第5章

 親戚の集まりがあってから、お婆ちゃんに風邪の症状がでるまで半月ほどあった。その間、私とメイはワクチン接種があった。その日からだった。家の中に私の嫌いなマタタビの匂いがするようになったのは。


 マタタビは多くの猫は酔ったような感覚になるが、興味のないものや合わないものもたまに存在する。私もそうだった。あまり好きではない。その匂いが、かすかにワクチン接種の日から家の中でするような気がしていたのだ。


 ワクチン接種の日なら、私に勘づかれないで二階に猫を連れて行けるだろう。あの日、雅人の運転する車で千菜美とお母さん3人で、動物病院に行った。


 確か、混雑していたので、雅人は車にいるといって2人と院内に入った。結構待たされたので、雅人に犯行は可能だろう。その日に恭平や由美にも犯行は可能だが、猫アレルギーの由美には難しいように思える。恭平にはまず動機がない。由美は介護を押しつけられるかもしれないという動機があるが、恭平は実家を継いでおり、自分に飛び火しないのに手を汚す必要を感じないタイプだ。犯行が可能なのは雅人だけだ。


 なんらかの方法でマタタビをお婆ちゃんに付け、野良猫をつれてきて顔まわりに擦り寄らせる。猫好きのお婆ちゃんは何も考えず、触るだろう。

 この家は閑静な住宅街で、人通りは多くない。警察は犯行日も特定できないのに、雅人が当日こっそり家に帰っていた事実にたどり着くのは難しい。何か奇跡が起きない限り、この事件は迷宮入りするだろう。


 その後、警察も調査を続けてはいるものの、真実には辿り着かない様子だった。葬式は病死として行われ、またいつもの日常が戻ってくるだけだった。お母さん達も、子供が怪しいと思いながらも、そこには触れないようにしている。


 お婆ちゃんが子供たちに冷たく当たるのを止められなかった後ろめたさなのか、わが子可愛さなのか、猫の私には分かるはずもない。


 落ち着いた頃、お母さんとお父さんが出かけている日を見計らって、由美が訪ねてきた。答え合わせが始まると私は勘を働かせ、窓際のカーテンの裏へ隠れる。ここなら話も聞こえるし、隣の部屋に追いやられることもないだろう。


 由美と千菜美、雅人が揃う。やはり3人の共謀のようだった。

「雅人も色々手伝ってもらってごめんなさい。うちの兄にはどうしても頼めなくて」

 由美が申し訳なさそうにいう。今回の作戦では猫アレルギーの由美には関われない部分がある。


「いや、仕方ないよ。あいつに頼めば上手くいかなかったかもしれない。俺だって、マタタビを溶かした水でお婆ちゃんの顔を拭くことと、野良猫を連れてきたことしかしていない。そんなに気にしないでくれよ」

 マタタビを水に入れるという発想は私には出てこなかった。拭いた所に猫は自然と擦り寄るだろう。顔に塗れば、皮膚はもちろん呼吸器系からの感染リスクも高まるだろう。


「そんなこと言ったら、私なんか何もしてないよ。結局アリバイをお互いで作って話を合わせる必要性もなかったしね」

 確かに千菜美も何もしていない。お母さんが途中で雅人の車がないことに気づかせないようにすること位だろう。


「ううん。私の案に、賛成してくれただけ嬉しかったもん……」

 由美は涙ぐんでいる。どのような背景があるか分からないが、彼女は相当お婆ちゃんに傷つけられたのだろう。


 3人はしばらく話をしてから、お母さんが戻る前に解散していった。彼ら以外で犯行を知っているのは私だけ。しかし猫の私には伝える方法も義務もない。

 猫は動物なので殺されたことを恨んでも、殺したものを責めたりはしない。それが自然の摂理だから。私には関係のない話なのだ。


 それでも、お婆ちゃん以外に被害者がいるとしたら利用された猫であろう。そいつは、いきなり連れてこられ興奮状態にされて放されたに違いない。何も知らないまま。いや、知っていたのかもしれない。

 なんにせよ、今回の事件は猫しか知らない犯罪なのだ。犯行が暴かれるまでは。

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