第二部 一章-4 追う者。追われる者

「――画面中央、対象を撮影中」


「まもなく正横通過アビームする」


「アビームスタンバイ」


「マークアビーム」


 衝突防止警報音を腹の中に響かせながら、エイにも似た形状のなにかが、トビウオにも似た小型の無人機UAVを伴い、長い尻尾を揺らしながら空を泳ぐ。

 見下ろした先には、一つの大型船。


「……船尾から何か降ろしてますね」


「海底ケーブルだ。交代前に聞いてなかったのか」


「あの船の所属は確か……」


「煙突あたりにI.O.D.C.のロゴが見えるだろ」


「I.O.D.C.ですか……」


 国際海洋開発公社I.O.D.C.

 大析出以後の世界における資源の再発見と安定供給を掲げ、アヴィリアとその加盟国の企業、エリュシオンとその企業の合同出資で創設された、国際資源開発連合I.R.D.F.……その傘下企業の一つだ。


 話では、I.O.D.C.はエリュシオン並びにその企業の出資割合が多く、実質エリュシオンの組織となっている……らしい。


「アヴィリアに向けて海底ケーブルを敷設するって話は聞いた事ありますけど、ヒノマ絡みの話は聞いてないですね。というか、今時海底ケーブルですか」


「今時だから、だろうな」


 大析出の影響は、地表だけではない。

 海底にも析出した結晶体は、敷設されていた海底ケーブルに大きなダメージを与えており、結果的に通信インフラの壊滅とそこから端を発する世界規模の大混乱の引き金となった。


 通信インフラは、人工衛星だけでは成り立たない。


 大析出の後の世界も、世界で交わされるデータの量は膨大で、今なお増加傾向にある。


 その膨大なデータの送受信は海底ケーブルなしでは困難だ。


 だからこそ、そのデータ量に耐えうる海底ケーブルの存在が求められ、故に彼らは世界を繋ぐ。


 しかし――


「わからんな……」


「何がです?」


「最近、北方皇国とエリュシオンの関係が悪いのは聞いてるだろ」


「そりゃまぁ。あんなことが立て続けに起これば……」


「ならなんでわざわざヒノマくんだりまで海底ケーブルを敷きに来たんだ? うちの内情の事を知らん訳じゃあるまいに」


「じゃあ聞いてみます? 教えてくれるかもしれませんよ?」


「バカ言うな。仮に全貌知ってるやつが対応したとして、馬鹿正直に答えると思うか? もし答えたなら1000ドルやるぞ」



 ◇ ◇ ◇



「またあの哨戒機――って呼んでもいいんですかね、アレ」


 I.O.D.C.が保有する海底ケーブル敷設船『きぼう』。そこから見上げた先にあるのは、出雲武装警察海上保安局が保有する哨戒機『スカイフィッシュ』。


俺の故郷エリュシオンではアレとよく似たものが飛んでるから、ある意味日常だぞ。安心しろ」


「えぇ……? アレのそっくりさんがエリュシオンにも飛んでるんですか……」


「いや、これでも驚いてる方なんだ。まさかここでも似た機体を作って飛ばしてるなんてな、あんなの飛ばしてるのはウチだけだと思ってたんでな」


「……まぁあの無駄にデカいエイが僕たち監視してるのは仕方ないとは言え、僕たちいつまでここで待ちぼうけ喰らえばいいんですかね?」


「さぁな。いきなり双方ともに作業中断命令、それも出雲側からは一ミリも進んでいないって話らしいからな」


「そんな……」


「出雲で何があったのかよくわからんし、上も上でなに考えてるのかわからんが、勘弁してもらいたいな」


「全くです」


「そろそろ昼飯にでも行こうや。ここで空飛ぶエイ観察に興じても虚しいだけだ」



 ◇ ◇ ◇



 出雲から遠く遠く離れた北部に位置する空港に超音速輸送機で転がり込んでから、点在する結晶地帯を迂回する形でリニアモーターカーに揺られること数時間。


 北方皇国の傀儡政権であるヒノマ共和国と、技術師によって成り立つ学術研究都市『出雲』自治区。


 その境目――そこにある北方皇国軍の駐留基地に彼らはいた。


「……エドルアから長い旅、本当にご苦労だった」


「まず初めに、学研都市『出雲』に関する情勢を説明させてくれ」


 正面のスクリーンに、出雲の地図が表示される。

 司令官を名乗る、どこかうだつの上がらなさそうなその男が最初に指したのは、出雲を囲うように奔る壁――その外側。出雲に繋がるいくつかの道のひとつ。


「まずここ――出雲と共和国をつなぐ道路と鉄道輸送用の線路、その先にあるゲート。我々が今いる場所。非常時の際、出雲に突入し、即刻鎮圧を行うための部隊を待機させている基地。我ら皇国と、庇護下にいる共和国の支配する領域だ」


 棒の先を壁の内側に移動させる。


「そして、ゲートを隔てた先にあるのが、『出雲』だ」


 北方皇国語で出雲と書かれている場所を、棒の先でコツコツと叩く。


「ここは共和国と八島自治区に籠もっている九大技術流派の間で交わされた自治憲章によって高度な自治権が保証されている。共和国も我々も迂闊に手が出せないほどにはな」


「そこまで……ですか」


「どうも、八島自治区の連中にやたら交渉と政治が上手い奴がいたらしい。まぁ、共和国の能力がお世辞にも高いと言えないのも大きいがな」


 続ける。


「少なくとも、技術師による犯罪に対して干渉できるよう譲歩させたことに限って言えば……僥倖とも言っていいだろう。問題は対応できるやつが軒並み不穏分子として収容所送りにされていて、組織を構成しようにもできないという点だ」


 無いものは作ればいいとはよく言われることではあるが、これは作れるだけの能力と土壌と時間的猶予があってはじめて成り立つ話である。それを見越して譲歩したのかもしれないが、今この場においてはそんなことはどうでもいい。


「だから、民間軍事企業PMCであるSNOシークフェルト・ノーザン・オペレーションに委託するよう働きかけて今に至る――と」


「SNOは陸軍の先輩方の天下り先のひとつですからねぇ」


「たしかSNOはVAFパイロットを多く受け入れてて、かつ新出雲重工業n.I.H.I.と提携してるのもあって新型機――たしかバルデリウスとかでしたっけ――を卸されてくれているんですよね。一回乗ってみたいなぁ」


「今の俺たちは新型機渡されたにも関わらずエドルアで骨董品に初黒星つける羽目になったんだろうが。そんなパイロットを誰が欲しがるんだ、諦めろ」


「ついでに言うなら、バルデリウスの一部技術もナイツ・オブ・フェアリィK.O.Fに用いられてる。それで満足するんだな」


「そう、余談はともかく本題はそこだ」


「えっ?」


「エドルアでの一件は私も把握している。重要な情報が伏せられていては勝てるものも勝てやしない。そこは君たちに同情しているし、あれやこれやケチを付けるつもりもない。

 本題は、そのパイロットが出雲にいる可能性があるということと、出雲で妙な機体が暴れているということだ」


「エドルアでのパイロット……静馬エトが出雲に?」


「最近、エリュシオンから交換留学生の集団がやってきてな、そのひとりが生徒名簿データベースで静馬エトの名前で検索をかけた痕跡が見つかった。顔認証データベースにも残っている」


 見覚えはあるか? と検索をしたとされる留学生の画像と情報が提示される。


「顔立ちや髪の色は似てますけど……男ではなかったよなぁ」


「流石オリオン。実際に見たことのあるやつの言うことは違うな。体つきはどうだったんだ? ん?」


「勘弁してくださいよ……」


「最近読んだ漫画だとサラシを巻いてオパーイの膨らみを隠してるとかあったから、もしかしたらそれかもな」


「アホなこと言ってる暇があるなら少しは会議に参加しろ。もう一つの妙な機体とかいうのは?」


「その話をする前に、近年この出雲で起きている事の話をさせてくれ」


「まず前提として」と司令官の隣に立っていた文官が前置きして「技術師――我々が呼ぶテクノクラートがどういうものか、どこまでわかっておられますか?」


「北方皇国の科学院にいる連中よりずっと頭がよく技術力がある技術者ということぐらいは」


「そうですね。K.O.F.の設計の一部とフライトユニットの設計製造に携わった程ですからね。高い技術力を持っています」


 しかし、その上で「しかし正解ではないでしょう」と続けた。


「……技術師というのは、国から特権を与えられた技術者です。技術師そのものが一種の階級とも言っても過言ではないでしょう」


「だから技術者階級テクノクラートか。技術者と呼ぶには色々毛色が違いすぎる気はしていたが、そういうことか」


「しかし、それと妙な機体と静馬になんの関係が?」


「まずこれを見ていただきたい」と司令は一枚の写真を写す。 


「これは……俗に言う武装JKとかいうやつのコスプレでしょうか?」


「コスプレであったのならば、我々駐留軍もSNOの奴らも頭を抱えずに済んだんだがな」


「実のところ……」と司令。「出雲設立以後、我々と繋がりのある技術師が殺害されるという事件が連続して起こっていてな」


「まさか」


「この写真は、SNOの緊急即応部隊が四日前に撮影した映像から抜き取ったものだ。その時の戦闘記録も、撃った弾の数に至るまで記録されている」


「なんてこった少年兵かよ」


 少年兵。

 大析出という破綻を超えてもなお、発展途上国やその紛争地帯に巣食う武装勢力でしかお目にかかれないようなそれが、先進国の一つでもあったヒノマにいる。


「特大スキャンダルっすねこれは、間違いない」


「義勇兵の線は?」


「あり得ない、と言ってもいいでしょう。現地にいたSNOの兵士曰く、相当な訓練を施されていたとのことですから。おまけに装備もいいと来たもんです」


「八島自治区はこのことを知ってるのか」


 司令は静かに首を振る。「そしてこれが、同じく四日前に撮影された妙な機体だ」

 表示された一枚の写真。


「これ……なんですか?」


「申し訳程度ながら人型っぽい形をしている辺り、VAF……なのか?」


「我々とSNOの協力者に確認したところ、これも立派なVAFだそうだ。もっとも、VAFと言うには駆動方式から装甲に至るまで色々異常すぎるがね」


 デジタルカメラやそのデータまでごまかすと来たのだから、完全に反則だ。と司令は弱り果てたように呟いた。


「ちょっと話が逸れたな。問題は、このVAFが現れるのが、決まって例の少年兵たちが出没しているときだということだ」


「でもそれに乗ってるのはエドルアのときのやつと一緒だって決まってるわけじゃ……」


「そこに先の検索の件が絡んでくるんだろ? そうでなければ、わざわざこの学研都市まで来て生徒名簿データベースを検索しようとはしないだろうよ」


「まぁ確かにそうかもしれませんけども……」


「もしかしたら――グラズノフの指摘は案外あたってるのかもしれないな」


「えっ、サラシを巻いてオパーイの膨らみ隠してるってのは冗談のつもりで」


「考えても見ろ、犯罪とかそういうコト抜きで男を追っかける美人さんと男を追っかける男、どっちがイメージ付きやすいよ」


「えぇ……」


「意外とそうかもしれんぞ? 今も昔も、平和な世界に生きる『ふつうの人間』ってのはな――」


 彼は一瞬考え、続ける。


「――まさか自分が狙われているだなんて、とその瞬間になるまで気が付かないものなんだよ。仮に頭ではわかっていようが、な。

 まぁ結局のところだ。あのときのボウズとまた会えるかもしれないんだろ? せいぜいリベンジマッチの準備でもしようや」

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アンダーブルー・クロスロード ~結晶の少女と楽園の後継者~ 深月 慧 @hukazuki

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