ひらめいた

 何らかの肉が入ったサンドを取ってみる。これを丸めろと言われても今一つピンと来ないが、とりあえず力づくで折り曲げてロール状にしてみる。

 一応、まるい。

 だがこれをボールと思い込むには、僕の頭はいささか正常に過ぎるようだ。これでは丸いというよりも、円い。これを口に入れれば、また吐いてしまうことは必然だ。

 たまっころが食べるものはボールでなくてはならない。

 ボール。ボール。ボール……。

 試すべき手があった。キッチンに飛んで必要なものを三つ取ってくる。

 一つ目はステンレスのボウル。これにサンドウィッチを全て放り込む。サンドの山は僕が飛び出して行った時とまったく変わっていないように見えるが、どうにか収まった。

 二つ目は薫が野菜を入れるのに使ったプラスチックの水切りボウル。これをステンレスの上にぴったりかぶせる。そして三つ目の道具であるラップで、二つのボウルをぐるぐる巻きに接着する。

 ボウルとボウルで出来たぞボールが。

 最後の仕上げ、ムード作りの演出に、即席ボールを天井近くまで放り投げる。

 照明を遮る丸い影。落ちてくる。バックオーライ。受け止めるミットは僕の口。顎がどこへ行ってしまったのか感覚がわからないぐらい、がっぷりと開いた口の中には牙の森。

 いただきます。

 あんぐりムシャムシャがりんがりん。

 食える食える食える。僕は妖怪たまっころ。ボールならば食べられる。丸くしちゃえば食べられる。

 ステンレスも、プラスチックも、パンも野菜も肉も玉子もたまっころ。丸ごと食って幸せになれる。

「やったよ、薫ちゃん」

 欠片も残さず丸々呑んで、僕の胸は満ち足りていた。

「簡単なことだったんだ。丸めてしまえばいい。僕たちたまっころの未来は、意外に明るいかもしれないよ。薫ちゃん。……薫ちゃん?」

 思い出した。

 薫は今、何者かに追われて危機にあるかもしれないのだった。

「薫ちゃん!」

 部屋を飛び出す。今日はつくづく忙しい日だ。


 薫は消えた。

 その日を境に、電話にもSNSにも反応がなく、完全に僕の世界から消えてしまった。大学にも実家にも行かず、友人知人の誰も行方を知らない。ご両親も心配している。

 二日後、とうとう捜索願を出されたそうだ。僕のところにも警察が話を聞きに来た。僕は彼女の失踪当日に薫と会ったこと、出かけている間に急にいなくなったことを正直に話したが、そこからの捜査の進展はまるでなかった。

 薫はどこへ消えたのだ? なぜ何者かに追われているのだ?

 そして、彼女はたまっころなのか?

 何の疑問も解けぬまま、僕の灰色の日々は過ぎて行った。

 スポーツショップ南風にて、意外な人物と出会うまでは。

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