第2章

どうにも自分の家だというのに、落ち着かない気がする。どうして、こうも知らない匂いが家中からするのか。

 ここ数日知らない人が、出入りしていることが関係しているのか。お婆ちゃんが風邪気味になって、医者が訪ねてきた。白衣を着て、医療道具が入った鞄を持ち、少し白髪が入り、もう60は超えているだろうという風貌は、いかにもといった感じだった。

 たしかにその人からは様々な匂いがしたが、なんとなく最近の違和感とは異なる気がしていた。


 先生は、お婆ちゃんの診察で風邪っぽいと風邪薬を処方し、帰って行った。1週間後くらいに容態が変わらないようであれば、呼ぶようにということだった。先生が家から出て行った途端、千菜美は

「もう、長い事寝たきりだし、風邪だって治りにくいのは当然よ! お母さん、1週間ぐらいで呼ばない方がいいわ」

と強めに、言い放った。どうしてとお母さんが尋ねると、

「長い事寝たきりなうえに、1週間に1回あの料金を取られたら、堪らないわ!」

 母さんは、そんなこと言わないのと軽く流して、食事の準備をする。千菜美は確かに、気が強く我儘なところがあるが、この会話には何故か違和感を覚えた。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。

 私は2階に上がれないのでお婆ちゃんの状態を見ることができないが、日に日に咳をする頻度が増えていて、なんとも言えない嫌な予感がしていた。


 そのまた3日後、千菜美と由美が家にやってきた。お婆ちゃんの容態を見に来たのだろうと、私はリビングの隣の部屋に向かう。メイは、嬉しそうにダッシュで由美の元に行くが、千菜美に軽く捕えられて隣の部屋に来ている。階段を上る音が聞こえてきたので、階段の隅で丸くなり耳をすませてみる。

「1回目で上手くいって良かったよね。悪い事するのって慣れないし怖いもん」

「そうかしら? まだ上手くいったかは数日見ないと分からないわ」

「たしかに、ただの風邪で治られたら、意味がないもの……」


 聞いてはいけない会話を、聞いてしまったようだった。しかし予想通り彼女達が、最近の違和感の原因であることは間違いないらしい。テレビアニメのように私が猫ながらに探偵でもできればいいが、そんなことは不可能なのだ。私は唯の傍観者を続けるしか他ない。


 それから3日後の夜、勘が当たりお婆ちゃんの容態は悪化した。容態が急変したため、お父さんはお医者様を呼んでみてもらっていた。咳は止まらなくなっていた。

先生は、

「偽膜形成や白苔が見受けられます。明日、朝一で大病院に連れて行った方がいいです」と告げた。先生が帰った後、全員がバタバタと明日の準備をし始めていた。病院に連れて行くということは最悪入院も考えられる。その準備だとは思うが、千菜美の口元が緩み始めていることは私だけが見ていたのかもしれない。

 突然、2階から父の怒号のような声が飛ぶ。

「おい!急に母さんが苦しみだして、呼吸が上手くできてない!救急車呼んでくれ!」

 急な展開に、母さんは飛びつくように電話口へ行く。救急車到着まで約10分というところだが、全員が通路を開ける準備を始めていた。

私は、邪魔にならないようにキッチンの方へ避けておいたが、なぜか浮き足立っているメイはゲージに入れられてしまっていた。自業自得だなと横目に見ながら、流し台の上に飛び上がる。

 千菜美と由美の表情が気になり、2人を探すと何やら不安そうに恭平と話している。恭平は、この家には親戚の集まり以降来ていないはずなので関係ないとは思うが、全員が怪しく思える。まず風邪に見せかけて殺すなど、薬を使うならわかるがリスクが高すぎる。病院に運ばれるのだから、服用以外の薬は犯行が明らかになってしまう。やはり偶然なのか。それとも兄弟の誰かが仕組んだことなのか。

 奮闘むなしく、救急車が到着したと同時にお婆ちゃんは息を引き取った。外は深夜11時、静まりかえった住宅街のなかで、煌々と救急車のランプだけが回り続けていた。





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