城崎温泉湯けむり裁判開廷す その1

「今日もまた異世界へ行けなかった」


 前回のあらすじ。

 城崎温泉に行くはずが出石城跡を楽しんだ。

 以上。


「城崎温泉は七つの外湯めぐりって言って、町中に七つの温泉があるんだって。どうする、ふやけちゃうまで入っちゃう? いきなりコンプリートしちゃう!?」

 ようやく本命の城崎温泉に到着して姉のテンションは最高潮だ。

 こういうときは無理にそのテンションに追いつこうとしてはいけない。

 逆にこちらがテンション低く見せることで冷静さを取り戻してくれる。

 はしゃいじゃって、恥ずかしい。

 そんな風に思わせるのだ。

 たまに失敗するけど。

「ま、そんなことしてる時間無いけどねー。とりあえずぶらぶらと歩きますか」

 ほら元に戻った。

 姉の扱いもお手の物。


「へー、城崎プリンかぁ」

「……プリン?」

「あっ」

 しまったという顔を浮かべる姉。

 しかしもう遅い。

 ボクの中ではふつふつと湧き上がる怒りの感情が今、頂点に達した。

「絶対に許すまじ。絶許」

「まぁまぁまぁ、あの子も悪気があったわけじゃないし」

 なだめようとする姉。

 いや、この怒りの炎はそう簡単に消せやしない。

 ボクは決して許さない。

 あいつを――妹を。


 阿納桧季水果あのひの きみかという人間について、つまりボクの妹について少し語ろう。

 容姿端麗、頭脳明晰、まさに才色兼備を絵に描いたような深窓の佳人である。

 非の打ち所がなく、ボクや姉と違って最も将来を有望視されている。

 反面教師ってゆーな。


 しかし、だ。

 それは表向きの話。

 身内であるボクにとって、あいつの駄目なところを上げることなど容易いものだ。そりゃあ誰だって人前ではしっかりしているように見せるだろうが、身内の前ではそうでもない。『お父様お母様、ご機嫌麗しゅう』なんてドラマの話だ。

 そもそもあいつは下の妹だからとにかく甘えん坊だ。

 人前では赤の他人かと思うほどの距離感を保つくせに、家だと突然後ろから飛び乗ってくるほどベタベタとくっつきたがる。ボクが重いから離れろと言っても言うことを聞かない。

 さらに言葉巧みに誘導して、自分の欲しいものややりたいことを相手が提供したり提案するように仕向けてくる。

 今回の休みだって本当はあいつと出かける予定だったのに、言い出しっぺが急用が出来たと言ってキャンセルされたのだ。まあ、高校生だし色々と忙しいのは理解できるのでそこは致し方ない。

 そのくせ人には厳しいのだ。

 水を出しっぱなしで歯磨きをしていたら怒られるし、部屋の電気をつけっぱなしにしていてもあざとく気付く。

 ボクよりもボクの予定に詳しくて、何かある日は出かける30分前には必ず起こしに来る。後5分は絶対に通用しない。

 そんな反面、抜けたところがあって、思ったことをすぐに口に出してしまうところがある。これは姉の遺伝子を受け継いだのかもしれない。ボクは言葉選びは慎重にするタイプなので、逆に頭の中で考えすぎて何も喋れなくなってしまうのだけど。

 ああそうそう、これも付け加えておこう。

 実は寝るときはぬいぐるみを抱きまくらにしないと眠れない。

 昔から幾度となく枕にされている。


 そんな暴露話で妹の好感度は地に落ちたかもしれないけれど、決定的に許せない事件が起きたのだ。

 老舗のお菓子屋『風月』の若女将は趣味で洋菓子を作っているのだけれど、ある日いつものように自家製のプリンを持ってきてくれたのだ。

 ボクと妹の分として、二つ。

 妹が帰ってきたら一緒に食べようとして冷蔵庫にしまい、ちょっと外出したのだ。

 そんな折に帰宅したあいつは、事もあろうにあいつは、自分の分はそのまま食べて、もう一つのボクの分をたまたま帰宅していたこの姉にあげてしまったのだ!


 カラになった容器を見てボクは絶望したね。

 膝から崩れ落ちたボクを見て泣いて謝る妹と、それを見てゲラゲラと笑う姉。

 風月プリン事件は今でも忘れられない。

 絶対に風化させてはいけない大事件なのだ。

 ――あれ、でも確か容器に名前を書いておいたはずだぞ。

 妹はそれに気付かないような鈍感なやつではない。

 あれ、この事件、真犯人は別に居る……?


「だから悪かったって。あそこの若女将にまた作ってもらえるように頼むって言ってるじゃん。てかアンタが言ったって作ってくれるでしょーに」

「それじゃボクが食いしん坊みたいじゃん。ちゃんと誰のせいでそうなったのか説明して、もう一度作ってもらわないと」

「まったく未練がましいわねー。アタシならどんなに怒ってたって、一日寝たら大抵のことは忘れちゃうわよ。ちょっとは見習いなさい」

「鳥頭じゃん」

「あん? なんか言ったか」

「別に」

 未練がましくて結構。

 ただ正直、その性格をちょっと羨ましいと思っているのも事実だ。


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