第11話 乗降扉の向こう側

 どれくらい走っただろうか……運転士は室内灯を点灯させ、案内放送を始めた。


「ご案内致します。このバスは間もなく『オーバーライト』をします。なお、すぐに『それぞれの目的地』に到着しますので、どなた様もお忘れ物無いようお降りの支度と、また、心の準備をしてお待ちください」


 案内放送で目が覚めた勝間田は、少しだけカーテンをめくり外を見る。どうやら夜の一般道を走行しているようで、街灯の灯りが時々流れ星のように車窓を過ぎていく。所々民家らしきものも見えるが、灯りはほとんど見えない……ただ、この景色に何とも言えない既視感と郷愁を感じたようで、彼は飽きずにひたすら窓の外を眺めている。

 

 やがて運転士は排気ブレーキを作動させ、シフトダウンを繰り返しバスを徐々に減速させる。そして

「『人生のターニングポイント』からご乗車のお客様、長らくのご乗車お疲れさまでした。『それぞれの目的地』に到着致しました。乗車券お持ちのお客様はこちらでお降りください。乗車券お持ちのお客様は当バスストップはご利用いただけません。車内でお待ちください」

 と案内放送を終えたところで完全にバスを停車させ、乗降扉を操作する。


 ピーッというブザー音とともにバスは少し左に傾き、外へ乗降扉が開く。

「ご乗車ありがとうございました」

 運転士が勝間田の方を向いて声を掛ける。それが何を意味するか勝間田はイヤというほど理解している。ここで降りなければならないことを……

「ありがとうございました」

 勝間田は運転士に礼を言い、ステップを降り乗降扉の外に出ると……今日何度目かの白い光が彼を包む。


 次に彼が気付いた時、目の前に民家の扉があった。後を振り返るが高速バスはもういない。意を決して扉を開けた勝間田に、ドスンとぶつかってくる人影……懐かしい甘い香り……


「お帰りなさい、あなたっ!」


 そこにはエプロン姿の林野やよいがいる。何がどうなってこうなったのか…………わからない。しかし勝間田は混乱以上に、目の前にいるやよいが愛しくて愛しくてもう離したくないという気持ちが上回り……

「やよいちゃん!!」

 泣きじゃくりながらやよいの胸に飛び込んだ。


「あーあ、また飲み過ぎちゃって。いくら役場の忘年会だからって……どうせ産業振興課の吉野課長でしょ、しゅうちゃんにこんなに飲ませたの。これさえ無ければ課長もいい人なんだけど……」

 少し頬を膨らませつつも、勝間田をギュッと抱きしめ頭を優しく撫でるやよい。

「やよいちゃん……もうずっと離さない!」

「はいはい……ん!?今日のしゅうちゃん、様子が変だよ。どうしたの?」

 落ち着かせるように背中をさすりながら、勝間田がかなりの冷や汗をかいていることに気付いたやよいが理由を聞く。

「夢を……見た。やよいちゃんのいない遠い街でクリスマスケーキを売るノルマに追われて自棄やけ酒呑んでる夢だった……」

 青ざめた顔で話しつつも、やよいから離れるのが怖く、しがみつく勝間田。そんな彼を優しく包み込み、あやすようにやよいが話し掛ける。

「大丈夫大丈夫。だって、私たちずっと離れないって誓って一緒になったでしょ。ほーら、ずっと玄関にいたら風邪ひいちゃうよ。早く靴脱いで、お部屋行こ」

 優しく声を掛ける。

「あ、そうそう、クリスマスケーキで思い出した。今日ね、白鳩マートにクリスマスケーキ予約しといたよ。今年は少し奮発して、ホテルルリエの特製ケーキだよ……」


『ホテルルリエ特製ケーキ、1個5,000円』


 何かを思い出しそうな、イヤな響きに勝間田は思わず身震いする。

 それを見たやよいが

「やっぱり、寒かったんでしょ」

 と言いつつ再びしっかり抱きしめてくれた。


 2人が通り過ぎた下駄箱の上には、満開の桜の木の下、ウェディングドレスに身を包み満面の笑みを浮かべたやよいと、ガチガチに緊張したタキシード姿の修の写真が飾られていた……

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Overwrite Express~乗降扉の向こう側 西野 至道 @Highway-Swallow

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