第一章-2 エントリー

《――――機体名:Land walker》


《Oracle OS v2.65》


 「ハッチを閉鎖」


《ハッチを閉鎖します》


 ハッチが静かに閉じ、外気とのつながりが遮断され、コックピットは暗闇に包まれる。


《各ユニットのチェックを開始します》


《右腕部:チェックスタート》


《左腕部:チェックスタート》


《脚部:チェックスタート》


《頭部マルチセンシングユニット:チェックスタート》


 この暗いコックピットの中で煌々と光を発しているのはメイン・サブディスプレイとパイロット――静馬エトが頭に着けているヘッドマウントディスプレイのディスプレイ部のみであった。


〈――静馬、まだランドウォーカーを起動していなかったのか? 早くしろ。時間は限られているんだぞ〉


「そんなに急かさないでくださいよ教授。これお古の機体なんですよ。そもそもそのタイムリミットってゲートくぐってから――」


〈先に起動しとけと言ったんだバカモン! だからお前という奴は――〉


(コマンド。教授からの通信を遮断)


 ナノマシンを利用した脳内埋込み型インプラント複合現実MRデバイス『ホロソフィア』で教授からの通信だけ遮断するよう命令。

 刹那、脳内は静寂に打って変わった。


「……全く、せっかちだなぁ。それ以前に肝心の本人が着替え終わってないのにソレ言うかね」


 エトは軽いため息とともにそうぼやき、HMDにケーブルを付けた後、支給された新型防護服の具合を確かめながら、起動しつつあることを示すグラフィックの地味な舞いを横目で見つつ、ネットで見つけた曲を聞きながら――


「前は廃棄街。そして今日のエドルア。『平和な』と付いていないから嫌な予感はしてたけど、まさかまた戦場に転がり込むなんてなぁ……」


 幸いなのは、ここは廃棄街のように治安が劣悪ではないということか。


 それでも起こるものは起こるのが世の常だ。銃声が響かないと言っても数刻すれば戦場とならないという保証はない。――この場所は特に。


エドルア島――冷戦状態にある北方皇国とアヴィリア・アコードの勢力圏に設置された緩衝地帯、その一つ。


 そんなわけで彼は本日二度目のため息を漏らすのであった。



◇ ◇ ◇


 

 可変型Variable拡張Augmented外骨格Frame

 その頭文字を取って『VAF』。


 ヒトと同じ四肢。ヒトと同じ五本の指を備えたマニピュレータ。ヒト以上の機動性を叩き出すインホイールモーター式の全方向オムニホイールを備えた高機動ユニットHMUを備えた両脚。ヒト以上の感覚を発揮するマルチセンサーユニットに、高度な演算能力を持つ高度演算処理装置プロセッシングユニットを内蔵する約五メートル程の大きさの機械。


 ――それが彼が、この時代のありとあらゆる人間が扱う新たな道具であった。


《――全ユニットチェック完了、異常なし》


《Indefinite-Crystal Reactorの外部送電モードを解除します》


「送電ケーブルを解除」


 ようやくチェックが終わり、動力源であるICリアクターの主送電先をアヴィリア・アコード管轄施設から機体内部のコンデンサーとフライホイールに変更する。

接続が解除されたケーブルがゴトリと落ちる音と共に、内蔵されたフライホイールから発生した低周波の駆動音が頭部のないゴツゴツした機体と周囲を満たす。


《VAF『ランドウォーカー』よりホロソフィアへの接続が要求されました。接続を許可しますか?》


「許可する、っと」


 脳に根を張るホロソフィアがHMDを経由して機体側のコンピュータに接続されると同時に一気に広がる視界。

 そこに映る2つの人影。


『――エト! ちょっとエト!』


 四角いメガネをかけた同年代の青年――アルマが機体のカメラアイを覗き込んでいた。


「おう、アルマか。教授の着付けは終わったか?」


『あのさ、いくら教授の小言がうるさいからと言っていきなり切るのはどうかと思うよ? せめて一言言うとかさ……』


『ほう、小言――か』


 その後ろには仏頂面の教授がアルマを思いっきり睨んでいた。


『あっ、ちょっと教授……そんなに怒らないで……痛い痛い! ぼ、暴力反対! アカハラです! アカハラ!!』


 視界で暴れる二人を見たエトは


「いいから早く荷台に乗ってください。時間がないんでしょ?」


 ――とため息を漏らしながらこう呟いたのだった。



◇ ◇ ◇



 旧式のVAF特有の重い駆動音をたてながら、重々しい動きでのしのしと歩いていくランドウォーカー。

 その荷台の上で、ゴホンと仰々しく咳払いをして教授は語りだす。


『いいか、今日我々がここにいるのは遺跡及び不可成結晶体クリスタルの調査のためだ。だが、諸君も知っての通り滞在可能期間タイムリミットが存在する。いくら防護していても時間とこの場所がそれを許さないのだ。――アルマ、理由を言ってみろ』


 ピリピリとした雰囲気をまとうアヴィリア・アコード連合軍と、提携している民間軍事企業PMSCsの設備や軍用VAFアームド・フレームを始めとする兵器を横目で見ていたアルマは少し慌てた様子で答える。


『えっと……この封鎖された結晶地帯――エドルア島が北方皇国とアヴィリア・アコードの緩衝地帯バッファであり、大析出ブロウアウト爆心地グラウンド・ゼロの一つだから――ですよね?』


大析出ブロウ・アウト


 国、生活、経済、産業……これまで人類が築き上げてきた全てが破綻する契機となった大災害から三十年。


 この三十年の間、人類は何をしていたか。ある時、ある国はエネルギーを賭けた戦争に明け暮れ、またある時、ある国は歴史的或いは民族的な対立があった別の国との戦争に明け暮れていた。

 またある国は内戦を制した後、周辺国を併合しまくった。


 戦争以外に技術の復興や居住可能な場所の死守は行われていた。

 だけど、人間は結局変わらなかった。


 そしてそれらは戦火を交えるうちに二つの勢力に固まった。

 『北方皇国』と『アヴィリア・アコード』。


『では、エト。北方皇国とアヴィリア・アコードとはなんだ。言ってみろ』


「……答えないとだめですか?」


『最近の学生は歴史をおろそかにしがちだからな。賢者は歴史に学び、愚者は経験によって学ぶ――とも言うだろう? ほれ、さっさと答えな』


「わかりましたよ。

 ――前者は旧国家連合体のリーダー国で発生した内戦を生き残った勢力が周辺国を食い荒らして出来上がった軍事大国。

後者はその侵略に対抗するために旧国家連合体の生き残りたちが結成した相互防衛条約。」


『九十点だ。続けろ』


「……この二つの勢力は北方皇国による大規模併合から端を発する統一戦争が終結した後も、睨み合いが続いておりこの島を始めとする緩衝地帯バッファもとい非武装中立地帯DMZがいくつも設けられているのもその一環――です」


このような緩衝地帯は、互いに睨みを効かせるため島の両端に軍を置くのだが、不可成結晶体による被害を避けるため、両軍とも一定距離以上離れた場所に人工浮島メガフロートを拵え、そこに軍と雇った傭兵たちPMSCsを駐留させている。


そして有事の際、迅速に戦力を投入するための橋も設けられ、エトたちはその大橋の上を渡っていた。


『正解だ、だから我々はここに長居できないのだ。――他に行き場はないと言えば嘘になるのだが、大半は企業の管轄下か連中の戦場だ』


『あー……ありましたね。新しい結晶地帯を見つけたある大学が調査隊を向かわせたら、そこはもう企業の戦場だったでござるって話』


「そしてその争奪戦が終わったからいざ調査しようとしたら、所有者になった企業から高い金を吹っかけられたって話もあったな」


 大析出直後、人類を脅かす毒性を有した危険物質としか見なされていなかった不可製結晶体クリスタルは、数多の企業と学術機関の研究によって技術的な有用性を見いだされ、現代に至っては欠かせない物質となっていた。


 ――だからと言うべきか、新たな結晶地帯を見つけるや否やその所有権を巡って数多の企業が雇ったPMSCsを送り込んでは企業間戦争をおっ始めるという光景が多く見られる。そんなところに調査をしに行く物好きはいないだろう。


 そして第三者が調査しようとしたら高い金を吹っかける――理解できなくはないが、それにも限度というものがあるものだ――というのが一連の流れである。


 戦場で流れ弾に当たって死ぬリスク、法外な金額を押し付けられる割の合わなさを鑑みれば、このエドルア島のようなにらみ合いが起こっている場所の方が遥かにマシなのだ。


 道中、アヴィリアの兵士と民間軍事企業PMSCsの兵士たちが片や談笑しながら、片や慌ただしく行き交っている光景が見えた。PMSCsがすれ違いざまにアヴィリアを見たその目は軽蔑の色が見て取れる。


「見ろよアルマ。あのPMSCs――ロゴを見るにアドミカか。あいつらも災難だな」


『昨日はすごかったよねぇ……』


 アドミカを始めとするPMSCsのアヴィリアに対する感情は劣悪の一言に尽きる。


 アヴィリア設立の経緯が経緯――北方皇国に尻をバーナーで盛大にかつこんがりとローストされてようやく結成したようなものだ――なものだから足並みが揃わない。ニコニコ顔の各国代表が集まる会議場の蓋を開けてみれば、足の引っ張り合いに精を出すという有様だ。


 その余波をモロにひっ被るのが彼らのような民間軍事企業である。


 ある時は指揮系統が権力闘争によって乱れに乱れ、またあるときは二重契約ダブルブッキングをしでかし、またある時は敵味方識別装置IFFをいじって加盟国どうしで戦争を起こそうとし……


 このエドルアも例外ではなく、昨日だって暴行騒ぎが起こったばかりだった。


『うわぁ……また取っ組み合いやってるよ』


「知ってるか? 配属希望先アンケートの一位と二位とで票の差がものすごくてさ、二位以下から最下位争いっだって専らの話らしいぜ? ――ちなみに、一位はわれらがエリュシオンだとさ」



◇ ◇ ◇



 教授とアルマを乗せ、駐留基地を抜けたランドウォーカーは、検問を受けた後、両腕両脚を畳み、車を彷彿とさせるような高速移動形態で制限速度ギリギリを維持しながら橋を渡り始めた。


『ところでエト、新しい防護服の調子はどう?』


「防護服……あぁ、このウォーターなんちゃらの事か。なかなかいいんじゃないかな? 一昔前の宇宙服みたいなゴテゴテした防護服に比べればすっげぇ動きやすい」


水帯ウォーターバンド式防護服。最新型の宇宙服をベースにしたやつだからね。なかなか評判が良いらしいよ』


 水帯式防護服は最新型の宇宙服をベースにしたもので、水を封入したチューブを編み込んだ防護服である。クッション性に優れ、快適性を確保しやすいのでじわじわと人気を博している――らしい。


『最近の防護服はデザインが良くなってるからねぇ。昨日エトが読んでた雑誌にも、アイドルがそれを着てた広告があったんだよ』


「あぁ……通りで。どっかで見たことあるなと思ったよ」


 不可成結晶体は人を喰らう。


 これは誇張でもなんでもなく、事実である。

 粒子化結晶体が常時漂う結晶地帯に防護服無しで足を踏み入れば最後、最初に皮膚や呼吸器官が、やがて全身が不可成結晶体へと転化するという『結晶病』にかかり命を落とす。


結晶体に蝕まれる時の激痛と自身が分解されるようなとも形容される自我の段階的な喪失。これが結晶病の症状である。


 大析出直後の死因の大半は自殺を抑え、不可成結晶体に喰われたことによるものが大半を占める程であった。


 そんな危険極まりない物質が山のようにある結晶地帯が世界中に広がっている現在、防護服の性能の追求はある意味死活問題であった。ブレインマシンインターフェースが普及していても、それなりの操縦技術と繊細な操作を要求されるVAFのパイロットならなおさらである。


『こんな着づらい防護服が人気とはな。まったくもってわからん』


『教授が不器用だからです』


「もうすぐゲートですよ。強力なエアカーテンとかでPICが極力外部に漏れないようになってると言えども、完全にシャットアウトできてる訳じゃないんで防護服の再チェックをしてください。――特に教授」


『これ以上舐めた口を聞いてみろお前ら、課題の量を倍にするからな』


(注意勧告でコレかよ……)


 HMD並びにホロソフィア経由で網膜に投影された画面の端には『粒子化不可成結晶体ICP濃度』の項目があり、その隣には『5%』という数値が表示されていた。


 隔離門付近であって5%台で済んでいるが、壁の向こうに入ればPIC濃度が常時50%オーバーの死の地帯……何の対策もしなければ確実に死に至る。


 最新型のVAFのエアクリーナーなら壁の中でも高いレベルでPICを除去できるが、この型遅れの作業用VAFランドウォーカーではそこまでの性能はとてもじゃないが期待できない。その代わりに空気ボンベが5本分仕込まれていて、その気になれば――もちろん、可能な限り空気を節約さえすればの話だが――約二日程生き延びる事は可能だ。


 エトらが橋を渡ったことを感知した管理用AIが『認証にしばらくかかります。その間、再度防護服・機能の点検を行って下さい』と無線と指向音声でアナウンスする。


(……何も起こりませんように)


 そう祈りながらヘルメットを被り、密閉状態になった事を示すカチリという音を聞いた後、それから伸びるアタッチメント付きのホースを空気供給装置エアサプライヤのコネクタに接続する。


 ゲート前までエアサプライヤを使わなかったのは極力空気を節約するためである。

 画面に『エアサプライヤ:RDYレディ』と表示されると同時に、再びアナウンスがこだまする。


『おまたせしました。エリュシオン総合科学大学調査班

 ・グエン・マッカード教授

 ・アルマ=レイノフ=サッチ

 ・静馬エト

 計三名の認証が完了しました。第一ゲートを開放します。エアロック内に進んでください』


 重厚なサーボ音と共にVAFの横幅の1.5倍ほど開かれた第一ゲートをくぐり、エアロック内に進む。


 第一ゲートが完全に閉ざされ暗闇に包まれた後、再度アナウンス。


『――三十秒後、エアロックを開放します。現在のエドルア島内部のICP濃度は六十パーセント。確実な防護ができているか再度確認してください』


 誘導灯とカウントダウンが進む立体映像が黄緑色に妖しく光る。


『お前ら、準備はできているな?』


『言われなくても済んでいます』


「右に同じく」


 三十秒が過ぎた。

 立体映像と誘導灯が赤く光る。


『――エアロックを開放します。無事の帰還を』


 大音量のビープ音と共に、命を蝕む悪夢の地への門が開かれた。

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