うちいり

 知れば知るほど、たまっころには嫌悪の情しか湧いてこない。

 比丸の過去を哀れと思い、同情もするが、千年たった後の世まで悪影響を及ぼすのは、あんまりにもやり過ぎではないか。

 比丸。そしてその忠実な下僕たる万代老人。

 この二人をどうにかする。どうにか……どうにかだ。不十分ながら方策もある。僕がこの地下街に軟禁されて五日目。もうそろそろだ。

「知りたい事は知れましたかね? 坂本さん」

 初日以来のジャズバー。あの日のようにテーブルには僕と万代老人が座り、護衛のウォンはカウンター席でグラスを傾けている。

「まあ……知れたというか、余計に謎が深まったといいますか……。ツッコミ所の多い話でした。ええ」

「ほほう、それはそれは。コーヒーのお代わり、どうぞ」

「いただきます。本当にコレとボールの組み合わせは最高ですね。あなたは随分と研究をなさったのでしょう」

「……ねえ、坂本さん」

 老人はポットの持ち手を固く握りしめ、いつになく険しい顔を近づけてきた。

「お互い回りくどい事はやめましょうよ。あたしとしては、あんたに見せられるもの、聞かせられる事はだいたい示したつもりです。それで、あんたはあたし達に対して、これからどうしようと言うのです」

「ははは、だいたい示したつもり、ですか。どうもぼんやりしていますねえ。僕はまだ一番大事なことを聞いていませんよ。万代さん」

 なんだか僕はこのコーヒーを飲むと、妙に気分が落ち着いて肚が据わる。

「あなた方は結局、何がしたいのです。たまっころという妖怪になって、人を殺めてまで蔓延って、それで何を為すつもりなのです。……巻き込まれた側となっては、たまったもんじゃありませんよ」

「くっ」

 嘲りの笑みを漏らしたのは、ウォンだった。背中しか見えないが、あれはどう見ても僕を馬鹿にしている。

「何がしたい? 何を為すですって? 愚問ですねえ坂本さん。人間に同じ事を言ってなんと答えます。ええ? 人間は何をするために生きているのかって、個人の勝手な美学や哲学でなら答えられるでしょうが、種そのものでは何と言います。言えないでしょう。言えないからこそ、神や仏を持ち出して無理やり理屈をつけるんです。ねえ分かりますか。生きるのに理由なんぞいらんのですよ。あたし達はたまっころとして生きている。この事実。このままに生きている」

 老人は教壇に立つ教授のように、しかし僕が大学で知っているどんな先生よりも熱心に、胸の内を吐き出した。

「あたし達の目的は、まっとうに生きることです。妖怪だからと排除されることもなく、当たり前の生き物としてこの地上に生きること。それだけです。それだけなんですがねえ……。ただ、それを許さぬ輩もいるわけで、あたし達は自分の身を守るためにも、そいつらを始末しなくちゃあならないんですよ。坂本さん。あなたがそっち側に回るなら、あたしは容赦しませんよ」

 老人の瞳に、人食いの火がきらりと光った。その時だ。

「ここを開けなさい!」

 外階段に通じるドアを叩き、叫ぶ声が聞こえた。

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