第8章 帰るべき場所

第41話 業務命令が下された

 北侵した王国軍と獣人連合の戦闘が始まったそうだ。

 これは創造神うんえいからの情報である。

 状況は最悪。被害は双方ともに甚大との事。

 原因は王国軍の狂気とも思えるような侵攻にある。

 損害を顧みない戦闘と魔法部隊の熱帯密林焦土化作戦。

 このままでは居住可能な熱帯密林のかなりの部分が焦土化する。

 ただ侵攻中の王国軍もただではすまない。

 おそらく北にある獣人の街カジャマラの手前で全滅するだろうという予測だ。


 ただ結果的に勝利する獣人連合も無事では済まない。

 このままでは居住地域である熱帯雨林の半分以上が焦土化される。

 そうされたらその後そのままでは獣人達は生きていけないだろう。

 彼らの活路としては王国に逆侵攻をかけるしかない。

 

 そして創造神うんえいからの指示が出た。

 俺達社員の他、使徒プレイヤーに対してもだ。

 使徒プレイヤーには『王国の暴走を止めろ』という冒険シナリオとして提示された。

 このままでは付近の自然も王国や獣人の生活も破壊される。

 大侵攻の黒幕を突き止め王国軍の暴走を止めろ。

 既に北部の街チンチャイと王都ウリンハナンは黒幕の手に落ちている。

 まずはこの2つの街を開放せよ。

 そんな内容である。


 俺にはもう少し細かい内容が提示された。

  〇 王国軍を操っているのはインティ神殿のユパンキ派

  〇 北部の街チンチャイと王都ウリンハナンはユパンキ派が制圧済み

  〇 この2つの街を魔法陣化し住民の魔力を吸い上げている

  〇 吸い上げた魔力で侵攻部隊を操り、また森林を焼き払っている

  〇 侵攻部隊は洗脳状態で内部に居るはずの社員とも連絡が取れない

  〇 故にまずはチンチャイとウリンナハンの魔法陣の解除が必要

  〇 魔力が切れ侵攻部隊の洗脳が解けたところでユパンキ一派を倒せ

 こんな内容だ。


 そして社員の俺に下ったのは業務命令。

 王都ウリンハナンを開放せよという命令だ。

 普通の会社で普通の社員に対してならこんな危険な命令は労働基準法その他に違反して出来ない事だろう。

 だがここは演算による仮想世界。

 少なくともそういう事になっている。

 だから例えこの世界で俺が死んでも本体は問題ない筈だ。

 つまり命令に逆らう正当な理由はない。

 逆らえば退社、そしてファナに会えなくなる。

 選択肢は残っていない。


「悪いファナ。今度は結構かかるかもしれない」

「わかりました。でも絶対無事に帰ってきてくださいね」

 幸いソラマメや大麦の植え付けが始まったばかりだ。

 農業関係は忙しいのだがまだ狩りの季節にはなっていない。

 だから怪我人等もそう酷いのは来ないだろう。

 家の農業関係は使用人の皆様に任せておけば何とかなるし。

 ちょっと人任せで申し訳ないけれど。

 使用人と村長に挨拶をして家を出る。

 ある程度人目の付かない場所まで来たら、あとは移動魔法。

 この前神官服に襲われた場所まで一気だ。


 王都ウリンハナンの見える場所へ到着。

 あの空気の重さは相変わらず。

 しかし既に社員その他の攻撃が始まっている模様だ。

 王都周辺のあちこちで戦っている気配がある。

 そのうち最も近く、激しい戦いが起こっている場所。

 そこへ俺は健脚を使用して一気に近づく。

 目標ターゲットは墓標のようにも見える大きめの碑。

 前回来た時感じた魔力集中点のひとつだ。


 現場は敵味方入り乱れて混戦中。

 幸い敵は白い神官服なのでわかりやすい。

 味方は色々。

 単独もいれば6人程度までのチームで戦っている使徒プレイヤーもいる。

 でもチーム戦が有効なのは味方レベルが低い場合か相手が人間以外の場合。

 多数の人間による混戦で自分が賢者レベルの場合は個人による戦闘の方が強い。

 少なくともこの世界では。


 『超高熱カルニナ極限ハトゥン!』

 誰かが石碑に超高温魔法をかけた。

 ならばだ。

 『超高熱カルニナ極限ハトゥン!』

 俺も同じ魔法を上乗せする。

 襲ってくる神官服を健脚の速度で躱し、更に魔法を継続。


 石碑が赤熱をはじめ、更に白く輝きだす。

 付近の気温が一気に上昇。

 俺も石碑からやや距離を取る。

 石碑が崩れだしたのが見えた。

 よしよし。それでは仕上げだと思って魔法をといた時だ。

絶対零度ガサガサ!』

 誰かが石碑に最強低温魔法を発動した。

 バグォーン! ドサドサドサドサ……

 石碑が一気に砕け、崩れる。

 急激な温度変化による破壊だ。

 どうやら俺と同じ事を考えた奴がいた模様。


 神官服の連中が倒れ、煙のように姿が薄くなって消えた。

 どうもこの連中、いわゆる式神のような使役魔法の産物らしい。

 石碑から力を受けて実体化していたが、石碑が壊れた事により力を失い消え去った訳だ。

 確認すると他の魔力集中点のうち2カ所も同様に消えている。

 だがまだまだ魔力集中点が残っている。

 うち最大なのは中心、王宮だ。

 あの重い空気も大分薄れて来た。

 ならここは王宮に一気に攻め入るべきだろう。

 そう思った瞬間。


 ドッカーン!

 街の中心方向から地響きを伴うような轟音が聞こえた。

 もくもくと上に登っていくやや褐色の煙。

 俺は何が起こったかを魔法で確認する。

 賢者レベルの奴が隕石衝突魔法パチャ・カウリを使ったようだ。

 あれの威力は強力。代わりに発動させてから長めのタイムラグがある。

 だから発動中に術者が攻撃されたりして集中が途切れるとヤバい。

 軌道が狂ってとんでもない場所に落ちたりするのだ。

 だから普通は街中では滅多に使わないが、クレイジーな奴がいたようだ。

 それとも敵が硬すぎて壊せずやむを得ずという感じだろうか。


 とにかく魔力集中点が全て消えた。

 あの重い空気も徐々に薄らいでいく。

 一安心、という処だろうか。

 ほっとしたような、まだ物足りないような空気感の中、どこかで見たような、でも見覚えのない男が俺に近寄って来た。

「やあ、久しぶりだな」

 こんなごっつい中年親父の知り合いはいないぞ。

 でも何処かで見覚えのあるような気はぬぐえない。

 誰だこいつ。

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