第34話 白の鴉

 観客の群衆で埋め尽くされているライブ会場に、和彦はおり、ギターを一心不乱にかき鳴らしている。


(ここはどこなんだ? てか、何故俺はギターを弾いているんだ? 止めたい、でも止まらない……!)


 和彦は生来が臆病者の気弱な人間であり、いきなり、心の準備がないままに群衆の目の前でギターを弾く事をしており、今すぐにでもギターを弾く手を止めたいのだが、自分の意思とは裏腹に指が勝手に動いているという行為を不気味に思いながら、それでも気持ちがいいという矛盾した気持ちに陥っている。


「I know the white crows……! 真っ白い翼を青空にはためかせ……」


 隣にいる咲は、一月かかって作り上げたEDMと和彦のギター演奏をバックにして、新曲『アルビノ』を歌っている。


(あぁ、本当はこの曲は、俺が在学中に作った曲を大幅にアレンジしたやつだ。あの時は全くスキルが未熟だった。今でも、プロ寄りの人から見たら未熟だろうが……でも、他のアマチュアバンドの連中には負けたくはない。この子と一緒にプロになりてぇ……!)


 目の前にいる、生き生きとした表情の咲を見、かつて自分がプロを目指していたのだが、当時は自分にスキルはなく、燻ったまま諦めて挫折した時のことを思い出し、もう2度とそんな思いはしたくないという気持ちになっている。


 それもそのはずであり、10年以上前の当時は動画がなく、音楽を編集するソフトが高価すぎて手が出せなかったのだが、会社員をして手に入り、過去の自分よりもいい音楽を作りそれを動画に出す腕前は上がっているのである。


『カァ……!』


 大音量のライブ会場で聞こえるはずがない鴉の鳴き声が耳に響き、和彦は演奏はそのままにして、周囲を軽く見渡す。


「……!?」


 アンプの上に、1羽の白い鴉が止まっており、和彦達をジロリと一瞥している。


「ひえっ……!」


 和彦は思わずのけぞってしまうのだが、演奏は不思議に止める事はない。


『ギャアギャア……』


 鴉は羽をはためかせて和彦の元へと一直線に飛んでくる。


「うっ、うわああああ! 来るなー!」


 ♫♫♫♫


 和彦は自分の頬を触る冷たい手の感覚で目が覚める。


「うーん、ここは……? え? 咲ちゃん?」


「和彦さん、大丈夫ですか? なんかさっきすごいうなされていたけれども……」


 和彦は咲にそう言われ、先程見た夢の映像が頭にフラッシュバックして、軽く気分を害してしまい、軽い吐き気に襲われる。


「和さん、何か気分悪そうっすよ、顔が青ざめてるし……疲れてるんじゃないですか? 明日にでも健康センターに行きましょうよ」


「なぁ、咲ちゃん、俺は何故ここにいるんだい?」


 よく見ると、ここは咲の部屋であり、電気カーペットの上に掛け布団が身体にかけられて和彦は寝ていたのである。


「えー、打ち上げだーって言って淀川さんでしたっけ? なんかあの、冬なのに半袖短パンっていうKYな格好をしてるおっちゃんに連れられて飲みに行って、日本酒とか飲んで、ベロベロになってここに連れてきたんですよ! 大丈夫ですか?」


「あ……」


 咲の言葉で、和彦は先程の記憶が蘇ってくる。


 朝までやっている居酒屋に淀川に誘われて和彦は飲みに出かけ、思い出話で盛り上がり、トイレで2回ぐらい吐いてからそれ以降の記憶が飛んだのである。


「ごめんよ咲ちゃん、俺そろそろ出るよここ。ごめんな……」


「あ、いや、別にここにいてもいいんですよ……」


「いや、ここにいるわけにはいかないよ、出るわ、ありがとう。明日健康センターには行きたいけれどもまた次の日にでも連絡するわ、今日は遅いからまたな」


 和彦は立ち上がり、床に無造作に脱いで置いてあるダブルのライダースジャケットを羽織り、欠伸をして部屋を出ていく。


「一緒にいても……」


「え?」


「いえ、何でもありません、ではまた明日ライン送ってくださいね」


「あ、ああ」


 和彦は玄関に脱ぎ捨ててある、ネットショップでセールで3000円で購入したPUプレーントゥシューズを履き、扉を開けて外に出た。


 和彦の目の前にある手摺りに、アルビノの白の鴉が止まっている。


「ひぇっ……!」


『お前はデビューはできないし私がさせない……!』


 白の鴉はそう言うと、翼を広げて和彦の前から

 飛び立って行く。


(クソッタレ、これも病気の影響なのか……? 明日健康センターに行ってゆっくり休もう……)


 和彦は自分の部屋の鍵をポケットの中から取り出して鍵を開け、電気をつけて部屋の中へと入った。


 ♫♫♫♫


 和彦はノートパソコンを開き、FCFを久しぶりに開く。


(最後にログインしたのって、夏以来だったなあ……)


 咲達リアルな世界での友人が嫌いだと言うわけではないのだが、それでも数年間やり続けていたゲームの世界での友人が気にかかり、ログインをしたのである。


 以前と変わらないキャラクターが映り、バグが出てないんだなと和彦は安堵して、チャットを見やる。


 きったんからメッセージが届いているのに気がつき、メッセージを開く。


『こんにちは。なんかここ最近全然話してないけど元気?』


(ここ最近話してないけど、元気、か……うーん、ここんところ神経使ったから元気だと言う事はないんだがなぁ。まぁ、一応元気だと言う事は話しておこう)


『うん、遅れてスマソ。元気だよ、仕事が立て込んでてねー』


『ふーん私もなんだ、最近仕事立て込んでてね、なかなかログインできなかったんだよ(泣)』


『お互い大変なんだねー』


『ねー、明日会社の人と銭湯に出かけるのよ』


『ふーんそうなんだねぇ』


『ごめんね、これから仕事だわ、またね』


 さっちゃんはそうチャットで送った後にログアウトになる。


(仕事かぁ……。俺こんな仕事に全身全霊をかけてやってる事はなかったな。どうせ誰にでもできる仕事だし。好きな事をして生きろとかよく言うが、俺達才能がない市民にとって、生活の手段が仕事なんだよなぁ……)


 和彦はそう心の中で呟き、服を脱ぎ捨てて浴室へと足を進めた。





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