スイーツと恋愛

雨月夜

第1話



 パフェを食べていると、突然虚しくなることがある。



 パフェに限らず、ふわふわのパンケーキでも、フルーツいっぱいのプリンアラモードでも、苺の乗った可愛いショートケーキでも同じ。バランス良く盛り付けられたカフェのワンプレートランチでも、丹念に作られた無駄のない懐石料理でも変わらない。


 綺麗な食べ物はそれだけで魅力があり、気持ちを昂らせ、食欲を煽る。

 それこそが至上の価値である様に錯覚する程に、美しい。



 でも、それらは一度手を付けてしまえば、とても醜くなる。


 手を出すまでは誰が見ても綺麗なのに、一口齧っただけでそれは「食べかけ」。食べている本人か、強いて言うならごく親しい間柄の人間の目にしか入れられないモノへと成り果てるのだ。



 それが、時々、酷く虚しい。


 そう口にすると、貴方は決まって笑うのだ。



 この笑いは、私を否定するものではない。ただただ、本当に面白がっているだけ。貴方が決して私を否定しないことを、私は知っている。


 この件に限った事ではない。

 少しだけ人と違う私の感性を、貴方は笑って受け入れてくれる。どんなに変な感性も、多くの人が冷ややかな目で見るような発言も。貴方は全て「面白い」と言ってくれる。




 そんな貴方に、私が恋をしたのは、必然だったと思う。



 貴方のよく笑う大きな口に、数分前まで綺麗だったパフェの一部が吸い込まれる。


 金曜日の夜10時過ぎのファミレスの片隅。

 付き合い出してから何度も見た光景に、私はそんな事をつらつらと考えていた。




 出会ったのは、3年前。

 私はその優しい笑顔に、一目惚れをした。


 それまで色恋沙汰なんて無縁のままに生きてきた私が、それはそれは大層な努力をしたものだ。

 頑張って連絡先を聞き出して、不自然にならない程度に距離を詰めて。メイクを勉強したり、お洒落にも気を遣うようになったり、ダイエットなんか始めてみたり。今思うと、微笑ましい位に必死だった。


 そのうちに「スイーツ巡り」という共通の趣味を見出し、プライベートなことも気軽に話せるようになり、更に好きになった。本当に、毎日がキラキラと輝いていたように思う。



 そのままの流れで付き合えることになったのが、2年前。

 告白された時には、私は本当に世界一の幸せ者だと思ったものだ。



 とっても純粋で、まるで生娘みたいな、綺麗な恋だった。





 でも、今はどうなのだろう?


 疑問を口にする代わりに、私は自分の目の前にある溶け始めたパフェのソフトクリーム部分を口に運ぶ。



 決して、恋が冷めてしまった訳ではない。むしろ、一緒の時間を過ごせば過ごす程、好きになった。恋の寿命は3年という言葉が信じられないくらい、未だに大好きだ。



 でも、それに最初の頃の「綺麗さ」はないのだ。



 貴方は、優しい。優しくて、明るくて、温かい。

 それが「私だけのモノ」でない事に、私は時々気が狂いそうになる程の嫉妬を覚える。傍にいてくれる時間が長く成れば成る程に、欲深くなる自分が恐ろしい。


 セックスだって、何回もした。

 最初はキラキラしていたその行為は、今は惰性と欲望の代名詞だ。何を差し置いても求めたくなる時と、どうしようもなく嫌な時の狭間で、微妙な色合いのままに2人の間に揺蕩っている。



 欲望だらけ。ドロドロとした、まるで溶けだしたアイスクリームの様な恋。

 時折、それらが妙に醜く思えて、耐えられない気持ちになる。



 私の中に、確実に澱が溜まっていた。





 目の前で、4分の3くらい食べたパフェが、グラスの中で沈殿している。


 最初は綺麗なグラデーションだったのに、今では全部混ざって微妙な色だ。溶け始めたアイスクリームが、余計に汚く見せる。



 手を付けなければ、綺麗なままなのに。



 このパフェも、恋も。

 そのままで留めておけば、汚くなった姿を見ることはないはずだったのに。




 「もう、食べないの?」



 突然の大好きな声に、ハッと意識を戻す。思考の海に入り込んでしまうのも、私の癖だ。


 確かに、もう食べたい気持ちは失せていた。

 あれだけ綺麗だったものが、とても醜く変化してしまったことが、今は悲しい。少し前までは、確かに綺麗だったのに。




 「うん、ちょっと食欲がなくて…」



 そう言うと、貴方は「無理しなくていいよ」と笑ってくれる。やっぱり貴方は変わらずに優しい。


 確かに貴方は綺麗なままで、私の中で何かが澱んでいて。




 この、どうしようもない気持ちは、何だというのだろうか?



 「じゃあ、もう俺ん家行こっか」



 そう言って、貴方は立ち上がる。

 当たり前のように貴方は驕ってくれて、当たり前のように車に乗せてくれて、そして家に着いたら当たり前のようにセックスするのだろう。


 そして私は、またはしたなく、貴方を求め続けるのだ。





 一瞬、私は立ち上がるのを躊躇った。


 ここで立ち止まれば、また綺麗なものに戻れるのだろうか?



 でも、目の前に残されたパフェを見て、それはないことを悟る。

 一度手を付けたものが、元々の「綺麗な状態」に戻ることはあり得ない。不可逆的な変化だ。




 それなら、最後まで喰らい尽くさなくては。



 私は、お行儀が悪いことは百も承知でグラスを掴んで、一気に飲み込む。

 既に液体と化していた甘い何かが、口腔を通って喉の奥に消える。



 …きっと、醜くなると知りつつも手を出さざるを得ないのが、人間の本能なのだろう。



 私は少しだけ晴れやかな気持ちで、貴方の後を追った。






 スイーツと恋愛

 (戻れないなら、喰らい尽くして)

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