第43話 縁
安仁屋が指定した、都内某所に本社を構えるアイベックスレコードでの待ち合わせ時間11時よりも、彼等は30分も早く着いた。
(ここが、大手レーベルの本社か、流石にでかいな……光画舎さん以上の規模なのは当然なのだが……やはり、でかくて凄いな……!)
和彦は、昔オーディションを受けに行った会社よりも規模が大きい事に度肝を抜かれ、膝が軽くガクガクいっている。
「えいっ」
「うおっ!?」
咲の膝カックンに、和彦は思わずよろけそうになる。
「何するんだよ!?」
「んな、緊張しててもいい演奏ができませんよ! やるだけやってみましょうよ、ね!」
咲はにこりと笑い、和彦の肩をバンと叩く。
こいつらお似合いのカップルだなと言いたげな表情を浮かべている篤は、和彦と咲の肩を叩き、がははと下品な笑みを浮かべる。
「柊さんのいう通り、ここはフロンティア精神だ! どうせこんな機会一生に一度あるかないかってな具合だからな!」
「そ、そうね……」
咲は篤に触られて嫌なのか、拒否反応に似た嫌悪感を示しているのだが、それを表に出さないように必死に抑えているのが和彦には分かる。
和彦は、女性の肩を触るのはセクハラだろう、咲が嫌悪感を示してるだろうこのエロオヤジと思いながら、ギターを背負い直して彼等と共に社内へと足を進める。
自動ドアが開き、突然の来訪者に誰なのかと周囲は驚き、慌てて接客に、新卒で入ったのであろう、20代前半のなきぼくろのある女性社員が対応する。
「アイベックスレコードですが、アポイトメントは……」
「あぁ、安仁屋さんいるか?」
社会人経験がそんなにないのであろう、頼りなく尋ねる女性社員の言葉を遮り、篤はそう言いポケットから名刺を取り出して手渡す。
「あ、かしこまりました、こちらで少々お待ちください……」
その女性社員は名刺を見て驚いた表情を浮かべて、慌てて応接室へと彼等を案内する。
(なんか凄いなこの人……。いや一体何者なんだろうな……)
和彦はそう思いながら、驚いている咲を横目で見て、篤と共に応接室へと入る。
ソファとドリンクサーバーが置かれている部屋に案内された和彦は、光画舎自動車でもここまで綺麗に整頓された部屋はなかったのを思い出し、都内の一流企業は、大手だが地方寄りの場所に位置している企業の本社とは違うんだなと思い、ソファに腰掛ける。
「こちらにあるコップに、あちらにあるドリンクサーバーにある飲み物をお好きなだけお飲み下さい」
先程の女性社員は、彼等に紙コップを置き、部屋を出ていく。
「ねぇ! 凄いですね! ドリンクサーバーですって!」
咲はドリンクサーバーを見たことがないのか、社会科見学に来た女子高生のようにはしゃいでいる。
「あぁ、あれっ? 見るのは初めてか?」
「ええ! 和さんは!?」
「うーん俺も初めてなんだよなぁ、こんな設備が整っている企業はな」
工場勤しかしたことがない和彦はこの状況に驚きを隠さないでいる。
「どうやってやるのこれ?」
咲はドリンクサーバーを物珍しそうにしげしげと見ている。
「あぁ、それはな、こうやるんだよ……んん?」
和彦は会社にある自販機とは勝手が違うドリンクサーバーの機械をどうやってどのボタンを押せば飲料が出るのか訳がわからない様子である。
「ははは、田舎者丸出しだなぁ、こうやるんだよ」
篤は、最新のオフィス機器に疎い和彦達に操作方法を教えてやろうと意気揚々としているのだが、機械の前に立ちボタンを押しても飲料は出てこない。
「あれっ?」
「何だ、知らないじゃないですか!」
先程自分を田舎者と貶したくせにと思い、咲が他のボタンを押すのだが飲料は相変わらず出てこない。
「うーんなんだこりゃあ……?」
「それはね、この機械が準備中だからだよ」
入り口のドアの前に、長身で病的まで痩せ、銀縁眼鏡をかけた中年の男性がにこやかに微笑みながらそう言い、威風を撒き散らしながら立っている。
♫♫♫♫
人材開発部部長である安仁屋喜一(アニヤ キイチ)は、篤の店にちょくちょく遊びに来ており、顔見知りの仲となった。
いつものように、『マンドラコア』で気晴らしに飲んでいると、たまたま和彦達の演奏が耳に入り、興味を示したのである。
咲は安仁屋とは初対面だが、和彦は頭の片隅に、昔にどこかで会ったことがあるような懐かしい雰囲気を感じている。
「私達はね、皆さんにいい生活を送って欲しくて、良質な音楽を提供してるんだ、いい音楽を探していたら、ちょうど君らを見つけてね、一度生で演奏を聞いてみたいと思っていたんだが、今日できるかな?」
安仁屋はニコニコと笑いながら、和彦達にパンフレットを見せながら説明を行う。
「え、ええ、勿論ですよ!」
咲はまさか自分たちの演奏が大手レーベルのスカウトにかかるとは思っていなかった為、呆気に取られながらも快く了承する。
「ええ……勿論」
和彦もまた、二つ返事で了承する。
「……?」
安仁屋は何かを思い出したかのように、和彦の顔を二度見する。
「朝霧さん、だったね……以前、どこかで会ったことはなかったか?」
「あ、いや……あ」
和彦はふと何かを思い出したかのようにして、安仁屋を見やる。
「あの、ひょっとして、10年前に『マックスオーシャン』でオーディションを受けた時のスカウトの人っすか?」
「あ、あぁ。……久しぶりだね、あれからまだ、バンドをやっていたんだね」
「え、ええ……」
「一緒にいた彼女はどうしたんだい?」
「別れましたね」
「そうか、また、演奏を聴かせてもらうよ……」
安仁屋と和彦のやりとりを、篤と咲は口をパクパクさせながら呆気に取られて聞いている。
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