の方がフェルに隠し事は出来ないと思う。

 死人の記憶が視られる事も、フェルは勘付いているのではないかと。

 生き残る為には、肉体的な強さ以外にも重要な事がある。

 秘密を守る事、自分の大事な情報をしっかりと管理する事である。

 それをフェルもイルルクも知っているから、イルルクが死人に関して何か大切な秘密を持っていて、それをフェルに隠している事は間違ってはいない。

 だが街から追われている今の状態でいつまでもこの秘密を抱え続けるのは得策ではないように思えて、イルルクは言い出す機会を伺っているのだった。


 街から追われている、と云うのはどういう状況なのか。今更ながらきちんと把握している訳ではない事に思い至ったイルルクは、ルドリスに聞こうとして止めた。集中を途切れさせてはいけないと思ったからだった。

 代わりにキリに訪ねた。魔術師殺しと言っていたのはキリだった筈だ。


「ボクはあのまま街にいたらどうなってたの」

「処刑されてたかな」

「しょ、処刑?!」

「魔術院がイルルクに殺されたと認識している魔術師は、あの街の魔術師の中でも位が高かったからね。ああ……でも、イルルクにこれだけの魔力があると分かったら、研究施設に送られて実験材料にされるかもしれない」

「実験材料……」

「魔術院は幾つかの施設に分かれていてね、魔力の有無や量なんかはまだ不確定要素がかなり多いから、炎の魔術しか使えない事といい、イルルクはかなり貴重な研究材料になる筈だ。博士なんかは喜び勇んでキミを調べそうだなあ」

「博士……?」

「ああ、研究施設の管理者でね。オルークス博士って人がいるんだけど、研究馬鹿っていうか、とにかく凄い人なんだ」


 イルルクの脳内には、あの時の少女の記憶が蘇っていた。あの時殺された老人は、確か博士と呼ばれていた筈だ。もしあの老人がキリの言う博士だったとしたら。どういうことだろう、偉い魔術師と、偉い博士が殺されてしまった?

 中央特区に何が起きているというのだろう。

 処刑もされたくない。研究材料にもなりたくない。

 だが、また街に戻れたならば、中央特区の研究施設に行かねばならないだろうとイルルクは思った。博士の死体を探して、博士に触れなければ。

 あの言葉が本当にイルルクに向かって発せられたものなのか、イルルクには判断できなかった。博士の記憶を視なければならないのは自分なのだろうか。

 イルルクには、死体の記憶を視られる事が、どこまで珍しい事なのか判断出来なかった。皆に打ち明けた時、キリやルドリスに教えてもらおうと思った。

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