第13話 火葬と祈り

 流行り病で死んだ死体は、村からかなり離れた場所に遺棄されるのがいつの頃からか村の決まりであったらしい。死体の山はもう何十年もあの場所にあって、新たな死体が積み上がる頃には、下にある腐敗した死体が潰れて山が低くなる。

 それをもう、ずっと続けてきたのだと村長は言った。

 もっと丁寧に弔ってやりたいと思っていても、流行り病で死んだ死体を長い間近くに置いてはおけない。生きている人間の命を最優先に考えると、結局昔からの決まりであるこの場所に捨てに来るしかなかったのだと。

 男たちは苦々しげに顔を歪めながら、イルルクたちを伴って森を進んでいった。


  死体の山に近付くにつれ強烈な腐敗臭が鼻をつき、イルルクたちは首元の布で口と鼻を覆った。

 男たちは平気な顔をして隣を歩いていて、ルドリスは彼らが種族として鼻の効きが悪いのではないかとイルルクに伝えた。そのせいで、いくら遠くに位置するとはいえこの死体たちのもたらす流行り病の連鎖から抜け出せないでいるのではないかと。


 イルルクは死体の山の前に立ち、おびただしい数の死体を見据えた。年齢も性別もまちまちで、もはや原型を留めていない死体も多かった。

 彼らの、もはや空洞になってしまった暗い瞳がイルルクに助けを求めているように感じられた。何百もの死体が全てイルルクの方を向いているような錯覚に陥る。

 イルルクはぶるりと震えた身体を押さえ、拳を強く握りしめた。

 それからイルルクは村長に、村の宗教について尋ねた。自分の馴染みの祈りの言葉を彼らにかけてもいいのかどうか。

 村長は構わない、と言った。


「俺たちが信仰するのは森の神だが、森の神の心は寛大だ。弔ってくれる者を受け入れない訳がない」


 イルルクは初めて、祈りの言葉を全て口にした。神官はいない。イルルクを叱責する者は、ここにはいないのだった。

 イルルクは両手を掲げ、祈りの言葉に乗せて炎を放った。初め青かった炎は徐々にその色を変え、どんどんと燃え広がっていった。

 青の炎は、死体を焼き尽くす頃には紫色になっていた。

 初めの内は肉の焼ける匂いが辺りに立ち込めていたが、山が半分ほどなくなるともはや白骨死体の方が目に付くようになってくる。彼らは一体、いつからここにいるのだろう。

 永久に続く筈だった彼らの行き場のない身体を、イルルクが送ってやるのだった。

 紫の炎は流行り病の元も何もかも焼き尽くした。澄んでいく空気は、流石の男たちも感じ取れるらしかった。男たちはイルルクを見て、そしてイルルクと、浄化されていく同胞たちに祈りを捧げた。

 大量の灰が残された平地を、朝日が照らし始めていた。


 イルルクは、感染するかもしれないと止められるまでに何人かの死体に触れていた。流れ込んできただけでも分かる、苦しみと、悲しみと、痛み、憎悪、懺悔、後悔、イルルクは人がこれほどまでに感情を露わにするのかと驚き、そしてすぐに蓋をした。これ以上この強い感情に触れ続けていたら、イルルク自身が壊れてしまうような気がしたからだ。


 夜が明ける前に一度どこかへ身を隠さなくてはと言うルドリスに、村長が村へ来いと言った。

 彼らは自給自足とたまの盗賊行為で生計を立てているらしく、村の存在は兎も角として、正確な位置まで把握している者は自分たち以外にはいないからと。

 火葬の礼もしたいんだと言われ、イルルクたちはその言葉に甘える事にした。

 街の外も、森も、大量の死体を焼いた事も。初めて尽くしの数時間に、イルルクは少し、疲れていた。

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