第14話 フェルの隠し事

 村に着くと、彼らは村に残されていた者たちにイルルクのした事を説明した。イルルクは村人たちに囲まれ、感謝の言葉と祈りの言葉をこれでもかと浴びせられた。

 村の人々は村の全てでイルルクたちをもてなす事にしたらしかった。

 村は、幾つかの家と畑で出来ていた。自分たちの住処を知られないようにする為に、いくら金があろうと村は最低限の大きさに留めておくのだと彼らは言った。


 本来の目的地としていたイラランケは丸ごと娯楽施設で出来ているような街で、金が全て。ある意味では貴族も平民も関係なく、単純に資産の多さがそのまま街での上下関係になるような場所だった。

 その為に彼らは、イラランケの人間を相手にする時には、森で奪った豪奢な衣装を身に纏い、さも金がある風を装って油断した者から盗みを働くのだそうだ。

 イルルクたちは別に油断させて誰かに近付くといった事をするつもりはなかったが、それにしても街の住人の中に紛れ込むならば最低限舐められない程度に金を持っていると思わせるべきだと彼らは言った。

 それに変装にもなって一石二鳥だと。村の女たちはイルルクたちを早く着替えさせたくて堪らないようだった。

 イルルクたちはそれぞれ女たちに連れられ、彼らの持っていた貴族の服を着せられる。


 イルルクはさらりとした肌触りの白い艶やかな長袖に腕を通した。胸の辺りにフリルがあって、ボタンが留めにくい。それから何やらふかふかとした不思議な肌触りの紺色のズボン、白い靴下に、ピカピカに磨かれた革靴を身に付けた。

 帽子だけは最後まで抵抗した。結局女たちが折れ、イルルクは元々の帽子の上から、更にもう一つ帽子を被る事になった。顔の上辺りに鐔が付いていて、頭に被る部分は少し余裕のある帽子だった。この帽子もズボンと同じ生地で出来ていて、イルルクはその不思議な触り心地が気に入って何度も触った。

 キリを入れたぬいぐるみはどうしようかと考え、あとで村の人たちにもっと上等なぬいぐるみの作り方を教えてもらおうと決めた。

 イルルクが着替えを終えて皆で食事をする部屋までやってくると、何やらざわついていた。部屋の一角に人だかりが出来ていて、イルルクが近付くと村人たちは何とも表現しがたい笑顔でイルルクを見つめながら、その中心にいた人物をイルルクの前に押し出した。


 そこには首元の少し開いた若葉色のドレスを身に付け、その開いた首元にそれなりに大きな一粒の宝石が目を引く首飾りをしたフェルが立っていた。

 下ろした髪の毛には煌びやかな装飾を施した髪飾り、ふわりと広がったスカート部分に隠れてはいるが、靴にもやはり装飾が施されていた。

 傷を隠すように長いレースの手袋を嵌め、居心地悪そうにイルルクを見る。

 イルルクはと云えば、そんなフェルを見て目を見開いたまま、何も言えずに立ち尽くしていた。


「どーせ似合ってねーんだから俺もイルルクみてーなのがいい!」

「煩いぞ。お前もそろそろ誤魔化しきれない年頃なんだ、女の武器も磨け阿呆」


 ルドリスもイルルクと同じような格好をしていた。少し違うのはルドリスはジャケットも着ている事。ジャケット自体にも生地と同じ衣路の糸で刺繍が施されており、胸元にはフェルが付けている首飾りと似た意匠のブローチが光る。

 鐔がぐるりと一周ある、円筒形の帽子にも、羽根と共に豪勢な石が付いていた。眼鏡まで掛けており、別人のようだった。


「フェルって、女の子だったんだ」

「うるせーよ」

「びっくりした、でもすごい綺麗だね」

「う、うっせーよ!」

「フェル、言葉遣いもちゃんとしろ。敬語は教えたろ」


 イルルクはずっと、フェルを自分と同じだと思っていた。イルルクよりも体力があったし、強かったし、荒っぽかったからであるが、確かにフェルが服を脱ぐ所は見た事が無かったなと思った。

 フェルを見ているとイルルクは自分の魔力が揺らぐように感じた。

 気のせいだと流してしまえる程度の揺らぎだったが、イルルクは変だな、と思った。だが、それだけだった。

 フェルが女なのだと知り、イルルクはフェルへの態度を改めようと思った。そうしてフェルに話しかけた瞬間、イルルクは物凄い不機嫌そうな顔でフェルに返事を返されたのであった。


「必要に迫られない限りは女扱いすんな……」


 今までに見た事のないような形相のフェルに迫られ、イルルクは何度も首を縦に振る事しか出来なかった。

 イルルクも、フェルに対して今までと違う対応をしなければならないと思うとどこか身体に力が入ってしまうような感覚であったから、フェルに今まで通りでいろと言われて肩の荷が下りたような気持ちになった。

 しかしどこかで、それを残念に思うような気持ちもあったような気がして、イルルクは自分の不安定な感情に首を傾げるのだった。


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