もうりょう

「叔父様と言っても、本当は大叔父にあたるんだけどね。それに直接血は繋がっていないの」

 薫の語るところによると、万代サササカ氏は、薫の母方の祖母が嫁いだイショーマル氏の弟にあたるという。薫はこの遠い異国に嫁いだ祖母のことが大好きで、夏休みなどは必ず祖母を尋ね、その豪奢な家に滞在するのが楽しみだったという。サササカ氏ともそこで知り合った。

「なんでも、あちらの家の祖先も日本と繋がりがあるらしくて、日本の文化にとても興味を持っていらしたの。叔父様は気さくで、優しい人でね。ニコニコ笑いながらお菓子をくれて、私ともよく遊んでくれた。おじい様が厳格な方だったから、余計にそう感じたのかもしれない」

 十二歳の夏。いつものように祖母の国へ向かった薫は、バッグの中に上等の鞠を忍ばせていた。それは前年、サササカ氏から頼まれたものだった。次にこちらへ来るときには、ぜひ日本の鞠を土産に持ってきて欲しいと。その上で大叔父は奇妙な約束を持ち出した。鞠を持ってくるのは、薫のお母様にも、おばあ様にも言っちゃいけないよ。秘密のうちに運ぶんだ。出来るかな?

 十二歳といえば秘密と言うものに憧れる年頃だ。薫は大叔父の依頼を成し遂げ、祖母の家で開かれた歓迎パーティーの合間ひそかに鞠を手渡すと、大叔父はひどく喜んですぐ隣の自分の家へ飛んで帰った。

 薫は大叔父のことも好きだったが、一つだけ不満があった。大叔父の家は祖母の家のすぐ隣にありながら、一度も中へ招いてもらったことがなかったのだ。薫を可愛がり他の事ならば何でも聞いてくれるサササカ氏は、「年を食った男やもめの家なんて詰まらないよ」などと言って、家を見たいとせがむ薫をやんわりと跳ねつけた。

「きっと掃除をロクにしてないのよ。あそこの家は何度もメイドを雇ってるのに、すぐ気に入らないからって追い出しちゃうんだもの」

 祖母は笑っていた。

 ――私は叔父様との秘密を守ったのに、叔父様はロクに遊んでもくれず家に帰ってしまった。誰にも言っちゃいけないと言うから自分でお小遣いを貯めて買ったのに、これじゃああんまり。ようし、お返しにちょっと覗いちゃおう。

 一度その気になるともう止まれない。夜中にこっそりと部屋を抜け出し、広い庭を突っ切って、隣家の開いている窓を探す。夏休みの冒険は楽しい。

 あらあら、あのカシワの木は手入れがされなくて、大きな枝が二階まで伸びている。

 あれあれ、その近くの窓にはカーテンがヒラヒラ動いている。きっと月夜の空気がキレイだから、閉め切ってしまうのを惜しんだのね。ほら、雲の端にかかっている月が、もうすぐ露わになろうとしている。

 お転婆娘はカシワの木をするする登る。

 ――物音がする。

 ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ。

 窓の内は真っ暗闇。何も見えないけれど、誰かが何かを食べている音がする。

「美味し……美味し……」

 地の底から這いあがるような、陰気な声。薫の頭の先からおしりまで、ぞーっと冷たいものが走った。それに何やら嫌な臭いが漂ってくる。

 窓が開いているのは換気のためだったのだと、後で知った。そして、メイドを何人も雇ってはすぐに追い出した……という話の真実も。

 雲から月が出て、部屋の中が見えた瞬間、薫は悲鳴を上げるより早く枝から墜落していた。この時薫はもう一つ気が付くべきだった。月が出れば、自分の姿も部屋の中から見られるという事を。

「誰だ!」

 いつもは優しい大叔父の、悪魔のような一喝を最後に、薫の意識は途切れた。

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