第21話「出陣」

「私に、派兵部隊の指揮をとれというの?」


 十人会議が終了した後、ロクスレイとミリアは本棚に埋もれたノッディンガム宰相の執務室に呼ばれていた。


 そこで聞かされたのは、ミリアを部隊長とした派兵部隊を構築する旨であった。


「君の指揮能力についてはロクスレイの評価により十分であると考えている。また、派兵部隊は性質上微妙な外交関係の矢面に立たされることが想定される。時には外交交渉で出陣も要求されるだろう。その点で言えば、外交実績のあるロクスレイに補佐をしてもらい。特使としての役割を全うしてもらいたいのだ」


 ノッディンガム宰相の言い分は分かる。今回の任務はただ戦争に行って勝てばいいというものではない。かと言って、ただ条約を結びに行くわけでもない。できれば最近、この両者を両立した人間を選びたいわけだ。


「任務ならば断わることはないわ。それで派兵部隊の内容は?」


「兵は銀鹿騎士団により構成される。弓騎乗兵五百、精鋭弓歩兵千五百だ。本来ならもう少し増員したいところだが、今はトーライ国への援軍もある。これが限界だな」


「に、二千人も……。そんな大部隊を私が率いるの?」


 ミリアはこの間、戦闘の初心者体験を覚えたばかりだ。その時はたったの五十人。今回の二千人はその時の四十倍だ。動揺するのは仕方がない。それだけ責任の重さを感じるというものだ。


「数自体はそれぞれの小隊長の判断に任せれば問題ありません。貴女はただ堂々と自分の意思を示せばいいのです。それが部隊の旗印となり、全体が動けるのです。それに私も全力で支えますよ」


 ロクスレイがそう宥めすかせると、ミリアは一先ず落ち着いた。


「分かったわ。その大任、成し遂げてみせるわ。私の夢が戦いの先にある以上、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないわ」


 ミリアの夢、黒百合騎士団が戦いの常識を変えるためには多くの研鑽が必要となるだろう。そのためには戦いの任務は避けられないのだ。


「では改めて命じる。ミリアよ、ロクスレイと共に派兵部隊を率いてアルマータ帝国を目指すのだ。そこで、内乱の鎮圧の協力を行いたまえ」


 ロクスレイもミリアも踵を合わせてきっちりとした姿勢をとると、その辞令を決意と共に受け取ったのであった。




 出兵に際して最初の問題となったのは、派兵部隊の進行ルートについてだった。


 シラテミス王国からの海上や陸上の進路はタルーゴ共和国が障害となるかもしれず、許可はできなかった。


 また、南からの進路もモグリスタ共和国が行く手を阻むため、とても進める場所ではない。


 最終的にはトーマスと共に地図を擦り合わせた結果、モグリスタ共和国との接触が少なく、すぐにアルマータ帝国傘下のディアーヌ部族連合の領地に入る西の道筋が良いと判断した。


「ただ問題があるとすれば、ミミ族の住む場所を横切らなければならぬということだな」


「ミミ族ですか? 聞かない部族ですね」


「そうか。おそらく壁があったせいなのだろうな。ミミ族はディアーヌ部族連合から東、フサール王国から見れば西だな。三日月山脈の南端、と言っても伝わりにくいか」


 これもまた地図で確認すると、どうやらテムールで言うところの、鞣革山脈の西端と繋がっていた。つまり三日月山脈と鞣革山脈は名前が違えど、同じ山脈なのだ。


「ミミ族は獣の耳を持つ獣人という奴でな。ミミ族でも更に細分化されているらしい。ブタミミ、イヌミミ、ウサミミ。とか言ったかな。それらが徒党を組んでいるというわけだ」


「獣人、ですか。こちらでは聞かない種族ですね。獣との混血ですか?」


「いや、獣人は単なる人種の違いらしくてな。伝承によれば、全ての獣と人を作った後に余った獣の部分を人に与えたそうだ。その話にもある程度レパートリーがあるが、大体はそんな内容だ。

 文明の程度は山村暮らしの低いレベルで数も少ない。それでもミミ族の中には巨躯で剛腕の持ち主がいるらしい。ディアーヌ部族連合がミミ族に介入せず、中立を守っているのがその証拠だ。そして、ミミ族には干渉も交流も少ない」


「つまり安全に通るためのコネも作りにくいということですか」


「そうなるな。ミミ族がこちらにどう対処するかは行って見なければ分からんというわけだ」


 ロクスレイは考える。派兵部隊はアルマータ帝国に着くまで無傷でいるのが好ましい。しかし、どのルートも保証はなく安全とは言い難い。


 それでも、ここは比較的安全と思えるミミ族の領地を通るのが正解だろう。


「他に手はありません。ミミ族と会ってどうにか通りましょう。案内はトーマスに任せます」


「ああ、任せろ。こう見えても若い頃は世界を旅して回ったことがあってな。ミミ族との交流も多少は心得がある」


 トーマスは頼もしくも案内役を受けてくれた。


 さて、次に問題になってくるのは補給である。


「道中のトーライ王国からは食料調達できるでしょう。問題は絶理の壁を越えた後です。ディアーヌ部族連合では物資の補給は可能でしょうか?」


「金さえあれば問題ないと思う。その金についてだが、こちらのテムールとかで流通している金貨や銀貨は使えんからな。とはいえ、俺の口添えがあれば両替には困らんだろう。それも任せておけ」


 このトーマスと言う男、中々顔が広いらしい。それもそうか。戦争帝王と呼ばれる王や皇帝の代わりを務めていたのだ。否が応でも名は売れているのだろう。


「それに万が一の備えとして特製の瓶詰でも持っていきましょうかね」


「……特製の瓶詰って何なの?」


 トーマスの横で会話に入りそびれていたミリアが、ロクスレイの言葉に反応した。


 ロクスレイは問いに応え。その瓶詰とやらを手持ちの荷物から取り出し、テーブルの上に置いた。


 瓶詰は中身が見えにくくなるほどの厚いガラスに覆われた瓶に、金属の蓋が付いたものであった。瓶の中は赤いドロドロとした液体のようなものに豆のようなものが漂っていた。


「これは品種改良したトマメの瓶詰です。中身のトマメは偶然にも私の領地で配合できたトマトと豆の混合種を使っています。見た目と果実は柔らかいトマト、おまけに豆のように歯ごたえのある種が入っています。実が傷みやすいことを除けば、寒さに強く痩せた土壌でも育ついい野菜ですよ」


「トマメ、ね。そんな柔らかい実で保存がきくわけ?」


「それについては調理による加熱と瓶の仕組みが役立っています。これまではただ瓶にコルクで蓋をした物から、ネジ式の蓋に変えました。おかげで瓶の中身を密閉。保存も常温で一ヶ月くらいなら大丈夫です」


「……ネジ式? 密閉?」


「まあ、簡単に言えば瓶と外界を完全に隔ててしまったわけです。そのうえで瓶を煮沸しておくことで消毒しておきました。こうすれば殺菌して保存が長持ちするわけです」


「待って、消毒とか殺菌とか。さっきからロクスレイが何を言っているのか分からないのだけど、説明へたくそじゃないの!」


 ミリアは困惑したような苛立ちでロクスレイを責める。そうは言っても、ロクスレイには適切に説明する要領を得ない。


「な、ならこちらを」


 ロクスレイは荷物からまた何かを取り出した。


 それは『ネジ式蓋を用いた瓶詰の使用方法と考察』と題名された一冊の本であった。


「これを、読めっていうの?」


「私の自信作ですよ。貸してあげましょう」


「……何だか馬鹿にされている気がするのだけど」


 ミリアは呆れ顔で愚痴をこぼしつつも、ロクスレイ著書のその本を大人しく受け取ってくれた。




 詳細な計画を立てた数日後、出兵のために銀鹿騎士団二千名が集められた。


 銀鹿騎士団は皆、熊の分厚い毛皮を鞣したものを二重に重ねたフード付きの羽織りマントを着ている。これは身軽さを重視して金属鎧を着られない銀鹿騎士団の頼みの防具となっている。


 また、銀鹿騎士団は全ての兵士が弓の達人である。その精鋭ぶりは入団試験からもわかる。試験の内容は弓と矢だけを持たせ、膝まで地面に埋め狼や熊の出る森で一日過ごすという過酷なものである。これで弱いわけがない。


 装備は重装甲ではなく、軽装であるものの。それは部隊の機動性を高めている。高速で森の中を動き、正確に敵を射抜く銀鹿騎士団は森の死神と言われるにふさわしい活躍をしてくれるだろう。


 そんな部隊が今、ミリアの元に集い整列し、命令を待っていた。


 一方、ミリアはと言うと。


「……今更だけど、ロクスレイが部隊を率いた方がいいんじゃないかしら」


「本当に土壇場で言いますね。そんなに私達が頼りないですか」


「ロクスレイのことは信じてるけど、私にはあまりにも荷が重すぎるっていうか。自信がないのよ」


 ミリアとロクスレイは登壇せず、銀鹿騎士団の見えぬ物陰でこそこそとしていた。


「自信なんてやる前から必要はありません。ただ仲間を信じ、部下を信じれるかどうかです。自信なんてものは実践を越えた先にしかありませんよ」


「でも、私は」


 埒の明かないミリアに痺れを切らしたロクスレイは、遠慮容赦なく心の内を漏らした。


「正直に言えばミリアに期待なんてしてません。地位だけに胡坐をかいて、実力はほんの少し、歴戦の戦士と比べるまでもありません。ミリアに命を預けるなんて誰も御免こうむります」


「……」


「でもそれでいいんです。無能な上司は部隊を殺しますが、聞き耳を持つ上司は有用です。そしてこれは個人的ですが、私はミリアの野望に感銘を受けたんですよ」


「えっ?」


「銃はいずれ戦場を席巻します。加護が限定的な使用者に限られる以上、私の知る世界と同じ道をたどるでしょう。その先駆者に、ミリアはなりたいと言ったのです。知識もなく、経験もなく。その先見性は私にはない。憧れる物です。

 憧れは人を惹きつけ導きます。幸運と実力があれば、ミリアはよき指揮官になれます。私のような、一介の書記官で終わるような男とは違ってです」


「本気で言ってるの?」


 ミリアのその返しに、ロクスレイはぶすりとした顔をした。


「私が真顔で冗談を言う男だと思いますか。この数か月、何を見ていたんですか」


「少なくとも、私よりお喋りなのは知っているわ」


「それは仕事柄ですよ。無口でいるなら銅像でも外交官になれますよ」


 ミリアはロクスレイのジョークを気に入ったのか、苦笑した。それがどうやらミリアの緊張をほぐしたようだ。


「私は行くわ。もし失敗したら、腹を抱えて笑いなさい」


「道化は苦手ですが、命令とあれば従いますよ。部隊長殿」


 ミリアが壇上に上がると、全ての銀鹿騎士団が現れた新任の部隊長に注目した。


「私が今回の派兵を任された、ミリア・サトクリフよ。多くの者が何故部外者の私に指揮権を譲渡するのかと、戸惑いと苛立ちがあると思う。それは当然だわ」


 ミリアは、言葉を聞いて互いに顔を見合わせる銀鹿騎士団の面々を眺め。それから言葉を続けた。


「私は弱い。実戦経験は一度しかなく、それもたったの数百人程度の小競り合い。戦歴と言うにはほど遠いわ。だけど、私には別の力がある。この派兵を国の勝利に導く力がある。これは予感じゃない。事実よ。私には王の代行として動く力がある」


 銀鹿騎士団はミリアの言葉を傾聴していた。王と言う名を使われ、皆の心にそれぞれの忠誠心を呼び起こさせたのだ。


「そしてこの勝利に不可欠なものがもう一つある。銀鹿騎士団、君達の力よ。王のために障害を排除し、目的を実行させるには君達の力が必要だ。約束するわ。君達の力は私の勝利を押し上げ、王国の危機を救う。あのモグリスタ共和国の侵攻を止めるほどの勝利を君達は得る。そのための力を、私に貸しなさい。君達を王国の英雄にしてあげるわ」


 短くも強い意志を感じさせる言葉が銀鹿騎士団達の心を揺らす。それは最初拍手から、しばらくして喝采に変わった。どちらかと言えば感嘆と言うより、応援に近い歓声だ。


「演説としては及第点ですかね」


 ロクスレイが小声で漏らした感想を掻き消すほどの甲高い声が、号令を告げる。


「銀鹿騎士団特別派兵部隊、出陣!」

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