第5話「十人会議」



 ロクスレイが意識を回復すると、台座に手を触れたままの自分を発見した。



 雲が晴れ、再び現れた太陽の傾き具合を見ると、しばらく時間が経っていたようだ。



「外交官殿! 無事でありましたか。急に姿が見えなくなったので驚きましたよ」



「ロクスレイ、無事か!?」



 傍にはミラーとメイがおり、二人とも心配そうな顔をしていた。どうやらあの場所には精神とか魂だけとかではなく、肉体ごと移送されていたようだ。



「心配かけましたね。二人とも。早速で悪いですが、報告を」



「はい、外交官殿。外交官殿が消えてしばらくしてから、海の向こうにある北の絶理の壁が消失しました。兵達は神の怒りだなんだと慌てていたので、私が一発ガツンと喝を入れてやったであります」



「消失、ですか。やはりですね」



「ん? 外交官殿は何かご存じなのでありますか?」



 ロクスレイは送り飛ばされた場所での出来事を話し始めた。護衛とミラー達は口が堅いので、その点は安心して話せた。



「何と!? 壁の向こうにも国が! それは大変でありましたな」



「これから忙しくなりますよ。まず東と西と南に三人ずつ。偵察を走らせてください。海を渡った北側にも三人、近くの商業組合と協力して偵察に出てください。特に西側は、急いでください」



「西? 西にはシラテミス王国がありますが、そこも危険と?」



「そうです。いや、おそらくですが。北と東は海に面しているため、他国が存在していてもすぐに軍事的緊張はおきません。南は、ご存じのとおり鞣革山脈を挟んでモグリスタ共和国、ランタン同盟、ピラマン部族連合、いずれも敵対もしくは中立国が緩衝しています。こちらもすぐに異変は起きないでしょう。しかし西は、絶理の壁が地続きになっています。こちらはすぐに対応すべきでしょう」



「なるほど、では西には精鋭を送ります。外交官殿は王都へ?」



「ええ、ミラーも付いてきてもらいますよ。大事な北の壁消失の目撃者ですから。メイも、お願いしますよ」



「了解であります」



「分かった」



 ロクスレイは鹿のヴェッリに乗ると、ミラーとメイ、他に少数の護衛を連れて出発した。





 ロクスレイは王都アミーリアを目指すべく、南へ向かった。



 フサール王国は北の海、温海と接しており、南は大陸の中央に位置する鞣革山脈と接している。また、北西はシラテミス王国の他に南西のトーライ王国と接しており、北東はペネット王国そして南東のホクドウ王国が接している。その他にはるか東のスシイ王国があり、六つの王国を六王国と呼んでいる。



 六王国は古くから同盟関係にあり、今も南の脅威に対するべく強力な協調関係を築いている。



 ロクスレイは王都への帰還途中、宿で速達の手紙を書いた。内容は四大国の使者について、そこで起こった出来事のあらまし、西に迫る驚異の指摘。事実と自分の考えをしっかり区別して、王都の重鎮に報せるべく詳細を手紙に記したのであった。



 ロクスレイは夜はしっかりと休み、昼は鹿を走らせ、十五日で王都に到着した。



 王都アミーリアは相変わらず大変な賑わいであった。パン屋はフサール王国の広大な穀倉地帯で採れた小麦の粉を使い、竈でふっくらとした褐色のパンを焼き上げ、満足そうに売り出している。魚屋などはシラテミス王国で揚がったニシンの塩漬けを、塩と生臭さの残った手で商いをしている。



 他にも、雑貨屋は鍛冶職人がたたき上げたナイフを売り。毛皮職人は南の森から手に入ったテンの毛皮を鞣した服や靴を売り。どこも商売は繁盛しているようであった。



 だが街道を歩いている市民には浮足立つものがあった。どうやら絶理の壁が消失したことは、王都でも話が持ち切りのようであった。ある者は壁の向こうに山のような金銀財宝を見たと言い、ある者は海の向こうに森のように広大な砂浜を見たと言う。



 どれも眉唾ものだが、噂は千里を走るという。例え真偽のほどは不確かであっても、確実な情報が手に入るまではそれも頼りにさせてもらうしかない。



「護衛の皆さんはミラーも含め、王都での情報収集に努めてください。私はこれから王城に向かいます」



「了解であります。外交官殿」



 ミラーは護衛を連れて、早速街での情報集めに走った。ミラーに至っては酒場で旅人の話を聞きに行って、酒をたらふく飲まないか心配であった。しかしそれでも、しっかり仕事はこなすところは中々器用なものだと感心している。



 ロクスレイはミラーと護衛達と別れると、メイを連れて王城の前までたどり着いた。



「止まれ。ここはノイル八世様の住まう王城だぞ。何のようだ」



 王城の門の前では衛兵が四人、槍を持ち、重装甲の鎧で身を固めている。その中で最も貫禄のある隊長らしき男がロクスレイに話しかけてきた。



「第二書記局局長のロクスレイ・ダークウッドと申します。こちらに王の信任状があります」



「何っ? それでは拝見させてもらおう」



 ロクスレイが隊長に信任状を渡すと、隊長は一瞥してから部下に確認のため信任状を持たせて走らせた。



 しばらくすると、部下は隊長の元に戻り、何やら耳打ちをした。



「ふむ。確認が取れた。どうやらノッディンガム宰相がお待ちのようだ。すぐに謁見できるそうなので、入りたまえ。おっと、そちらのお嬢さんは許可されていないので入らないでくれよ」



「そうですか。お仕事ご苦労様です。メイはここで待っていてくださいね」



 メイはロクスレイの言葉に、こくりと首を縦に頷いた。



 ロクスレイが王城に入ると、そこは荘厳とした空間があった。赤いカーペットの両脇に様々な鎧が並べられ、壁には幾人もの芸術家に描かせた大作が飾られている。シャンデリアは宝石の山のように輝き、フロアを昼間のように明るく照らしていた。



「ロクスレイ様。ノッディンガム宰相がお待ちです。こちらへどうぞ」



「ああ、分かりました」



 召使がロクスレイをノッディンガム宰相の執務室へと案内してくれる。部屋の場所こそ、何度か通ったことがあるので覚えている。とはいえ、召使の仕事を奪うような野暮を、ロクスレイはしなかった。



 ロクスレイはノッディンガム宰相の執務室の前まで案内されると、召使は「私はこれで」と下がっていった。残されたロクスレイは、少し心の準備を整えると、執務室のドアを叩いた。



「入りたまえ」



 ロクスレイは招かれるままに、執務室の中へと入った。



 中は本棚が両脇の壁を埋め尽くす、図書館のような部屋であった。そこに飾り気はなく、ただ知識だけが積まれている。正面の窓を背景に執務椅子に座っているのはカイ・ノッディンガム宰相。その人だ。



「手紙は受け取っている。だが念のため詳細を報告したまえ」



 凛とした、それでいて強い口調の言葉がロクスレイの耳を刺激した。



「はい、ノッディンガム宰相」



 ロクスレイはそこから自分が見聞きしたことをすべて伝えた。



 予言の場所から転送されたこと、フラスクという創造主から聞かされた話、自分を含めた四人の使者、北の絶理の壁消失の目視、正確に分かっている情報それらを余すことなくノッディンガム宰相に伝えた。



「ふむ、ほとんどは手紙に書いてある通りだな。よろしい。それと間もなく十人会議が招集される。君も出席したまえ」



「十人会議ですか」



 十人会議とは王国の四大臣、ノッディンガム宰相、マリアン王妃、聖職者であるマザーが一名、そして三人の有力諸侯からなる賢人会議だ。この十人の会議を王が参加、もしくは観覧し。最終決定を王がされるのだ。



「君には十人会議で今回の現象について証言してもらう。それにこれからの王国の行動について意見を貰いたい。構わんな」



「ええ、それはこちらとしても光栄です」



 その言葉はおべっかではなく、本音だった。国政に携わる者として最新の情報に触れられるこの仕事はやりがいがある。そのうえ、自分が分析して統合した意見を聞き入れてもらえるということは、それを上回る至上の喜びだった。



 ロクスレイは着替えのため、部屋を与えられた。旅の汚れた服装のまま十人会議に参加するわけにはいかないため、そこで礼服に着替えた。強いてこの仕事に文句があるとすれば、この煌びやかで動きにくい礼服を着させられることくらいだろうか。



 ロクスレイは同じく着替えを終えたノッディンガム宰相と共に大講堂へ赴いた。そこには既に十人会議のメンバーがまばらに来ており、扉から入ってきた二人は自然と注目される。



「おい、ノッディンガム宰相の隣にいるお前。これから始まるのはただの報告会ではないのだぞ。さっさと出ていけ!」



 そう発言したのは有力諸侯の一人、アダン・テール公だ。王国の西の土地を治める諸侯であり、三人の諸侯の中でも最も発言力が高い。



 他にも、東の諸侯であるロン・エマリオン公。南の諸侯ウィリアム・ラング公など軒を連ねている。



「彼は私が呼んだのだ。十人会議に、重要な証言となる客員を連れてくるのは問題がないはずだ。それとも、彼だけ特別に除外される論拠でもあるのか?」



「むっ! むむむ」



 ノッディンガム宰相に言い返され、テール公はそのまま押し黙ってしまった。



 ロクスレイはともかくとして、ノッディンガム宰相と三人の諸侯はあまり仲が良くない。その理由には、ノッディンガム宰相が推し進めた常備軍設立に関係している。



 常備軍は騎士団とまた違う、農奴から集められた国王直属の兵士達だ。主に銃兵、槍兵、騎兵から構成されている。騎士団と違うところは、彼らの待遇は騎士団ほど高くなく、また王直接の指示を受ける拒否権のない軍団というところだろうか。



 問題はこの常備軍を設立するにあたり、必要時にだけ動く三人の諸侯の重要性が減ったことだ。例えば、王国内部の野盗との小競り合いに常備軍が勝利してしまい、三人の諸侯に支払いも注目も無くなってしまったことがある。



 これは三人の諸侯にとって面白いはずもなく、計画立案したノッディンガム宰相との深い溝になっているのだ。



 ちなみに、この常備軍の設立にはロクスレイの意見も練りこまれている。



「ほほほ、どうやらちっこいのも来ているようじゃな」



「……もしかして、今回参加する聖職者とはビッグマザーのソルスですか」



「言うまでもないじゃろ。こんなおもしろ……いや、大事なことに私が参加せぬわけがなかろう」



 ロクスレイの後ろにいたのは、ウェーブのかかった神秘的な白髪それに白い肌をした女性であった。手には幾重にも紋章の描かれた杖を持っており、髪と肌と同じ白いローブを纏っている。



 年齢はロクスレイより少し年上といった見た目をしているが騙される事なかれ、ソルスの実年齢は少なく見積もっても百歳はあるのだ。



「てっきりダークウッドの森で日課の加護を描いているのかと思いましたよ。ここに来てもすることなんてないでしょう」



「冷たいのう。せっかく自分の息子の仕事っぷりを拝見しに来たというのに」



 ソルスはおよよ、と泣くような真似をしてロクスレイの同情を買おうとしていた。



「どうやらビックマザーで最後のようだな。間もなく国王様もお入りになる。席に着きたまえ」



 皆が座ったのを召使が確認すると、ひときわ高い壇上に一人の人物が現れた。



 彼こそ、フサール王国国王、ノイル八世だ。



 王冠こそ被っていないが、その立ち振る舞いは鷹揚としており、まさに王にふさわしい姿だ。茶色い髪と短い髭を持ち、大海のように青い礼服の上に血のように赤いマントを羽織っている。



 ノイル八世は玉座に座り、皆に向かって手を向ける。それに向かい、ノイル八世以外の皆が立ち上がり、恭しく礼をしたのであった。



 もちろん、ロクスレイも皆に倣う。



「では、十人会議を始めよ」



 ノイル八世が仰々しく会議の開始を宣言すると、皆は着席した。



 次に発言をしたのはノッディンガム宰相だった。



「議題は絶理の壁消失の対策と、壁の向こう側にいる国の承認だ。疑問のある者はいるか?」



「待て、本当に絶理の壁の向こうに国があると確認がとれたのか?」



 そう問うたのはテール公であった。



「はい。三日前にロクスレイの放った偵察から、西のシラテミス王国より壁の向こうに土地があることは確認されている。そもそも国の承認とはあくまでもその土地に国があると仮定した場合、彼らの国を認めて外交を行うかの是非だ。大使か外交官を派遣するにも、その大前提がなければ身動きはできまい」



「なるほど、では相手を国と認めず、併合するというのもありなのだな」



 次に発言をしたのは三日月の髭をした軍務大臣であった。



「可能だ。しかし私は今のところ相手の情報も知らずに敵対するのは危険だと判断している。もし相手が私達よりも技術と国力の優れた国であれば、相手にこちらを併呑する理由を与えるようなものだと考える」



「外務大臣からも賛成である。また北側の外交の担当はロクスレイ君にあるため、引き続き第二書記局の管轄としての派遣を条件付けで検討している。確認次第では駐在大使の派遣や、第三書記局の設立も視野に入れたい」



 外務大臣はノッディンガム宰相の言葉を後押しするように意見を述べた。



「財務省としては派兵に関する出費は控えてもらいたい。だが新しい土地の開拓や新しい国家との交易があれば、税収が増えるので歓迎いしたいですな」



 また財務大臣も下支えするように述べた。



「ならば、とりあえず国の承認を行い。交渉や相手の情報次第では国の承認を取り消せばいいじゃろう。今は事務手続き優先じゃな」



 最後に意見を総まとめしたのは、以外にも浮世に疎いソルスであった。



 その後、反対する者はなく。意見は一致したようであった。



「国王様、十人会議からの意見は以上です。議題の承認をお願いします」



「分かった。王の名のもとに議題を承認しよう」



 ノイル八世がそうのたまうと、ノッディンガム宰相は「恐縮です」と頭を下げた。



「それではこの議題の詳細を詰めていきましょう。まず――」



 この後、喧々諤々の意見のやりとり、管轄の縄張り争い、予算案の奪い合いに会議は終始する。



 ロクスレイはたまに情報の補足をするように説明をするだけで、自分の意見を言う権利などないように、会議の時間は消費されていった。



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