第一章-3 遭遇

「――この前の騒ぎのあと母さんから大目玉くらってさ」


『無駄話してると変なところ掘っちゃうよ』


 結晶体が根付いている岩に右腕部にマウントされた採掘機を押し付け、砕き、削り取っていく。


「まぁ母さんの言いたいこともわからんでもないし、こっちが悪いのも事実だしな」


 そして手頃な大きさになった結晶体を背中の荷台に放り込んでいく。

 大析出直後では色んな所から結晶体を採ることができたらしいが、今ではこういう結晶地帯に出向かない限り採るのは難しいし、安全も保証できない。


『なんだエト、また何かしでかしたのか? セーフガードにしょっぴかれるのだけはやめてくれよな。色々面倒になる』


「やだなぁ教授。自分は遵法精神旺盛な一般市民ですよ? セーフガードの世話になるようなことするわけがないじゃないですか……」


『おう、こっちの目を見て言ってくれや』


「VAFのセンサーでしっかり見てるので安心して判断してください教授」


『それでうまく言ったつもりなら、貴様のジョークのセンスは壊滅的だ。こっちが何も知らないと思っていたら大間違いだ。このご時世、地下VAFファイトのオンデマンド配信は一般的だぞ?』


『地下VAFファイトの配信とかなんてものを見てるんですか教授……』


『経緯がどうであれ、地下VAFファイトに興じる奴よか順法精神に溢れきってるだろ』


 静馬たちが日常を過ごすエリュシオンに限らず、どの場所どの国でもVAFによる戦闘が娯楽の一つになっている。場所によって呼び名は様々ではあるが、基本的にVAFフレームファイトと呼ばれるのが一般的であった。


 世界で車に初めて乗った人々が最初に行ったことが競争レースだったように、世界でVAFに初めて乗った人々(無論、民間である)が始めにやったことがVAFファイトだったというのは有名な話である。


『やっぱりVAFフレームがいるのといないとでは全然違いますね』


『そうだな。あれが民間に卸されるまではいろんな道具を山積みで採掘に来てたからな。技術発展様々だ。――よし、このぐらいで良いだろう。次の採掘ポイントに向かうぞ』


「了か――あれ?」


 ディスプレイの端になにかが映っていた。

 髪をたなびかせた人型のシルエット。

 それはエトたちを見下ろしているようにも見えた。


『どうした?』


 ……拡大ズーミング

 同時に機体に搭載されている型遅れの人工知能AIが画像認識を開始する。


「………教授、今日って俺たち以外に結晶を掘りマイニングに来てるやついましたっけ?」


『いや、いなかったはずだ。こんなところに好き好んで来るやつなんてオレたちぐらいなもんだ。なんでそんなこと聞く』


 ――認識完了。

 ――『人間:95%』

 エトは彼らを置いて高機動ユニットを唸らせ、全力で疾走する。


『エト、どうしたぁ⁉ どこいくつもりだ!』


「人がいたんです! それも防護服無し!」


『はぁ? 俺たち以外に人がいるだと? 冗談もよせ。それに防護服なしで結晶地帯に立ち入るアホがどこにいるってんだ!』


「現にいるんですよあそこに! 今その画像回しますんで確認してくださいね。じゃあ!」


 モーター音を盛大にばらまいて、エトが駆るランドウォーカーは呆然と立ち尽くす二人の視界からあっという間に消え失せた。



 ◇ ◇ ◇



「……あの野郎。後で覚えておけ」


「僕たち以外に人が? それも防護服無しでなんて……」


「どうせバグか幻覚かなんかだろ。なにせここは死の粒子が常時漂う結晶地帯、それも爆心地だ。幽霊が出ようが何が出ようが起ころうがなんら不思議じゃない。それに、あの機体ももそれなりにガタが来てるらしいしな」


「でもここ最近のAIって、型遅れと言っても最低人間以上の画像認識能力があるって話じゃありませんでしたっけ? ――で、どうするんです? アイツ無しじゃ採掘難しいんですけど」


「あの機体には発信機があるから居場所はわかる。ま、しばらくしたら帰ってくるだろうし、帰ってこなかったら来なかったでこっちから向かえばいいだけさ。――余計な仕事を増やしやがって」


 ホロスフィアで追跡情報を重ね合わせたマップを開くと、ものすごい速さでアルマらから離れていく赤い光点が映し出されていた。


「……にしてもエトやつ焦りすぎだろ。あれほど画像は整理しておけと言ったのに。こんなところに裸で来るやつなんているわけがないだろハハハ……」


 ご丁寧に人工知能による高解像度化処理アップスケーリングが施された状態でアルマたちに転送された画像には、防護服なしでは生きていけないはずの土地で一人の少女が周囲に生い茂る結晶を背景に、こちらを見ている姿が映し出されていた。

 

 ――一糸まとわぬ姿で。



 ◇ ◇ ◇



 画像解析で痕跡を探す中、静馬エトは困惑していた。

 自分たちしかいないはずの結晶地帯になぜ彼女がいたのか。それも防護服無しで。

 防護服を着ずに結晶地帯に乗り込むこと自体、自殺行為に他ならないが、問題はそこではなかった。


「こんなところにあんな姿で来るなんて……アヴィリア――いや、北方がやったんじゃないだろうな」


 なんでも北方皇国は皇国内の正義を第一とする傾向があり、その正義から外れた人間に対して何しても構わないという風潮がある――という噂がアヴィリア領内でまことしやかに囁かれていたからである。


 実際はどうなのかはわからない。なにせ大析出とそのあとの冷戦下だ。エリュシオンとアヴィリア加盟国の一部でしか接続できず、国家間を股にかけるインターネットの再構築すらできないこのご時世では、真偽を確かめることはおろか、その証拠を集めることすら難しい。


 ≪ICリアクターが高負荷状態です……安全運転を心がけて――≫


 耳に障るアラームを放ちながらランドウォーカーの管制ユニットが警告を促してくる。


「うるさいな……」


 彼個人のクラウドストレージからリミッター解除用のプログラムを引っ張り出し、管制ユニット上で走らせる。

 程なくして管制ユニットの悲鳴は消え、VAFの原動機エンジンであるICリアクターのリミッターは取り払われ、機体の軛は解き放たれた。


「さすがオープンソースだ。しっかり働いてくれる」


 (――そう言えば、新しいバージョンが公開されていたな。後でダウンロードしないと)


 ランドウォーカーは一瞬の間に力をため、一気に爆発させ高く跳躍した。


 しばらく飛び跳ねていると彼女の姿が目に入った。やはり防護服なし、その上一糸もまとっていなかった。そして大きな建物の中に入ろうとしていた。


「やっぱりいるじゃないか……ん?」


 一歩踏み出したところで突然ランドウォーカーが止まってしまった。


 ≪……現在緊急冷却中です。しばらくお待ちください≫


 どうやらICリアクターを全力でぶん回し続けたせいでオーバーヒートを起こしたようだった。


「あぁくそ……この程度でへばるなよ……これだから古い奴は嫌いなんだ」


 仕方ないので機体から降りることにした。五メートルほどの大きさのVAFで建物の中に入るのは無理があるからむしろ丁度よかった。


 ≪ハッチアンロック……ヘルメットを……装着してください……≫


「そうだ、マスクの予備あったかな。あと毛布か何か」


 実際のところ、エトが生身で結晶地帯に立つのはこれが初めてであった。

 不可成結晶体の危険性はこれまで幾度となく叩き込まれている。年に一度、違法薬物の乱用の禁止の啓発を受けるように、もしくは実験室でのするべきでない・してはいけないことを徹底的に叩き込まれるように。

 前者も後者も共に被害を回避するために行われる。不可成結晶体もその例に漏れることはない。


 それとは別に、VAFを介して見る景色と肉眼で望む景色は変わらないと思っていたエトであったが――いや、だからこそなのか。合成樹脂のプレート越しから肉眼で望む青白く発光する結晶の園の美しさに、ただ圧倒された。


 しかし、このまま呑気に眺めている暇が無いのもまた事実。


「……急ごう」



 ◇ ◇ ◇



 やはり建物の中も床や天井問わず、観葉植物のようなもの、清掃用ロボット、果てはまで……至る所・物から不可成結晶体が生えていた。


 やはりというのもこの場所は――エドルア島は『大析出』の爆心地であるからに他ならない。


 三十年以上前、ありとあらゆるモノをそして地上の大半を不可成結晶体で覆い尽くした大災害――それが『大析出』。


 かつてこの島は国家連合体の中で十本の指に入る(これは言い間違いではなくれっきとした事実である)ほど高名な学術研究都市として名を馳せていたらしいが、不可成結晶体を用いた実験の失敗により炸裂。その影響かに眠っていた不可成結晶体が突如として活性化して大析出に至った――というのが有力な説らしい。


 大析出の原因となった実験とやらの正体にまつわる説は数え上げればキリがない。例えばVAFの動力源であるICリアクターだとか、結晶体を用いた核融合炉の試験駆動だとか、果てには科学と呼ぶには程遠いオカルトじみたもの――といった説が、川を流れてはやがて破裂する気泡よろしく、時たまSNSなどに流れてはにわかにタイムラインなどを賑わせるが、いずれもただの陰謀論以外の何物でもないと一笑に付されるのが常であった。


 閑話休題。


「……どこにいるんだ……」


 くまなく探したつもりだが、見つかる気配は一切ない。一応地下の階はあるにはあるのだが、地下に繋がっているであろう階段は、長い年月をかけて成長した結晶体によって塞がれていたため、入ることすらままなかった。


 しかし捜索開始から三十分を過ぎようとしている。人命がかかってるかもしれない以上、グズグズしている暇は無いし、そろそろ機体の冷却が完了してもいい頃合いだった。なので強引に道を開くことにした。


「そういやアレ積んでた――いやだめだ。あれじゃ威力が強すぎる」


 そうぼやきながらエトはランドウォーカーのコックピットに乗り込んだ。


 幸いにも冷却が完了していた。軽快な起動音とともに立ち上がるランドウォーカー。

 のしのしと歩きながら採掘機で壁を破壊し、建物の内部に侵入する。

 同じような具合で階段を塞いでいた結晶体に穴を開け、破砕する。


 人一人通れそうな穴が空いたのを確認した彼は機体から降り、壁のそばに置いていたマスクと毛布を抱えて地下の階へと進んでいった。


 地下の階――B1階、B2階、どちらも床天井問わず結晶体が高い密度で覆い尽くしていて、さながら鍾乳洞と言ってもいい状態だった。


 しかし、奇妙な点があった。

 不自然に開けられた”道”だ。


 他のところの結晶体はかなり成長しているのに対し、この道の結晶体はあまりにも小さい。地域によって成長度合いに差があるという話は聞いたことあるが、局地的に――それもかなりの差があるという話は聞いたことがない。


 偶然にしてはおかしすぎる。


「さっきみたいに穴開けたり爆砕したならともかく、これは一体どういうことだ?」


 この道をたどらない限りその答えは得られそうになかった。

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