第7話「遠征」

 これから西の大陸に行く計画は大体決まった。



 まず訪れる国はシラテミス王国と隣接しているタルーゴ共和国となった。大国のアルマータ帝国にいるはずのトーマスという外交官も気になったが、まず必要とされているのはタルーゴ共和国との国交だ。



 既にタルーゴ共和国とシラテミス王国との非公式な交易は発生しているであろうし。戦争という非常事態に備えても、ある程度の国家間交渉がなければ泥沼化必至だ。まずは窓口をセッティングしたいのだ。



 ロクスレイがテキパキと旅の準備をしていると、問題が発生する。それは護衛の数だ。



 今いる護衛は合流した者を含めても十五人。外交官は一人で交渉に行く場合もあるけれども、治安の有無や国の態度が分からない場所でこの数はまだ心もとない。それに初の交渉は国家の威信もかかっている。それなりに見栄えのいい小部隊を連れていきたいのだ。



「その点には抜かりないわ!」



 ロクスレイが悩んでいると、声を上げたのはミリアだった。



「お父様――いいえ外務大臣から護衛に黒百合騎士団の、私の元部下を連れてくる許可を頂いたわ。感謝しなさい」



「おっ? これは黒百合騎士団の初遠征、処女航海ですか。俺達はまさに少女が大人になる歴史的瞬間を、目の当たりにしようとしているんっすね」



 ロクスレイはウィルの頭を軽く小突いた。



 黒百合騎士団は百合、という花の名前から想像がつくように、女性だけの部隊だ。お飾り部隊と揶揄される一方、支給されているのは最先端の武器、マスケット銃が主流だ。黒百合騎士団は実戦こそないものの、フサール王国で常備軍よりも銃に精通している部隊と言ってもいい。



 常日頃から銃の訓練、銃の整備、銃の運用方法を研究をしている彼女らは銃のスペシャリスト、と言いたいところだが実戦はない。なので机上の空論を練り上げているとも言えなくはないのだ。



「正直いえば心もとないですが、銃は式典でも大いに役に立ちます。特に儀礼的な空砲による挨拶は、相手に畏怖と尊敬の念を与えることができます。まあ、タルーゴ共和国に銃があるかにもよりますが……」



「その点は心配ないですよ。シラテミス王国はもう民間の銃を交易に乗せてますが、タルーゴ共和国どころか新大陸のターリア大陸に銃は存在しないそうっす」



「そうなのですか!? なら技術的にはこちらがかなりリードしていることになりますね。となると、戦争も視野に……いやいや国際的緊張と戦費の捻出、人的資源の痛手を考えると――」



 ロクスレイは再びぐるぐると、交渉のテーブルに並べる物を考え始める。ミリアとウィルはそんなロクスレイを見て、やれやれと言った感じだ。



「交渉での話は後、先に遠征費の方が欲しいのだけど」



「……外務省から直接出ないのですか?」



「外務大臣からはロクスレイに立て替えてもらえと聞いているわ」



「大臣……。分かりました。幾ら欲しいですか」



「三十レクトーン」



「っ! いや小部隊を賄うとすれば妥当な金額ですか、いいでしょう」



「それに弾薬などの消耗品にもう十レクトーンお願いするわ」



「っ! っ! お金が、私のお金が尽きてしまいそうです」



 これから更にタルーゴ共和国へ送る贈物を準備するとなると、早く送金してもらわなければロクスレイの財布が破産することになる。



 ロクスレイは金のことで四苦八苦しつつも、あることが気になった。



「騎士団は銃を護衛のために使うつもりですか?」



「ええ、もちろん。騎士団の主要武器だからね」



「となると銃だけではなく、十分な量の火薬と弾の運送が必要となりますね。補給の難があるこの任務では儀礼的なものだけでもいいですし、なにより鹿だけと比べると隊の機動力が落ちますね」



「し、仕方ないじゃない。騎士団の主力は槍、銃、大砲。大砲を持ち込まないだけありがたく思いなさい」



 確かに、大砲まで持ち込めば部隊の行軍力は目も当てられないことになる。それに大砲はマスケット銃、この場合火打ち石式の物を指す、と同様に軍事的機密が含まれる技術の塊だ。敵になる可能性も捨てきれないタルーゴ共和国に渡すことがないようにしたい。



「黒百合騎士団からは銃兵と槍兵混合の三十名。見栄えのいい者を集めるわ。その点は安心しなさい」



「期待してますよ。出すもの出したんですから」



 ロクスレイはとほほ、と思いながら軽くなった自分の財布を見ていた。



「大丈夫か。ロクスレイ。私から少し出そうか」



 そんなロクスレイを慰めてくれたのはずいぶん長いこと黙っていたメイだった。



「ありがとうございます。メイ。気持ちだけで結構――」



 メイがロクスレイに差し出したのはミッソス銅貨、それも割り銭だった。どのくらいの価値かと言えば、レクトーンの五千分の一の価格だ。



「また割り銭で角砂糖を買いましたね」



「か、買ってない。ロクスレイの気のせいだ」



 メイはそう言いつつ、自分の唇に付いていた砂糖の破片をぺろりと舐めていた。



 ロクスレイは別にそれ以上責めたりもせず、メイを優しい目で見つめていた。





 最終的に集まったのは、ロクスレイとメイ、ウィル、ミラー、ミリア、帰還した者を含めた直属の部下十五名、黒百合騎士団の護衛三十人、計五十人の使節団となった。



 黒百合騎士団は喪服のような黒と紫を基調とした服装をしており、皆若くて見目麗しい。鎧は胸甲だけを付け、手には最新式のフロントロック式のマスケット銃や長槍を持っている。



 そんな可憐な彼女らも、武装している姿はやはり騎士団特有の独特な高貴さを感じる。



 旅の荷物も買い揃え。ロクスレイの領地からはお金と頼んでいた荷物が送られ、遠征の準備は整った。



 早速任務のため一行が出発すると、まず西のシラテミス王国領内に入った。国境の検問は国からの信任状で通り、更に西へ進んでいく。



 そしてシラテミス王国の最も西にある街で、一先ず休憩を挟むことにした。



 シラテミス王国西の街は石畳に白いコンクリート壁や、コンクリート製の直方体の家が目立っていて。その風景はまるで街自体が化石化してしまったような石灰のごとき白さに満ち満ちていた。それはこの世の物とは思えない、浮世離れした美しさがあった。



 使節団が街のどこで休息しようかと考えていると、ロクスレイに声を掛けてくる人物がいた。



「ロクスレイ殿、外交官のロクスレイ殿ではありませんか?」



「ん? もしやあなたはシラテミス王国の、商業組合長ではありませんか?」



 ロクスレイにも見覚えがあった理由は、商業組合長が丸々とした身体にサボテンのような髭をしている特徴的なシルエットだからというのもある。



 また、商業組合長はシラテミス王国の商業責任者のようなものなので、交易の許可と関税の話し合いでよく顔を合わせていたのだ。



「もし休む場所をお探しならば、ぜひ私の組合にお越しください。歓迎します」



 商人が損得関係なしにもてなすとは思えなかったが、ロクスレイはありがたくその申し出を受け入れることにした。



 ロクスレイが商業組合長の後に続くと、すぐに商館が見えてきた。商館には大きな荷物の搬入搬出口があり、近くには鹿や馬のための停留場がある。使節団の荷物と人を運ぶ鹿をそこに置き、一同は商館の中に入った。



 使節団の多くは休憩室に通され、ロクスレイとミリアは商業組合長と共に客間に案内されていた。



「して、この度はシラテミス王国に何の用事ですか? とはいえ聞くまでもありませんね。壁の向こう側についてですね」



「ええ、別に極秘任務でもありません。これから私たちはシラテミス王国の隣国となるタルーゴ共和国と会談を設けるつもりでして、その行きなのです」



「ふむ。それは結構なことですね。国交が正式に結ばれれば、シラテミス王国もそれに続く。そうなれば私達も大手を振って商売に勤しめるというわけですからな。ロクスレイ殿には大変頑張っていただきたい」



「シラテミス王国の発展は、ひいてはフサール王国の発展に貢献できるのですから商業組合長も励んでくださいね」



 二人はそう挨拶程度のやり取りをしてから、本題に入ることとなった。



「ところで、既にシラテミス王国は特別に一部物資の搬入搬出を許可して、交易がおこなわれています。こちらからはトーライ鹿や民間の銃、ホクドウ王国の良質な杉、米などを運んでいます。タルーゴからは宝石や香料、ぶどう酒やスパイス、それに赤紫色の布を買い取っているのです」



「赤紫色の布? 珍しいですね」



「はい、こちらでも紫根を使った紫の布がありますが、タルーゴの赤紫色の布は色鮮やかでして、貝紫染めというのだそうです。これが国の王族や領主殿に大変好評を博しているのであります」



「ふむ、もうそこまで流通しているのですね」



「流通と言っても、まだ試供品のようなものです。そこで相談があるのです。私達商業組合としてはタルーゴの商品を東に売りたい。しかし、東の入り口であるフサール王国の駐在大使殿からは色よい返事がなく、流通は途絶えたままなのです。お手数かと思いますが、ロクスレイ殿から口添えをお願いしたいのです」



「それくらいならよろしいですよ。では代わりと言ってはなんですが、タルーゴの貨幣交換と案内を頼みたいのです。こちらもタルーゴの貨幣と地理に通ずる者がいますが、一人では何かと不安です。商人ならば、そこは問題がないかと思いまして」



「それはそれは、いいでしょう。下の者に準備させます」



 ロクスレイは為替でごまかしをしようとしても通じませんよと牽制をしつつ、両替を頼んだ。ウィルがある程度ターリア大陸で流通している通貨を持っているとしても、それだけでは不安だ。ここで両替をしてもらえば、後々不便がないのだ。



「駐在大使には、新しい物資運搬許可証発行を頼みましょう。他にも関税の方は今までの税率を使いつつ、新しい品物については協議する必要がありそうですね」



「関税については、お手柔らかにお願いしますよ」



 頼まれたところで、関税の値は外務大臣の匙加減で決まる。報告は適切に行う義務がロクスレイにあるわけだし、その願いはあまり叶えられそうにない。



「では、話し合いはこの辺でよろしいですか?」



「そうですね。ロクスレイ殿、急な頼みを聞いてくださり、ありがとうございます」



「いえいえ、こちらこそ」



 こうして三人の会談は、全て二人の会話で終わった。





「地味なものね」



 話し合いが終わった後、ミリアはポツリとそんなことを言った。



「話し合いの事ですか? 有益な情報が聞けて、有益な交渉ができて、実りあるものだと思いますが?」



「私はもっと技巧的ものを想像していたわ。相手を騙し騙ししたり、奇策のような交渉材料を用意したりするものかと思っていたわ」



「確かに、そういう時もありますね。例えば木材を購入する際に、トーライの森とホクドウの森の二つありましたが、ホクドウ王国から優先的に購入することで価格を下げさせたことがありましたね。他にも、フサール王国から他国に出回る銃の関税下げるために、銃の有用性や訓練を教授したこともありました。どれもやりがいのある仕事でしたよ」



「ふーん。私には見当もつかないわね」



 ロクスレイが熱弁するも、やはりミリアの反応はそっけない。おかしい、ミリアはこんな消極的な女性だっただろうか。



「まさか、話し合いで除け者にされていたことで怒ってるなんてことはないですよね」



「どうかしら。確かに私は外交については門外漢ですけど、ちょっとくらいは交渉できるかと自惚れていただけよ」



「……なるほど」



 ロクスレイにもその気持ちは分かる。まだ書記局に勤めたばかりの頃は、先輩の外交官の話を横で聞いているのがやっとだった。なのでその頃は交渉などできたためしもなく。年月がロクスレイを成長させ、一人前の外交官に成長させるまで、自分の本来の力と理想の狭間で葛藤していたものだ。



 だからこういう時の対処方法も見当がつく、今は雑務でもいいからミリアに仕事を与える方がいいのだ。



「ではミリアには物資運搬許可証発行を促す手伝いをしてもらいましょう。外務大臣の娘と知れば、大使との交渉もずっと楽に済むはずです。もしミリアが親の権力を借りたくないというなら、別ですけど」



「……いいえ、こうなったら親の力でも脛でもかじるわ! 私は書記局特別顧問特使のミリア、国の利益のためにとことん全てを利用しつくしてやるわ!」



 やや自暴自棄なものの、ミリアは少し元気を取り戻した。



「新人をコントロールするのも、存外大変なものですね」



 ロクスレイは安心して、そんな小言がミリアに聞こえないよう、呟いた。

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