息子が残した夢の続き

日々人

息子が残した夢の続き

畑仕事はたけしごとをしていると、誰かが近寄ってくる気配を感じた。


振り返ってみると、1人の若者が立っていた。




「あの。タキくんの、お母さんでありますか?」


不安げな顔で、そう話しかけてきた。


はじめてみたはずの若者の姿に、なぜか息子の影を感じた。


生きていたのならば、もう25歳になっていたはずだ。


目の前の男も同じくらいの年齢だろうか。


少々つかれた。てぬぐいで汗をぬぐうと、どうぞと畑の裏にある、小さな家の中へ案内する。




入れたてのお茶を。誰かに出すのも久しぶりなこと。


男の向かいに座って、私も一緒にお茶を口にする。


息子が戦地に行ってからは、ずっと一人で生きてきた。


散らかるような物も、なにもない、静かな家だ。




男は迷っている様子だった。


時折お茶をすする音と、壁に掛けられた振り子時計の「コッコッコッ」という音だけが居間いまに聞こえる。


少しだけあごを前に出して、今にも話し出そうという仕草を見せるものの、そこから中々言葉が前に出なさそうだった。






「…あと一月もすれば、少しずつ、夕暮れ時には涼しくなりますね」


「そうですね」




「今年は台風も少なくて。ボクの地元では米も良き具合に…育ってきています」


「そうですか。それはよかったです」




「…」


「…」


しかし、なぜか沈黙も苦にならない。


「茶をおかわりなさいますか?」


男はそこからゆっくりと話をはじめた。


「あの、…今日はお話ししたいことがあってきました。タキくんのことです…」




男は5年前に終わった戦争から、2年経ってようやく本土へと戻ったそうだ。


あの戦争の時、所属部隊が息子と同じだったという。


はじめて出会った時の国の名前、部隊の名前、その時の戦場の様子を時の流れに沿って、順に語ってくれた。


戦争の最中、息子と話した何気ない会話の内容も、思い出せる限りに伝えてくれようとした。語りに懸命けんめいな姿勢がみてとれた。


その会話の向こうに、過去の息子の姿が浮かんでくる、そんな気がした。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




タキの母親を目の前に、何とか口を開くことが出来たことに、少し安心して話を続けられている。


顔のつくりがタキによく似ている。母親似だと言っていたが、その通りだ。


あの戦争の頃のこと。これまでに他人には語ったことがなかった。どのように話したらいいのかと困ったが、タキとの思い出を合間あいまはさむと、戦地の記憶、隊員達の姿、彼等が口にした言葉や仕草しぐさが、順を追って、鮮明によみがえってきた。




苦しいことや悲しいことばかりが重なり、理不尽りふじんな現実にただ身を置くことしか許されず、今でもあの地獄を生き抜いたという気がしない。ただただ日々を。何とか安静でいたいと。頼ったりすがったり出来るものを、あの頃は戦場にも関わらず常に求めていた。


そして今、よくわかることがある。その求めていたものを私は戦地で得ていた。


戦友のタキだった。




タキはよく隊員の髪を切っていた。私もいつも切ってもらっていた。


十分な用具は無かったが、切り終わった後に頭部をでると指通りの良い、すっきりとした気持ちよさを感じた。


周囲の評判もよく、遠目とおめに見るタキはいつも誰かの髪の毛を切っていた、そんな記憶がある。


虫がつくのでなるべく短い方が衛生的だったが、タキは頭の形や髪質、そこに遊び心も加えて、明日の命も分からない兵士に「日常」を与えてくれた。


「美容師になりたいんだ」と、その夢をタキから何度となく聞いた。


しかしその夢を語るタキ自身の髪形はいびつだった。


「自分のはどうでもいいんだ」そういいながら笑った顔が今も忘れられない。






・・・・・・・・・・・・・・・・・




目の前の男は昔話をするうちに、少しずつ表情がほぐれてやわらかな顔つきに変わっていった。


息子はこの男と一緒に過ごした中で、今の私のように大切な人への思いをせる時があったのだろうか。遠く離れた異国の地で、同じ時を生きていた。たった一人の大切な私の息子。


私はあの子を身篭みごもったその日から、一日も息子のことを思わない日はなかった。


それは、息子を失ってしまった、今も、これからもずっとだ。






男が思いがけない言葉を口にした。


「今日は一つ、お願いがあってきたのです。タキくんのお母さんの髪を切らせていただけませんか?」




息子が語っていた夢には続きがあったそうだ。


「美容師になって、その腕を振るう最初の相手は母にしたい」


男は、その亡き息子の夢を約束に変えた。


自身が美容師になるための勉強をし、先日試験に合格したそうだ。




男はわきに置いていたかばんを開くと、手短てみじか支度したくを済ませた。私は庭先にわさきで切ってもらうことにした。


昔から、息子にはよくそこで切ってもらっていたのだった。


男の手がかすかに震えているのを感じた。はらりはらりと、私の髪の毛が落ちていく。


ふと、気付く。

ハサミを入れる手順が息子と全く同じだということに。


その瞬間、私は後ろから「母さん」と息子に呼ばれた気がして、思わず「おかえり」と声を上げそうになったのだった。








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妄想話でした

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