べらべら

 僕の質問は老人を驚かせ、確かなダメージを与えた。

「薫がそう言っていたのですか」

 そう言う声も平静を装ってはいるが、口元からはさっきまでの嘲笑が消えている。

「私の屋敷に、誰か他人の気配があったとでも……?」

「いいえ。薫はたぶん知らないと思います。彼女の話を聞いた上で僕の推理……いえ、こんなの推理でもありません。当てずっぽうです。でもそのご様子だと当たりみたいですね」

「いちおう聞いておきましょうか。いったい何を根拠にそのような当てずっぽうを?」

「鞠ですよ」

 もったいぶってコーヒーを啜りながら、奴らを観察する。目の前の老人のみならず、下野とウォンも態度こそ変えないものの、部屋全体に静かな緊張が走っていた。

「それと、たまっころの食性です。たまっころは玉ならば何でも食べますが、基本的には最初に食べたものに固執するそうですね? 僕は野球ボール。下野さんはバスケットボールという具合に。そして僕の知る限り、万代さん、あなたはピンポン球でした。そうじゃないですか?」

「そうですよ」

「なのに、あなたは薫ちゃんに鞠を所望した。それも両親や祖母に秘密でという条件付きで。律儀な薫ちゃんが忠実に約束を守ってくれたから良かったものの、何だって幼い少女にお小遣いをはたかさせてまで鞠を持ってこさせたのか。それは、鞠を好んで食べるたまっころが、あなたの屋敷に居たからじゃあないんですか」

 老人の目から動揺が消えた。真実を言い当てられての開き直りだ。

 僕は畳みかける。

「あなたは、薫ちゃんの祖母とかなり長い期間すぐ近くに暮らしていた。その間、薫ちゃんの祖母はあなたがたまっころであるとまるで気が付いていなかったそうです。これはどう考えても不自然です。薫ちゃんの祖母は、遠い昔の事とはいえ、たまっころの存在を確かに知っていたんですからね。あなたが初めからたまっころだとしたら、どれだけ食欲を我慢し普通の人間を気取ったところで、どこかでボロを出していたはずです。……あなたがたまっころに変じたのは、もっと近年になってから。ひょっとして、ええ、これは本当に当てずっぽうですらない、僕の単なる妄想なのかもしれませんが、その匿っている人物と関係があるのではないですか」

「坂本さん!」

 突如老人が立ち上がった。本能的な恐怖が駆け巡り、僕は咄嗟に身構えた。

 だが、老人の顔に浮かぶのは怒りではなく、感激だった。熱い興奮の息が渦巻いていた。

「素晴らしい妄想です。ああ、やっぱり惹かれるんですねえ。あたしが見込んだ通り、あんたは最高のたまっころだ。いいでしょう、いいでしょう!」

 ちょいとお嬢ちゃん、と老人は下野を呼んだ。下野はバスケットボールに頬を寄せたまま、長い話に些かうんざりした顔で老人を見上げた。

「この人を奥へ案内してください。あたしが一緒に行ってもいいんですが、ついつい余計な口を挟んでしまいそうなんでね。お願いしますよ。またボールを工面してきてあげますから」

「はーい」

 気のない返事をして下野が立ち上がった。いったい何の話が進んでいるのか、僕にはさっぱりわからない。

「坂本さん。あんたがあたしに聞きたいことは、もっともっと沢山あるのでしょう。あたしと薫の話だけでなく、たまっころという存在と人間について、山ほど質問がある。その一つ一つに答えるのは大変ですが、あの人に会えばほとんどの問題がわかります」

「あの人?」

「あたしが屋敷に匿っていた人物。……いいえ、妖怪ですよ。あたしらみたいな半端者ではなく、本物のね」

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