ヒーラーの俺が聖剣を引き抜いてしまったなんて、勇者の彼女には絶対に言えない

三羽 鴉

第1話 何かの手違いだ!

「私が、世界を守る」


 咲き誇る桜の木の下で、先ほど渡された卒業証書を大切に抱えながらミサキは言った。

 黒いストレートの長髪を風に靡かせているミサキは、俺の自慢の彼女である。

 王都に隣接した街ミルノリア。そこに造られた勇者育成機関であるワールドブレイブアカデミー、通称WBA。異例の速さでその学校を卒業した彼女は、真っ直ぐに俺の目を見て宣言した。

 正に天才。言葉にするとなんとも呆気ないが、俺だけはミサキの並々ならぬ努力を知っている。

 

 俺はルーイ・コリンズ。ミサキより3つほど歳上の18歳。茶色い短髪で身長百七十そこそこ、多少なりと鍛えた身体はある程度締まっている。勇者育成校の隣接地に建てられた、サポート専門学校を同じ年に卒業したヒーラーだ。

 

 5年間の学校カリキュラムだが、ミサキはたったの2年で全過程を終了してしまった。

 その為、年齢は違えど新卒としては同期となったのだ。

 何故そんな異例の天才と、凡人である俺が付き合っているのかは周りの同級生からも不思議がられている。

 

 彼女は文武両道で完璧に見えるのだが、実は思い込みが激しいところがある。付き合うきっかけも、彼女の勘違いによるものだった。

 

 今から一年半ほど前、雨に打たれる彼女を見つけて傘を差し出したのだが、運悪くその傘めがけて雷が落ちた。

 

 幸い俺も彼女も大事には至らなかったが、俺は傘を持っていた右掌と右足の裏に酷い電撃痕が残った。

 彼女に至っては全くの無傷だったのだが、それは置いておこう。

 

 彼女は崩れ落ちる俺を受け止めて言った。


「貴方のお陰で、水操作だけじゃなく電撃無効を獲得できたわ!

 身を呈して、私の修行に付き合ってくれるなんて、そんな人は初めてよ。」

 

 薄れゆく意識の中で彼女を見たが、雨は彼女を避けるように肌の手前でその軌道を変えていた。その後、気絶した俺が目覚めたのは翌朝の事だった。

 病院のベットの上、隣にはミサキが椅子に座って看病してくれていた。

 目覚めた俺への第一声は「これからも、私の修行に付き合って下さい」だ。目覚めて直ぐに何を言うのかとも思ったが、嬉しそうに笑うミサキを見ると「はい」としか答えられなかった。

 

 それから、学校帰りにミサキの修行に付き合う日々が始まった。

「明日のデートはイミア神殿ね❤︎」

 数日後、彼女はそう言った。よくよく確認してみると、あれは彼女から俺への告白だったらしい。

 いつの間にか、俺は天才の彼女と付き合っていたのだ。意外ではあったが、正直可愛い彼女ができたことは素直に嬉しかった。

 

 それから今日卒業するまでの一年半、俺はデートと言う名の猛特訓に付き合ってきた。

 ちょっと俺が体調を崩すと、どこで拾ってきたのかわからない不死鳥フェニックスの涙を持ってくるし、俺が戦闘中に負傷すると、自分の所為だと言って身体を鍛え直しに極寒の雪山に篭った。

 万引き犯を見つけた時なんかは、悪魔に洗脳されている!とか言って逆に洗脳してしまうし、なんでもかんでも大袈裟に捉えてしまう。

 さらに言えば、女友達と話をしただけで浮気だなんだと怒鳴り散らす。男友達と話が長引いた時もひどかった。

 喧嘩、というより俺が一方的に謝って事なきを得ているが、勘違いも嫉妬心も相当だ。ま、俺を好きな事が伝わるってのは嬉しいんだけれども。


 そんな風に振り回されては来たのだが、俺たちは大きな喧嘩をする事もなく今日という日を迎えた。

 町外れの丘に咲いた大きな桜の樹の下で、学校帰りの制服姿のまま彼女と二人座り込む。

 

「ミサキなら、世界くらい簡単に守れるさ。」

 

「そうなれば嬉しいわ。」

 

 今日はこれから、初めてまともなデートをする予定だ。

 明日から俺達は冒険者の仲間入り。ミサキは各地へ赴き勇者の活動を開始する。俺はそんな彼女をサポートしていくつもりだ。

 だから今日くらいは修行なんて無しにして、一日二人でデートをして思い出を作ろうと俺から申し出た。

 

「一度帰って着替えてこようか。」

 

「そうね。それじゃあ、待ち合わせはいつもの場所でいいかしら?」

 

「わかった。」

 

 いつもの場所とは、街の南側にあるほこらの前。初代勇者が使ったとされる聖剣がまつってある場所だ。

 大きな岩に突き刺さった聖剣は、真の勇者によって引き抜かれると言われている。しかし、未だにその剣を引き抜いたものはいない。

 俺はミサキがその剣を引き抜くんじゃないか、なんて思っている。思い込みが激しいところはあるが、よく言えばとても真っ直ぐな性格だ。

 強さも正義感もある。聖剣を引き抜く十分な資格が備わっていると思う。

 

 さっと着替えて待ち合わせの場所へと向かったが、彼女はまだ来ていなかった。女の子だし、いつもと違ってオシャレをしているのかもしれない。

 今日は珍しく、聖剣の祠には人がいなかった。みんな卒業に浮かれて遊んでいるのかもしれない。

 

「いつ見ても、立派な剣だな。」

 

 白銀色に輝く柄。鍔と柄の交わる場所に埋め込まれた紅い宝玉。その剣からは研ぎ澄まされた神聖なるオーラが溢れている。

 

 俺はヒーラーだから、こんな聖剣とは無縁の存在だ。ミサキは一人前の勇者になったら絶対に引き抜くんだって、散々言ってたな。そのミサキはまだやってこない。

 卒業の記念に、今日も引き抜けないかを挑戦するかもしれないな。

 俺は一度も触れたことすらないので、ミサキが来る前に卒業記念で引っ張ってみようかな。流石にヒーラーが引き抜こうと頑張る姿は滑稽だろうし、今なら誰も見ていない。

 

「よし。」


 意気込んで聖剣へと腕を伸ばす。

 聖剣の柄を握ると、そこに宿るとてつもない力を感じた。聖職者としてサポートの道を突き進んできた為、聖なる力を強く感じることが出来る。

  

「凄いな、こんなにも力強い物なのか。」

 

 両手で握り、足腰に力を込める。


「どっこい、せぃ!!!!」

 

 《バタン》

 

 力を入れて引っ張った聖剣は、全く抵抗を見せずにスルリと岩から抜け出した。

 俺はあまりの呆気なさに、有り余った力を殺しきれず尻もちをつく。


「うっそだろ!!?」

 

 まさか抜けるなんて思ってもいなかった。

 ただ記念でやってみただけなのに、なんで抜けるんだよ!?

 こんなこと、ミサキが知ったら発狂するに違いない!

 俺は聖剣が抜けた喜びよりも、ミサキの事を考えて慌てふためいていた。

 全く嬉しくない。

 もしこんな事が知れたら自分を悲観して、勇者を止めると言い出しかねない。

 二人で冒険なんて絶対にできないだろうし、下手したら自殺でもしでかすかもしれない。

 

 そんな事は絶対にあってはならない。

 不味い、不味いぞ・・・・

 

 もうすぐミサキもやってくる、そうだ!もう一度刺し直そう。そうしよう!

 

 俺は聖剣を元の窪みへそっと戻した。

 

 なんとかそれっぽくは見えるな。

 別に俺は聖剣を持っていたいわけではない。だってヒーラーだぞ?そもそも剣なんて使わない。何かの手違いだろう。

 それに、一番はミサキを側で支えていたいだけだ。

 

 絶対にこの事は、ミサキには秘密にしなくては!!

 

『やっと私を使える人が現れたっすか!』

 

 突然少女の様な声が響いた。周りを見るが誰の姿も見当たらない。

 

「誰だ!?」

 

『目の前の聖剣っすよ?』

 

 少女の様な声は自らを聖剣と呼んだ。

 そんなまさか、剣が喋った!?しかも語尾が「っす」って、どう言う事だ!?

 

「ち、ちょっと待てよ!まさか聖剣が喋ったのか!?」

 

『だからそうだって言ってるじゃないっすか。私は普通の剣とは違って意思が宿ってるっすよ。適合者と話くらいできるっす!

 それより、なんで引き抜いたのに元に戻すんすか!?』

 

 適合者・・・って、俺の事か!?

 つまり、言い伝えにある真の勇者って事になるよな?

 ・・・・・・。


『聞いてるっすか〜?』


「困る!何かの手違いだ!!」

 

『えっ!?何が!?』

 

「聖剣の適合者になるのは困る!その適合者とやらを、俺の彼女に譲ってやってくれ!!」

 

 まずこの聖剣の存在自体からツッコンででいきたいところではあるが、そんな事を言っている時間はない。

 もうすぐミサキもきてしまうだろう。

 

 この際剣が喋った事はよしとして、喋れるなら交渉くらいできるはずだ。それならミサキに譲ってやりたい。


『そんな事出来ないっすよ!!』

 

「なんでだ!?」

 

 いきなり即答されたが、無理なのか!?

 

『私が適合者を選ぶわけじゃないんすよ。現に今まで誰も引き抜けなかったじゃないっすか!

 アナタが触れた事で、ようやく封印が解かれたんす。』


 聖剣は慌てふためくように言った。

 なんて事だ、俺がミサキの夢を一つ潰してしまったって事か!?

 最悪だ、どんな顔してミサキに会えばいいんだ・・・。

 こうなったら安置して置くしかない。誰にも抜かれずに、そのままそこで過ごしてくれ。

 

 俺は聖剣に背を向けて天を仰いだ。

 やんなっちゃうよな・・・。聖剣の適合者って事だけ考えれば嬉しいが、あのミサキがこれを知ったらと思うと・・・。

 考えただけでゾッとする。


『な、なんて事考えてるんすか!!

 私はすでに封印が解けちゃってるんすよ!?このままだと、どっかの誰かに引き抜かれちゃうっすよ!!』

  

「え?誰でも、抜けるのか?」


 人の思考を勝手に読んだのは許せんが、そんな事今はどうでもいい。

 「誰でも抜ける」その言葉にミサキへの対応を考えていた俺の頭は、普段の学校生活では見せないほどの高速な思考を展開していた。

 

 そして1つの結論に至る。

 

「なあ、俺以外が抜いても、お前を扱うことはできるのか?」

 

『えっ?……まぁ、普通に振ったりする事はできるっすけど、本来の一割くらいの力しかでないっすよ。』

 

 力は出ずとも使えるって事だな?

 聖剣を扱う権利をまるごとミサキに譲れないのは悲しいが、最悪の事態は免れそうだ。

 

「よし、じゃあミサキに抜いてもらおう。お前には悪いがミサキの為だ、彼女に使われてくれ。

 決して悪い様にはしないだろうから。」

 

『なんでそうなるんすか!?それに、ミサキって誰っすか!?』

「おまたせ〜❤︎」

 

 聖剣の疑問に答える前に、ミサキがやってきた。

 聖剣よ、すまんがミサキの為に涙を飲んでくれ。

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